思春期症候群 〜アドレセンス・シンドローム〜
ゆる
第1話
世の中には数多の病気が存在している。名を持ち、広く認識されているものもあれば、まだ名を持たず、その片鱗すら知られていないものもある。その病がまだ未知のものだった時、どこかで誰かがこう呼んだ。
□ □ □ □
私は人の心が読める。
なんて言っても誰も信じてくれないし、そういうノリだと受け取られるのか、羨ましいなんて言われることもある。でも私からすれば、爆発寸前の爆弾、はたまたあと数センチで心臓に突き刺さるナイフそのものだ。
人の心が読めるなんて言うのはオブラートに包んだ言い方で、実際は視界に入った人の心の内が意思に関係なく流れ込んでくる。その中には勿論、知りたくなかった事、知らなくても良かった事も多く混ざっている。
────もし知らずに済むのなら、知らずにいたかった。
□ □ □ □
僕は人が言葉を発した時、その人が嘘を吐いているのか本当のことを言っているのかが分かる。
なんて言っても誰も信じてくれないし、自分が同じことを言われても信じようとは思わない。でも、そんな不思議な力は間違いなく存在しているし、実際、その力によって色々なものを失った。
嘘を見抜けるなんて超能力のようで羨ましがる人も多いが、そんなものは無知故の羨望でしかない。よく切れるナイフは便利だが、切れすぎるナイフは時に己をも傷つけてしまう。
────嘘は嘘のままの方が良いことだってあるんだ。
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薄暗い部屋の中ではスマートフォンの光はあまりに明るすぎる。目を痛めないようにと気持ちばかりの対策として買ったPCメガネに手を伸ばす。慣れた手つきでスマホの画面の明るさを最低まで落とし、2つのハートを線で繋いだイラストがアイコンのアプリを立ち上げた。
「コネクト」という名のこのアプリは、1年前に配信されたばかりのSNS界隈の新参者だ。それにもかかわらず、配信開始から1ヶ月もしないうちに全世界ダウンロード数1位を達成する程の大ヒットを遂げ、古参のSNS達を震え上がらせたとも言われている。1年経った現在では、無くては生活に困ると言われるまでに人々の生活へと浸透していた。
従来のSNSと大きく違うのは、セーフティ・ワールドチャット・サービス(通称SWCS)という新システムが導入されたことだろう。これにより、1人1アカウントしか登録・保持できず、なおかつ、特殊な生体認証によるアカウント保護によりアカウントハックを不可能なものとすることに成功した。
また、警察との協力によるサイバーパトロールの実施や、問題発生時の迅速な対応も人気の理由の一端なのだろう。
『今日も学校疲れたぁ〜。ユウトくんはどうだった!?』
昨日とほとんど変わらない文章を送り付ける。これが日課になりつつあるのには、私も、そして相手も気がついているだろう。
彼と初めて話したのはこのアプリがリリースされてちょっとした頃だったと思う。少し出遅れて「コネクト」をインストールした私は、心躍らせながら初期プロフィールの設定をしていた。
自己紹介文を打ち込み終わるのと同時にメッセージの受信を知らせる独特な通知音が立て続けに鳴り響いた時は、危うくスマホを取り落としそうになった。まだ来るはずのないメッセージに恐る恐るトーク画面を開けば、そこには挨拶と少しだけ遅れて送られた謝罪の文が並んでいた。なんでも、知り合いと間違えて送ってしまったのだとか。漫画の世界ならベタな展開だが、まさか私がそんな展開の当事者になるとは思ってもみなく、少しワクワクしたのを覚えている。当時、なにを思っていたのかはあまり覚えていないが、こんなことがあったのも何かの縁と彼に話しかけたのはよく覚えている。それから紆余曲折を経て今に至る。
『あーお疲れ様、サラさん。僕は今日も静かな一日だったよ』
自分で言うのはなんだけど、私は返信がとても早い方だと思う。用事が無い限り、通知が来た瞬間に「コネクト」を立ち上げ返信する。
『ありがとぉ〜。ふふふ、そんなこといってホントは騒がしい一日だったんでしょ!ユウトくん絶対人気者だもんね!もしかしてカノジョさんもいたりして??笑笑』
ニヤニヤしている可愛らしいかえるのスタンプを立て続けに送る。
