第69話 勝利を分かち合う
歩領に居た誰が予想しただろうか。
何の実績も、この世界では特別ともいえない力しか持たない少年が〈人〉の中でも智位という特別な位を持つ歩家の男を倒すということを。
巻き上がった炎、そして地下から吹き飛んできた歩庄。彼は季里のすぐ近くを過ぎ、そして水槽の部屋の天井へと叩きつけられ、血を吐きながら、地面へと落ちた。
これは全て天江昇という人間1人が成し遂げた偉業であることに違いはない。
季里の伸ばした鞭に情けなく捕まり、
「うお!」
釣り上げられながら上のフロアに戻ってくるというユニークな回収をされていても、その勝利は確かに彼の全てによる功績だった。
「情けない。勝者ならもっと堂々とした姿を晒せないの」
「悪い悪い……」
昇に厳しい言葉をかけてはいるが、昇よりも季里の方が興奮していた。
情けなく地面に突っ伏す姿を初めて目撃して、そしてそれを成した昇と言う人間が、今はもう下等生物などには見えない。
どれだけ見ても不快さは湧き上がってこない。それだけ昇が季里にとっては凄い男に見えていたのだ。
(もったいないな。本当に。真紀さんは)
これほどの男を切った女に憐れみを感じるほどには、実は自分に見る目があったことを自慢にも思っていた。
「さあ、行くぞ。戦いはまだ終わってない」
「ああ、残りテイルでも、明奈を助けねえと」
昇の視線は、もう起き上がることのない真紀へと向けられていた。
「あ……その」
「気にすんな。俺達は勝った、それでいい。お前が気にすることじゃないさ」
昇は季里にそう言って部屋を後にしようとする。
足を引きずっている。人数的に見れば戦ったのはたった1人だが、昇にとっては対策をしてもそれだけ強敵だったということだ。
季里が昇に手を貸そうと、彼に近づいた。
悪報は突如として訪れる。
昇と季里が、圧力弾によって吹き飛ばされた。威力は弱く、直撃でも死ぬことはなかったが、相当な痛手を受けることになった。
「え……?」
昇と季里は地面を転がりながら、その弾が放たれただろう方向を向く。
そこには、酷い外見になりながらも、未だ闘志が尽き果てていない歩庄が、立っていたのだ。
「不愉快極ま……ないが、無様な貴様の転がる姿で慰めと、しよう……!」
目を細め、傷口を抑えがらも止めをさすべく、圧力弾は既にセットされていた。
もはや、季里と昇では対処が間に合わない。
歩庄は不快に顔を歪ませながら、宣言する。
「地獄で誇ることを許すぞ人間。貴様の勝ちだ。栄誉と共に死ね」
そして、空圧弾を撃ち放つ。天江昇の命を奪うために。
(やばい……!)
その空圧弾は倒れている季里にも向けられている。このままでは共倒れとなるだろう。
何とか立ち上がろうとするが、それより先に弾は届く。
これまでか。
これまで諦めることなく全力で走ってきた昇も、さすがに覚悟を決める。
その時。空圧弾がより強い攻撃判定を持つ銃弾によって無効化される。
「貴様は……!」
再び、銃声が1回鳴り響いた。
次の瞬間。歩庄の頭は一筋の光弾によって貫かれ、そのまま倒れる。その後はもう二度と起き上がってこなかった。
「明奈……!」
部屋に入り口に立っていた明奈が銃を下ろし、昇と季里に応急処置を行った。
元々怪我がそれほどではない季里はそれで十分動けるようになり、季里は昇を起こして肩を貸してあげている。
明奈は幹部と戦っていた割には、とても余裕そうに笑みを浮かべていた。
「ふぅ……2人とも、平気だった、か。助けに、入るのが少し遅れた」
「ナイスだったぜ……助かった」
「はぁ……そうか。それは、ふ、良かった、よ」
少し呼吸が整っていないように聞こえるのは、激闘の後だからだろうと季里は予想する。
昇も明奈については何も言わなかった。だけど、雰囲気で分かる。
かなり無茶をしたのだと。
いつもよりも感情的な様子なのも、自分の表情を繕う余裕がないからだと想像することは難くない。
昇は、明奈の気遣いにあえて何も言わなかった。本人がそれを望まないだろうと思ったのだ。
「勝ったのか、そっちも」
「はぁ、ああ。そうだな」
「めっちゃ嬉しそうじゃん。普段もそれくらい笑えばいいのに」
「……そんな変な顔をしているか」
季里は頭を横に振る。
「そんなことない。可愛いよ、普段もそれくらい活き活きとすればいいのに」
「……お前も、からかうのか。まったく、ふぅ」
明奈はすこしむくれて、しかし意識はすぐに次へと向ける。
「さあ、逃がそう。シェルターか?」
「天がいち早く向かってくれているわ。すぐにこっちに皆を連れてきてくれるんじゃないかしら?」
季里の期待通り、一度隠れていた避難民は全員、こちらへとやってくる。
如月と林太郎が疲れ気味の季里の代わりに昇に肩を貸す。
「情けねえ顔だな」
「ソレねぇー」
「うるせえな。黙って運べ、救世主だぞ俺は」
なんとない言い合いを、友としている2人に運ばれながら、避難民と共に皆は発電所の外へと向かう。後はここから近い、天城領へと地下道へと向かうことを目指すのみ。
昇のもとに1つの連絡が入った」
「終わったのか?」
天城来人から。こちらも朗報と言える。
「天使兵、ようやく片付いたぞ」
「こっちも」
「ああ。全部聞いてた。直接見れなかったのは残念だが、後でお前らの記憶映像をコピーして見ることにするさ。すぐにそっちに行く。もう、終わったんだな?」
「ああ。きっと」
「分かった」
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