第48話 お前を信じるよ

 訓練室を出たとき、隣のトレーニングルームに季里が入っていくのを昇は確認した。


 トレーニングルームは本来武器や戦い方の研究に使う場所なので、今の戦えない状態のはずの季里には不要な場所。


 そう思い、昇は気になったのだ。


 レオンに軽食の誘いを受けたものの、それを断って、トレーニングルームへと足を運ぶ。


 そこには。


 見覚えのある剣を、ぎこちなさなく、廃校で戦ったときと同じ精度で扱っている季里の姿があった。


 紅蓮に煌めく刃を奮い、刃が通った場所は、剣の放つ魔晄によって一瞬塗りつぶされる。外見、当たったらまずいとはっきりわかるものだ。


「……昇」


 季里がトレーニングルームに入ってきた昇に気が付く。


 今までの弱弱しい目ではない。今の季里はかつて、廃校で殺しあったときと同じ、人間殺しを容易く行える〈人〉の目をしていた。


 ならば、昇には1つ確かめなければならないことがある。


「記憶が戻ったのか?」


「……私は歩家の長女。歩季里。歩家を名乗る以上は、お前のような人間と慣れ合いなどしない高貴な〈人〉という存在だな」


「そうか。思い出したんだな。で、どうする? 俺を見て不快だろう」


「そうね……殺したくてたまらないわ」


 やはりこうなったか。昇は思い、次の一手を考えながら武器の準備をする。


 そう意気込んだところ季里は逆に剣をしまい昇は警戒は解かないものの少し拍子抜けした。


「でも、ここであなたを殺してもいいことにはならないわ。その後ここにいる手練れに殺されちゃうし。だから、私はまだ裏切らないわ」


 今から昇がやろうとしていることは、何をどう言いつくろっても、季里からすれば実家の歩家を失墜させようとする行為だ。


 季里からすれば、今からその主犯である昇や、手を貸そうとしている人間、さらには、自分の領地でコソコソと隠れ動いている人間どもを皆殺しにするのが当然の行動だ。


 当然なのだが、それは実現不可能だろう。


 そもそも歩庄、自分の兄と同等の戦力として数えられる戦力、反逆軍守護者がアジトには2人いるし、吉里も同等の戦力と言っていい。


 それに天城の御曹司を前に、季里はここで何かしらの行動を起こすことは不可能だ。


 昇と共に行動するというのなら、いずれ歩家の施設へと帰る。


 昇が今の季里にかけた言葉はこうだ。


「お前を信じるよ。季里」


「は?」


 何の脈絡もない返事に季里は思わす阿呆な顔を沙汰してしまった。それでも昇は間違ったことを言っている自覚がないらしく、特別恥ずかしがることはなかった。


「お前が殺しにきたらおれはそれに全力で応える。どっちかが生き残るだけだ。だけど俺の独断と偏見だけど、お前向いてないよ。ご令嬢なんて」


 季里は悩む様子すら見せなかった目の前の人間の正気を疑った。


「何言ってるの? 馬鹿なの? 頭イカれてるの?」


「いいや。お前は俺を殺しにきた時より、俺らと一緒にいる時の方が良い顔してるんだよ。俺にはそう見える」


 歩家令嬢としての自分を侮辱されている。


 季里は怒りが沸いてくるものの、どうしてもその怒りをこのまま昇にぶつける気には何故かならないことに気がつく。


 何故か。それはまだわからなかったが。


「気に入らないなら、ここで殺しに来いよ。俺のことを」


「思いあがらないで。天江昇。お前のことなんて殺せる。持ち手が分かっている今なら、本気を出すまでもない」


「そうか」


 昇は少し、唇の端を吊り上げた。


「……やっぱり俺はお前のことを信じるよ。もちろん警戒はするけど。ぶっちゃけ今の前がどっちに寄ってるのか知らんし」


 昇の真意を理解できない季里に、昇はさらに言葉を追加した。


「俺を襲うなら、俺が発電所に行ってからの方がいい。お前もスムーズにもとに戻れる。俺が誰かと戦ってるときに裏から襲ってみるとか?」


「……は……?」


「自分で言ってて本当になると怖い話だな」


 昇は失笑、その後一呼吸おいて真面目な顔に戻ると、そのまま彼女に宣言する。


「まあ、これはお前のことだ。俺は勝手に最後まで信じる。お前も、自分がしたいようにすればいい。俺にはそれを止める資格はない」


 季里は昇から目を逸らしながら、部屋を後にする。


 昇はしばらく考え込む。


 季里の記憶が戻った。少々意外だったのは、すぐに殺し合いにならなかったことだが、ここで問題を起こせば自分よりも強い敵が飛んでくるのだから、理にはかなっている。


(……不思議だよな。前にはすぐにでも殺してやろうと思ったのに。今はそんな気は全然していないんだから)


 昇も元々この部屋に用があったわけではない。


 部屋を出ようとした時、

「昇」

 待っていただろうレオンと目があった。


「あ。今の。聞いてたか」


「ああ。もちろん」


「……お前はあまりいい気分じゃないよな」


「俺は、お前が悪い奴じゃないことは分かってる。そんなお前が決めたことに口を挟むつもりはない。彼女が俺達の敵であっても」


「ありがとな」


「気にするな。さあ、飯行くぞ飯。人手不足も分かったし、作戦の練り直しと行こう」


「ノリノリだなお前……」


 レオンと共に、昇は食堂へと向かっていった。






 東都反逆軍、吉里小隊の早坂は隠密行動を得意とすることから敵兵の偵察を主に行っている。


 そんな彼女が連日と同じく、外で〈天使兵〉の動きを偵察していると、これまでと違った動きをしていることが観測された。


 今までは各関所に配備されていた〈天使兵〉が半減し、再び廃街の近くに集結し始めている。


 そして天使兵は全員、遥か上空から廃街を見下ろして、何かを呟いている。


 早坂は〈天使兵〉同士の意思疎通を傍聴することに。耳を澄ませ〈強聴〉を使って遠くの声を拾う。


「第4から11までで突入」


「結構は深夜3時。庄様からのご命令です」


「敵アジト、地下15階相当に位置。〈レイヴァート〉の連続放射によって、その地点まで貫通させます」


「現在〈レイヴァート〉装填、24パーセント、明日午前2時47分。装填完了予定」


「人間は不殺。可能な限り捉える効率的なルートを検索。10000通りの中から、全個体シミュレート開始。解析と検討終了は同時刻に決議予定」


 アジトの場所がバレている。


(なぜ……?)


 早坂は焦りを隠せない。


(思い当たるのは、救出作戦終了後……誰かが、〈天使兵〉をここへ招いてしまったか、それとも、スパイがいるか?」


 しばらく考えたが、それよりも重大な優先事項を思い出す。


 まずは報告。早坂はすぐに偵察任務を中断し、アジトへ帰還することを決めた。

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