第19話 最初の試練

 まだ幼い弟と妹の前で、彼らの兄が笑みを浮かべながら意識を失う。


「ああ。悪くない。俺に献上するためにテイルをほとんど失わずに来たことは褒めてやってもいいな」


 それを見た妹は泣くことはなく、兄の誇りある最後を満足そうに眺める。


「あの……僕も」


 庄様に対して、妹が尋ねる。


 歩家次期当主候補への勝手な発言。それを部下2人が見逃すはずがなく、すぐに粛清をしようと顔を向けたが、それを庄が自ら制する。


 そして、その妹へ向け語った。


「兄の後に続きたくば、尽力せよ。見つけた褒美には我が手にかかる栄誉を与えるぞ?」


「は、はい!」


 嬉しそうに語る妹に対し、弟の表情は良くなかった。彼は死ぬということを栄誉として捉えていなかったのは、先ほどの会話で明らかだった。


 本来は〈人〉様の前で暗い表情になるだけで不敬の罪に問われるところだったが、今回は道具をちょうど配り終えたところで早急に話を進めたい庄がそれを不問扱いとして話を進めた。


「お前達は今からこの第3廃街地区、第4廃街地区を走り回れ。そしてそれなる不審者を見つけたら可能な限り追いかけよ。番犬となるお前達はそれだけでよい。誅を下すのは我らだ。決して手を出すな。分かったら行け」


 廃街の住民たちは声を揃えて、

「はい、伊東家領の栄誉のために」

 挨拶を終えて各自が走り出す。


 そして、庄は侍らせていた自分の部下2人に命令を下す。


「今俺を見ている不敬者の処罰はお前達に任せる。歩家の黒き死神の名を知らしめろ。虫の駆除にお前たちを使うのは大変不快だが……」


「いえ。俺達に任せてください」


「我ら、黒木家の兄弟、貴方の顔に泥を塗らないよう励みます」


 そしてその2人、黒木の兄と弟も、人間が散開してからすぐに動き始めた。


 これで集会は終わり。その場には意識が二度と戻らない少年と、それを既に邪魔な塵と判断して蹴り飛ばした歩庄が残るのみ。


 これで映像は終わり。


 隠れて見ていた3人は、目の前で起こった行為をどうこう話している余裕はない。己たちに迫った危機に対処しなければならない。


「昇。昇?」


 季里が声をかけてようやく、昇は目の前の映像から意識を戻した。


「あ、ああ」


「昇、お前が何に怒っているのかは、さすがに私たち2人は理解できた。だが怒り狂うのは後だ。今は逃げるしかない」


 明奈の冷静な一言に昇は落ち着いて返答する。


「ああ」


 昇も、学び舎で先生に戦いを教わっていた身であり、将来は戦える人間になろうとしていた。自分の感情を爆発させる場面は今ではないことは自覚している。


「逃げる、しかないか」


「ああ。逃げの一択だ」


 明奈がすぐに地図画面を開く。


 昇がいかに戦い慣れしていても、明奈との、このような緊急事態への対応経験の数は大きな差がある。昇が何かを提案する前に、明奈からここから先の行動について提案が次々と出てきた。


「ここから別行動だ。お前は季里を連れて、ここから東3キロ先の廃工場地区を目指せ。そしたら、後はできるだけ逃げ切れ。工場地区から先に行っても構わない。合流の後で次のことを考えよう」


「お前はどうするんだよ」


「私は大きく迂回をしながら、追跡を殲滅して追いつく。その間は囮だ」


「お前……!」


 それは明奈に大きな負担を強いるという話に終わらない。一度見つかれば〈人〉の軍勢が訪れる。そんなのを相手にすれば死ぬ可能性は高すぎる。


 怒りを収めた昇も、さすがにそれは許容できない。


「ダメだ。みんなで逃げるぞ」


 明奈は昇の提案を突っぱねる。


「……昇、お前はこんなところで死んでいいのか? 皆で逃げていたら、見つかった瞬間お前の言う人の大軍が私たちに押し寄せる」


「それは、倒して」


 明奈の反論は、険しい顔に変わってからの一言。


「慢心だな。季里を倒した程度で図に乗るな。あの勝利は勝ち筋が見えていたからだ。お前は〈人〉と戦う時の心得を、学び舎で何も学ばなかったのか?」


 明奈のこの一言で昇はかつての師からの教えを想起することになった。


「……人間が〈人〉に勝つには、修練と工夫、そして対策が必要。か」


「修練はともかく、今回の場合では、〈人〉を相手に初見でも確実に殺せるような武装や方法があるかどうかだ。お前には何もない。だが、私にはいくつかある。当てるだけで殺せる可能性が高い攻撃方法が」


「本当かよ……」


「……ほぼ全部……師から受け取ったものだ。私が創ったものは1つだよ。でも、どうあれ、強力な武器だ。私にはやるだけの用意がある」


 昇はそれでも首を振ろうとした。しかし、それを明奈は許さなかった。


「……もう一度言うぞ。こんなところで死にたくなければ、今は従ってくれ。私はお前達に手を貸すと言った。その言葉に対する責任は必ずとる。その私のやり方は、お前達が生存する可能性を一番上げる行動をすることだ」


 明奈の強い意志表示に、昇もむやみに反対はしなくなった。しかし、まだ迷いがあるように俯く。


 季里は昇の代わり、というわけではないだろうが、尋ねる。


「生きてまた会えますよね……?」


 明奈は自信をもって頷く。


「もちろん。だから、季里も、おい昇、お前もそんな顔をするな。これからお前は〈人〉と戦うんだろう。この程度の試練で、馬鹿面を晒すなよ」


「ああ。そうだ。そうだな。悪い」


 昇もようやく覚悟を決めて、明奈を送り出す覚悟を決める。


「必ず合流するぞ」


 明奈は笑みを浮かべてもう一度しっかり頷いた。


 そしてデバイスを用いて、昇と季里のデバイスにデータを送った。それはまずこの場から逃げへ転じるために必要な、テイルによって実現する戦闘支援技術。


 〈透化〉。テイルによって体を透明化させて、他人から視覚的補足を不可能にする。


 〈忍歩〉。足音や服が擦れる音、小さな声での会話などの音の振動を、テイルによって体から1メートル離れた時点で失わせ、他にその音を聞こえなくする。


 〈霧中〉。相手の使うレーダーなどの探知から自分と接触者の身を隠す支援データだ。


「これは?」


「ここから走り出して1分間は、それを使いながら全力で、指示した方向へ逃げなさい。その後は隠れながら向かって。後はあなたの判断に任せる。私からのオーダーは1つ。季里を守りなさい」


「分かった」


 明奈は季里にも一言。


「昇を信じて、今は付き合ってね」


「はい。明奈も気を付けて。必ずまた」


 季里は明奈に無事を祈るため、この言葉を付け加える。


「これでお別れは、嫌だからね」


 そして明奈と昇、季里の2人は別行動を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る