第51話 つまりはそういうことだ

 深夜3時頃。アジトに大量の天使兵が襲い掛かってくる。


 その真実を突きつけられたら皆は言葉が出てこない様子だった。


 東堂が最初に口を開く。


「原因はなんだろうな」


「東堂さん、今それ言います?」


「壮志郎。この後に影響するかもしれない。一応の結論は出しておくべきだ」


 東堂がそう言った瞬間にこの場のほとんどの人間が目線を季里へと向ける。


 季里の正体を早々に察していた皆は疑って当然である。季里が歩家からのスパイとして来ている可能性を疑うのは。


 昇にとっては非常に良くない展開だ。そして何より、季里が疑われているのが気に入らなかった。が、反論しようにも今の昇には反論できるだけの確たる証拠はない。何を言えばいいか迷っているところ、明奈が口を開く。


「彼女が記憶を失っていたのは本当のこと。発信機があるなら最初の入り口での検閲機に引っかかっているはず。アジトには外部とのあらゆる遠距離通信手段をシャットアウトするフィルターもあります。どうしようもない」


 明奈のナイスフォローに昇は内心感謝を述べた。季里も明奈が記憶が戻っていることを承知しているはずなのに、自分をかばったことが意外で驚いた。


 来人はすまし顔でさらにフォローを入れる。


「まあ、向こうも無能なわけじゃない。〈天使兵〉の配備もお前達を見つけるためだったはずだ。〈天使兵〉は戦闘能力ももちろんだが、戦場解析や敵兵追尾能力も高い。お前たちがいかに隠密行動を心掛けても、実際にそこに居たという記録を完全に抹消するのは無理だ」


 夢原が来人の台詞に食いつく。


「つまり、ウチらがヘマしたわけじゃないってコト?」


「俺はそう考えてる。これからをどうするべきかを考えるのが先じゃないか?」



「……解決不可能なら究明しても意味ないし。東堂君、吉ちゃん、どうかしら?」


「そうですね。私は夢原隊長に賛成です」


「……分かった」


 東堂は引き下がり、原因の究明は後回しとなった。

 

 そして、次の議題は今後の動きについて。


 〈天使兵〉が攻撃準備に入っている以上、もはや時間的猶予はない。今日中に避難の準備を終えて、すぐにアジトを出なければ〈天使兵〉に一網打尽にされる。


 さらに悪い知らせは来人からもたらされた。


「上空の天使兵が多すぎる。狭い場所に誘い込んで、一度に相手をする〈天使兵〉の数を絞る必要がある。360度全方位敵なんてやってられん。〈レイヴァート〉を持っている個体が居るならなおさらだ。あれはフルパワーの5パーセントで俺のシールドを貫いてくるからな」


 つまり、来人がそのように弱音を吐く状況では、廃街の出口から出ていくのはもっての他という状況だった。


 それだけでも絶望的な状況であるにも関わらず、内也から悲報がもたらされた。

「敵が徐々に行軍を行っているようです。繁華街からの援軍でしょうか」


「確実にアジトをつぶす気ってコトね」


「廃工場付近は〈天使兵〉の作戦開始を待つための待機所のようですね。……いや、俺達が出てくることを考えての待ち伏せということでしょうか」


 外の様子を移す監視カメラの映像には、仲間内で談笑をしていながらも、戦闘用装備を身に着けた兵士がたくさんいた。


 明奈がその様子を見て、

「向こうは不意打ちするという前提のようです。警戒度が薄いし緊張感も少ない」


「明奈さん、私たちが避難に向けて行動をすることは向こうは想定外だと?」


「雲さんのご指摘の通り。動きとしてはこちらが先攻できる可能性は高い」


「その分、最初の一手が大切ですね」


 東堂も夢原も吉里も険しい顔で、レオンや周りのアジトメンバーも不安を隠し切れない。


 反逆軍の万全の状況が整うまでの『待ち』の決断は決して悪手ではなかった。


 本来天城が参戦することは想定していなかったため、警備の厚い関所を突破する際は、間違いないなく戦争になる。その際反逆軍8人だけで、戦う知識のない500人を守りながら突破するのは至難だ。


