第67話 激闘の末

 大橋の近くでは、もう一人の幹部が劣勢を強いられていた。


「筆頭負けただと……」


 夢原に幹部筆頭である伝が敗北した。歩家の中でも最強の2人のうち1人がタイマンで負けたという衝撃のニュースに、驚く暇もなく自分にも悪い知らせが近づいている。


 先ほどまでは、優勢だったはずだが、それは一気に覆り始める。


 それは虫の対処をしていた井天の双子が、徐々に早坂を支援する光弾を向けていたからだ。


 井天2人自身に余裕ができたわけではない。


 幹部の使う虫に光弾が当たらずに苦労するのは同じだったが、考え方を変えたのだ。


 どのみちすべてを当てることはできない。虫はかなりの数の光弾を回避して雨や雲の2人に圧力をかけている。


 今までは回避された弾は全て死に弾となり何の意味もないものだったが、もともと光弾を幹部にも向いている方向にも撃つことで、仮に虫に光弾が当たらなくても、攻撃はまだ活きて活用できる。


 もちろん早坂を後ろから撃つ可能性があるが、井天にそれを指示したのはそもそも早坂だった。


 本人としてはすごく悔しいことだったが、早坂と敵の幹部での斬り合いは、相手の方が技量において上回っていることに違いはない。


 だからこそ援護を必要とした。


 幸い、早坂は気配の察知には長けていたため、後ろからの射撃に対応しながら戦うことはできた。


 井天からの射撃が加わることにより、攻撃の手数が圧倒的に増えた早坂が優勢になり始めている。


「くそ……!」


 このままでは押される。


 そう判断した幹部は、早坂を一度距離を取り、体勢の立て直しを図ることに。


 武器を構えながら早坂を見据え、そして次の攻め手を考える。


 その幹部に悲劇が襲った。


 上空から、黒い毒針の雨が降り注ぐ。


 井天雨のオリジナルデータ〈針雨ニードルレイン〉。


 毒が塗られた針を雨のように、標的の上空から降らせる攻撃。ただし針自体の量は多くとも、強度は低く、針は簡単にシールドで防ぐことができる。


 これは細かく範囲を指定して放てるとはいえ、さすがに早坂を避けながら雨を降らすことはできない。だからこそ、相手が早坂から離れたタイミングが重要だった。


 この攻撃。あまり聞こえは良くないが考えてほしい。シールドを傘に例えた時、その傘で雨のすべてを防ぐことはできたかを。


 雨が降れば、全身をシールドでくまなく覆わなければ必ず濡れる。それが針でも雨であれば同じことだ。


 幹部はそれを瞬時に察して、針を全身を覆うシールドで、防いだ。それこそが罠だということに幹部は気が付かなかった。


 〈針雨〉は、雨とはいうが、広範囲に一気に降らせることはできない。


 できても直径8メートル範囲くらいだ。この攻撃に相対した際に本来取るべき行動はその攻撃範囲から対比することだ。


 なぜなら、雨が降り続ける限りシールドを張り続けなければならず、針はシールドに突き刺さって、黒く視界を染めていく。


 そして以前にも話した通り、シールドは一般的に斬撃には弱い。


「〈撃月〉」


 確実に発動できるようにイメージを鮮明にするためあえて口から発音して、手に持った刃を振るった。


 短剣から放たれた遠距離斬撃は、シールドごと、中にいた幹部を一刀両断した。


 幹部が息絶えたことにより、井天2人が対処していた虫も消滅し、テイル粒子となって霧散する。


「感謝します」


 早坂は井天雨に礼を述べる。


「気にすることはないですよ。援護が私の役目です」


 疲れ気味の早坂に代わり、雲が大橋で戦っている仲間に、勝利の連絡を飛ばした。


「処理完了です。すぐに戻ります」 






 その知らせは突如として、大橋で戦う全員にもたらされた。


 橋の先から援軍が来ない。


 それが意味するのは、大橋の完全制圧が叶ったということ。


「やった……のか……?」


 アジトメンバーの1人がレオンに尋ねるがレオンも知るはずがなく、吉里にそのままの問いを投げる。


 吉里は落ち着いた声で、近くの前衛射撃兵を労った。


「油断は禁物ですが、大橋での戦いは私たちの勝利のようです。あなたたちの手伝いがあったおかげです。ありがとう。さあ、皆を呼んでください! すぐにこの場を駆け抜けますよ!」


 吉里の一言もあり、レオン達はようやく自分たちが戦いの成果を出したことを認識する。仲間内では喜びの声をあげる者が続出する。


 興奮を隠しきれないものの、まだ戦いのすべてが終わったわけではない。レオンはここはあえて皆に厳しい言葉を投げる。


「喜ぶのは後だ。橋の下で待機している連中を呼べ! すぐに橋を渡るぞ!」


 リーダーの掛け声に従い、全員が動き出した。


 一方で、吉里の元には幹部との戦いを終えた夢原と井天、早坂がやってくる。


「お疲れ様でした」


 吉里はこの時、夢原の様子を見て驚く。


「苦戦していましたね」


「まあね。でも勝った。橋の敵も一掃できたみたいだし良かったわ」


「東堂さんが無理してでも活路を拓いてくれたおかげです」


「でも、貴方も東堂くんだって無茶したでしょ。結構顔色悪いよ。テイルほとんど残ってないんじゃない?」


 夢原を見かけた壮志郎と内也が隊長の様子が心配になり寄ってきたが、夢原2人に、自分のことよりももう前衛を務めるだけの体力がない東堂の代わりに先行して、敵の追撃を警戒するように指示を下す。


 見た目はボロボロでも普段のような命令を受けた2人は、隊長はとりあえず大丈夫だろうと判断。命令を遂行する。


「私たちも行こう」


「夢原さん。歩けますか?」


「さすがにそれくらいはダイジョブだっての。心配なら、貴方の部下にしてあげなさい」


 夢原が少しふらつきながら橋の先へと歩き出す。


 実は早坂から、井天の2人と共に、呼吸を唱えながら橋を渡るため先に行くよう連絡を受けている。


(この人数で、本当によくやりましたね……私たち)


 体力や気力の消耗は隠し切れないながらも、吉里はとりあえずの勝利に安心してため息をつく。


「吉里さん」


 レオンが話しかけてきたのは、息を吐いたのと同時だった。


「全員行きました。俺が最後です」


「そうですか。では私たちも向かいましょう」


 吉里はレオンにそう言って、早歩きで橋の先へと向かい始める。その後ろをついて行きながら、レオンは通信機の電源を再びオンにした。


(昇……! こっちは終わったぞ……! そっちも、頑張れ)


 彼の戦いの行方がどうなるか、レオンは個人的に心配だったのだ。

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