第68話 決着

 髑髏が天の手で止められている状態であれば、もはや季里に恐れる要素は皆無だった。


「く……!」


 いかに真紀が〈人〉になったとはいえ、彼女は元々戦士ではない。戦う術を持っていても、日々戦いに身を置いているわけではなくあくまで抗戦経験がある程度だろう。


 勝負は明白。何より戦う者としての経験値の差が圧倒的だ。


 季里は幼いころから召喚兵器を与えられなかった。


 その理由は、彼女の戦い方に対し、それを援護できる召喚兵器もいなければ、季里の方が強い召喚兵器を援護するという動きでもなかったからだ。


 彼女にとって今行っている、長い鞭をそれ自体が生きているかのように縦横無尽に振るうこの剣技は誰にも真似できない彼女の特技だ。


 鞭というのは本来、季里が涼しい顔でやっているような連続攻撃ができる武器ではない。それを現実にするほどに彼女は訓練を積んできた、一人前の戦士だ。


 そんな彼女に、戦士ではない真紀が叶うはずもない。


 刃の鞭が右から、正面から、左から、様々な方向から迫り、さらには緩急が点いてタイミングが不規則な攻撃群に、真紀はいつしかそれを避けることばかりに意識が傾き、攻撃の手を緩めている。


(本当に……弱い)


 止めを刺すことにした。鞭を相手の足を薙ぎ払うように、地面と平行で低空に走らせる。


 真紀はそれ跳んで避ける。


 季里の狙いはその瞬間定まった。体を回転させ、剣速を速める。次の斬撃を放つまで1秒未満。


 空中にいる間は〈爆動〉を使ってしか方向転換することができないが、それも『使おう』と思わなければ使うことはできない。


 季里の急加速させた追撃が来る1秒未満で〈爆動〉を発動できる人間はよほど反射神経を良い者だけだ。


 故に、真紀は次の上から迫る刃の鞭の振り下ろしを回避することはできないのだ。


「あ……!」


 直撃。季里の奥義ともいえるその技を真紀は躱すことなどできなかった。


「あ……ぁぁあああ!」


 斬られた痛みに直後苦悶の声をあげる真紀。

 一撃必殺だった。今はまだ命はあるが、周りに治癒を施せるものがいない以上、傷をふさぐこともできずに絶命するだろう。


 季里にとっては何の変わりもないいつもの仕事にも関わらず、今回は少し清々しい気持ちだった。


「裏切り者はお互い様だ。せいぜい、〈人〉の下賤な部分の快楽に溺れて、昇を捨てた選択をしたことを恨むことだな」


 そして季里はそれ以上の情を駆けることなく、その場を後にする。


 下で戦っている、憧れの彼の戦いを見届けるために。






 光弾と空圧弾のぶつかり合いが起こり続けている。


 昇は庄の攻撃を見事捌き続け、いよいよその体を捉えようとしていた。


「はぁああ!」


 炎を纏った拳の一撃を歩庄へと突き出す!