『それ昨日も聞いてきたじゃん。何度も言ってるけど僕は人気者でも無いし彼女だっていないよ。ぶっちゃけ欲しいとも思わない』
『なんだよぅつれないなぁ……』
スマホの充電器を持ってベッドの上へと移動する。
『でもでも、ユウトくん優しいからモテるよね!?いや、モテないはずない!』
『……少なくとも僕のわかる範囲ではそんな人いないよ。モテるどころか、存在を認識されてるのかわからない』
普段はあまり送ってこないスタンプを送ってきた。それも可愛らしいねこが項垂れているやつだ。その猫のスタンプが不思議なほどに彼の今の様子をよく表しているようで、思わず笑みがこぼれた。
□ □ □ □
家にいる時間は好きだ。僕には自分の部屋があるから、誰にも邪魔されることなく一人の時間を満喫できる。実を言うと、学校でも基本ぼっちなのだが、やはりあそこは家とは全然違う。ぼっちなのにひとりじゃない、そんな相反する世界が構築されている。周囲の喧騒なんて羨ましくもなんともないし、むしろそのことごとくが消え去って欲しいとも思う。学校などという監獄より、家というひとりの世界の方が何十、いや何千倍も良い。
風呂から上がり、冷蔵庫の中のペットボトル緑茶を求めてリビングへ立ち寄る。両親との3人暮らしなのだが、今日は父母共々仕事の都合で帰ってこないらしい。置き手紙と数枚の野口さんがそれを証明するかのように机の上に並んでいた。夜は食べなくても早く寝れば大丈夫だろうなんて考え、目的のペットボトル緑茶と置き手紙、数枚の野口さんを回収して自室へ戻りベッドへとダイブする。
やっと落ち着ける時間がやってきた。スマホの充電器をベッド近くまで伸ばしている延長コードに挿す。
スマホの電源をオンにすると、早速何かしらの通知が来た。手慣れた手つきで2つのハートを線で繋いだイラストがアイコンのアプリを開く。家族以外ではたった一人しかいないトーク相手とのトーク画面を開く。
『今日も学校疲れたぁ〜。ユウトくんはどうだった!?』
昨日とほとんど変わらない文章を送り付けられている。これが日課になりつつあるのには、薄々気がついている。なんせ、彼女はもう3ヶ月近くも同じような文章を送ってきているのだから。
『あーお疲れ様、サラさん。僕は今日も静かな一日だったよ』
彼女は返信がとても早い方だと思う。ほとんどの場合、送った瞬間に既読が付き、返事が返ってくる。
『ありがとぉ〜。ふふふ、そんなこといってホントは騒がしい一日だったんでしょ! ユウトくん絶対人気者だもんね! もしかしてカノジョさんもいたりして??笑笑』
ニヤニヤしている可愛らしいかえるのスタンプが立て続けに送られてくる。とても可愛く憎めない顔をしてるせいか、あまり腹が立たない。これで可愛くない顔をしていようものならば、腹が立って仕方がないだろう。
『それ昨日も聞いてきたじゃん。何度も言ってるけど僕は人気者でも無いし彼女だっていないよ。ぶっちゃけ欲しいとも思わない』
『なんだよぅつれないなぁ……』
「つれない」なんて言われても本当のことなのだからどうしようもない、と返事を悩んでいたところ、続けるように彼女からのメッセージが届いた。
『でもでも、ユウトくん優しいからモテるよね!?いや、モテないはずない!』
『……少なくとも僕のわかる範囲ではそんな人いないよ。モテるどころか、存在を認識されてるのかわからない』
普段はあまり送らないスタンプを送った。なんとも言えない空気を払拭するためでもあれば、今の僕自身の気持ちを表現するためでもある。"可愛いねこ"シリーズしかスタンプを持っていないため、その中で最も今のシーンに合っている
『大丈夫だよ、ユウトくんの良さは私がよく知ってる! 誰にもモテてないなんて絶対ないから安心して笑笑 そして、スタンプめちゃ可愛い!』
『その自信はどこから溢れ出てくるの。笑』
照れ隠しに「笑」なんてつけてみたけど、やはり自分には似合ってないようだ。我ながら笑えてくる。
『ふふふ、秘密! 私はちゃんと君の良さを知ってるんだよってことだけは忘れないでね!』
こんな良い人と僕なんかがこうやって話してるなんて今でも正直なところ、夢みたいだ、なんて思っている。
こんなことになったそもそものきっかけは1年ぐらい前だっただろうか……。
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