 そもそもにおいて敵陣で身動きが取れなくなっている市民をたった8人の味方で避難させろという難易度が高すぎるミッションなのだ。慎重になるのも無理はない。


 今回はその決断が裏目に出て、敵に自分達を発見させる猶予となってしまっただけのことだ。反逆軍の8人がアジトへ入ったのが1か月前、その後歩家にその情報が伝わり真偽の調査に1週間、その後雑魚兵の巡回で見つからないまま1週間、遂に本家の〈人〉が派遣され本格的に指揮を執り始めて1週間。


 それまでに、避難の準備をほぼ理想的な形まで仕上げていた反逆軍の動きはむしろ迅速だと言える。


 それを理解しているからこそ、アジトの人間たちはこのようなピンチの状況になっても、反逆軍の人員を責めることはない。


 ただし、残された自分達の取れる手を考えると、厳しい現実にうろたえそうになるのも仕方なかった。他の出口からだとほぼ全滅する可能性がある以上。残された出口は天城の残した隠し扉しかない。しかし、その出口から出れば、戦争だ。


 避難民を多く抱えたうえで、発電所の前を通り、近くの地下道へと逃げ込む。


 本来無謀と切り捨てられるはずだったそのルートが一番の安全策ということになってしまう。安全策と言っても全滅の可能性は大いに高いが。


 故に、この場は微妙な空気になっていたのだ。


 昇もそれは理解している。外から強制される形になってしまったが、これは自分にとっては光明ともとれる出来事だ。しかし、ここで昇が『行こう』と言っても皆は乗り気にはならないだろう。あくまでこれは避難優先の人間たちからすると悲報だ。


 現状の死人が多く出る可能性しか残らず、自分が有利な状況を喜んでいるクズだと認識されれば、自分の味方はいなくなるのはさすがに昇自身も理解している。


 その状況を打ち払ったのは。壮志郎だった。


「このままもたついても俺達は死ぬしかない。なら、俺達が命を張りましょうよ。戦うための方法は、昇がほとんど示してくれた」


「そうしろー……」


「隊長。俺達は反逆軍の使命は多くの人間を救うこと。たとえ命がけになっても1人でも多く生かす道を選ぶべきです。そして道筋は、確かに昇が示してくれました。俺達はもう安全と確実を選べない。なら、全力で戦って道を切り拓く」


 内也も立ち上がった。


「俺も、壮志郎に賛成です。もう作戦を練る時間がありません。彼の作戦は希望的観測も含まれますが、納得できないものではなかった。彼がそのやる気をもって、早急に案を立ててくれたおかげで、こんな状況でもまだ、希望はありそうだ」


 そしてレオンも立ち上がる。


「……アジトの連中は俺に任せてくれ。さっき大口を叩いた割には、ちょっと流れが変わっちゃったけど。俺は元々昇と一緒に戦うつもりだったんだ」


 それを効いた東堂は昇に対して訊く。


「……とまあ、こんな流れになっているわけだが、お前はどうなんだ。この作戦に乗って俺達を勝たせる覚悟は、お前にはあるか?」


 昇はその質問の答えに迷うことはなかった。


「やると決めたことを成しとげるまでは絶対に諦めない。死んでもやってやるさ。この覚悟だけは絶対に約束するよ、これまでと同じように今回も」


 それを聞いた東堂が立ち上がった。


「よく言った。なら、お前のやり方に乗ろう。反対意見のある者はいるか?」


 挙手も発言もない。全員が暗黙をもって賛成を示した。


「いいのか?」


「元々俺達にそれを認めさせに来たんだろう。もうそうするしかないとはいえ、お前は策をしっかりと俺達に示して見せたし、壮志郎も内也もレオンもそれに声を張って賛成を示した。お前のこれまでの行動や今回の献策に意味はあったんだ」


「意味があった」


「反論がない。それはつまりそういうことだ。お前の頑張りを俺達は認めた事実に変わりはない。たとえ会議開始時と状況が変わっていてもな」


 東堂は夢原に顔を向ける。夢原は首を振って、

「ウチはらしくないし、やっぱ東堂くん指示だしでいいよ」

 という返事をだす。


 東堂は全員に大きな声で指示を出した。


「深夜1時30分。隠し通路の出口付近に全員集合。〈天使兵〉の相手は天城来人に任せる。アジトを使っていいから迎え撃ってほしい。その間に避難民全員を連れて、一斉攻撃を開始、橋を突破する! 各自、すぐに準備にかかれ!」

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