 当然この程度の一撃ならば、庄は自分から外へと圧力をかける膜を張ることで防ぐことはできるのだが、接近を許したという事実が歩家次期当主として堪え難い屈辱だった。


「馬鹿な……貴様のような人間に……!」


「届いたな。お前は……今、俺と『戦っている』ってことだ。お前からすればゴミにも満たない人間相手に!」


「貴様ぁ……!」


 上空から空圧弾が降り注ぐ。一発当たったが、昇はもはやそれで折れるような状況ではない。


 手が動き、脚が動くなら、昇は痛みに耐え戦い続ける。


「この俺が、貴様如きに、不愉快だ!」


 歩庄のさらに苛烈な猛攻が始まる。


 これまでよりもさらに多くの弾で昇を迎え撃つ。


 普通に戦えば今の歩庄は、50人分の射撃兵と同等の火力を出していることになるが、対策をしている昇ならば、それをたった1人で突破できる可能性はある。


 炎拳を使い相手の攻撃を弾き続け、続けてくる数多くの弾を、光弾を使いかき消していく。


 猛攻の中、昇は再び歩庄に向けて走り出した。


「ぐ……! 来るのか」


「うおぁぁああ!」


 昇の体力もテイルも限界が見えてきた。だからこそ、この突撃と攻撃にすべてを賭けるのだ。


 両手に炎を、そして戦場を駆けて、跳躍し、弾を交わしながら、弾きながら、猛獣のごとき殺気が伴った目を歩庄に近づいていく。


 歩庄は、その日、初めて人間に対して焦りという感情を持っただろう。


 止まらない。


 止められない。


 自分が最強だと信じ、人間には超えられないと自負していた、自分の想像し創造した武器で。


「あり得ん!」


 空圧弾を昇の周りに100以上展開し、昇に向け一斉に放つ。


 威力も、弾速も、狙いも完璧。これでさすがに死んだはずだ。歩庄はそう信じた。


 ――だが。


「ぐ……ぁぁあ!」


 怒鳴りながら右にこれまでより数倍凄まじいと見た目で判断がつくほどの炎を灯し、昇は歩庄の全力の攻撃を突破した。


 そして〈爆動〉を使用して、人力を超えた加速により歩庄との距離を一気に詰めにかかった。


 昇はただ、目の前の男を殴り絶対に勝つことしか考えていない。


 その真っすぐな思いに突き動かされて、最後、慎重に相手の攻撃をみるのではなく、残り数メートル距離を一気に突撃するという勝負に出た。


 明奈が呆れるだろう感情に任せた突撃にも見えるが、今回はそれが功を奏したのだ。


 回り道をするのではなく、ただ全力で前進する。昇の生き様とも言える素直さが、今回は歩庄に次の攻撃をする余裕を失くしていたのだ。


 拳は届く。今から迎撃をしても〈爆動〉による勢いは殺しきれない。


 迎撃しかない。


 歩庄は、心底屈辱に満ちた顔をしながらも、使うことを決意する。


 奥の手を。


 右手に剣を出す。それは季里と同じ剣。しかし季里と違い、刃が重い分出る斬撃の威力はこちらの剣が上回る。


 昇の拳を、その剣で迎え撃ち、そしてその体ごと斬るべく、剣を構え振り抜く。


 炎の拳に、黒く光るヤ刃の鞭が襲い掛かる。力勝負になれば、テイルを使い威力をいくらでも上げられる余裕のある歩庄が優勢だ。


 それでも昇は止まらない。もう、勝負をかけると覚悟を決め最後に使えるだけのテイルで出せる最大の威力の炎を出している。今から仕切り直しをする余裕はもうない。


「うおああああ!」


「死ね――」


 ――剣と拳の勝負にはならなかった。


 歩庄が剣を振る直前。天空から歩庄の右腕を狙い、刃の鞭が襲い掛かったのだ。


 的確に振るわれた斬撃によって、歩庄の右手は両断。昇を迎え撃つ剣を歩庄は失った。


 驚愕とともに歩庄は天を仰ぐ。そこには、天井に空いた穴から、季里が刃を振るった後の姿が見えた。


(季里……!)


 昇も見ていなくてもそれを察した。


 だからこそ、彼女の期待に応えるために拳を突き出す!


 歩庄はその場から動いた。


 決して動こうとしなかった今までからは考えられない、焦った回避の仕方だった。


「貴様……!」


 昇は〈爆動〉でついた残りの勢いを無理やり消して、歩庄のすぐそばで停止。そして歩庄の方へ振り向く。


 そして――。


「逃がすかぁああああ!」


 歩庄に向けて、渾身の炎拳による一撃を見舞った。


 その拳は歩庄の圧力を突破し、張られたシールドを突破して、そして。


 今まで叶わなかった、歩庄の肉体に深々と突き刺さった。


「がぁ……!」


 それは、歩庄が人間に初めて敗北をすることになった瞬間だった。

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