第20話 召喚術

 劣化の果て、今にも崩壊しそうな建物が並ぶ廃街で鬼ごっこが始まると予想できた者はいないだろう。


 この地に住む人間が総力を挙げて探し回るのは、彼らの主が虫と呼んだ人間を何人かを見つけるため。


 明奈のやるべきことは決まっている。


 追手となった廃街の人間を可能な限り排除して、〈人〉側に昇と季里を見つけさせないようにすると。



 〈透化〉〈霧中〉〈忍歩〉の3つを使った彼女は見つかることはないが、この3つ、使用している間は常時自分の体にあるテイル粒子が急速に減っていく。


 それだけコストが大きいということだ。1分使うだけで明奈の体からは半分以上のテイル粒子が消滅するだろう。ゆえに常時展開は難しい。


 ゆえに明奈はすぐにその隠匿用の戦闘支援技術の使用を終了し、自分の技術のみで彼らのせん滅を開始することにした。


 建物の陰に隠れながら、テイルで銃のサイレントモードをオンにして、人間たちに半日ほど動けなくなる麻痺弾を撃っていく。


 見つからないように廃街を器用に駆ける。


 そして人間を見つけては麻痺の効果を付与した弾丸を放つ。


 スナイパーのように隠密と射撃を繰り返して、徐々に人間の数を減らしていく。


「これで10人。骨が折れるな」


 また人間を仕留めた明奈だったが、さすがに50人以上が全力で走り回っている中、明奈も見つからないままでいることは不可能だった。


「いたぞ」


(ちっ、想定より早い)


 自分の存在が発覚することは覚悟のうえだったが、それは25人以上は仕留めてからだと考えていた明奈。


 たった10人で目論見が外れる予定外の事態に、あらかじめ決めていた次の段階を前倒しにせざるを得ない。


 ここから先は明奈にとっても時間との戦いだ。自分が見つかった以上、別の人間の捜索を始める人間も多くなる可能性が高い。


 ここからは隠れず、最速で人間たちを麻痺させていく。


 自分のほうに向けて敵が迫ってくることに違いはない。その前にどれだけの人間を麻痺させて昇と季里のほうへの追手を減らせるか。


 もちろん最初から彼らが向かった方向に行っている者もいるだろう。そればかりは仕方がない。それでも数は減らしておくことは悪手ではないはずだ。

 

 明奈はふと、自分がなかなか無茶をしていることに笑う。


(いや。責任を持つと決めたからな)


 戦場で魔が差すとそれがそのまま死に直結する。明奈は自分に言い聞かせ集中力を切らさないように奮い立たせた。


 新しく現れた人間。


 明奈は迷いなく己の武器を向ける。


 自分がこうして、いくら麻痺弾とはいえ、無害な人間にまで銃口を向けられるようになったのはいつからか。


 それは2年前、あの女にすべてを奪われた時からだ。その復讐を成し遂げるまで、自信を悪鬼と断じてでも他人を傷つけることを是とした。


 生き延びるために最善の行動をするだけだ。


(時間がない。迷ってはいられない。私は昇を生かすと決めたなら、それにふさわしい行動をする)


 明奈は今は亡き恩人から受け継いだやや大きめの拳銃、その引き金を引く。そして目の前の人間が倒れるとともに明奈はもう隠れることなく走り出す。


 もはや人間は明奈を追うのではない。明奈が人間を追う立場だ。


 補足。射撃。沈黙。


 そして明奈は再び走り出す。


 今度は5人の集団。それをすぐに沈黙させた。


 次へ明奈は走り出そうと振り返る。


 その時。


「見つけた」


 今度は人間ではない。映像の向こうで歩庄の部下として動いていた兄弟の1人。すなわち〈人〉だった。


「随分とひどいことしやがるじゃないか。人間のくせに同じ生物種を撃つとは、道化としては二流の演芸だな。見るに堪えないわけではないが面白いわけでもない」


 先ほど見た映像からみて、彼は黒木と名乗った兄弟の弟だ。


「ここで狼藉を働く屑は殺せと庄様は仰せだ。涙を流しながら喜べよ。お前は、俺のペットの餌としての最期をくれてやる」


 そして黒木の弟はデバイスを使用して、明奈をいたぶるための武器を現出させる。


 武器のみではなく、彼の周りに、四足歩行の狼が何匹も出現し始めた。


 伊東家領の戦い方の特徴として、彼らは自分の武器とは別に戦いを援護したり、主戦力として攻撃をする自立型の生物兵器を召喚して戦う傾向にある。


 今明奈の目の前にいる〈人〉がやって見せたように獣を召喚したり、ロボット、果ては想像上の生き物などをテイルで創り出す。


 ただし御門家の式神は召喚した者の意思を尊重はするが自分の意思で自由に動くのに対し、伊東家の召喚兵器は召喚時に出した命令を遂行するための思考と行動しか許されない。その一点で違いがある。


 しかし、相手が〈人〉だけでなくその周りの獣も増え数が増えることは、それと相対する敵にとっては脅威だ。


 明奈もその例に漏れず、

「やれやれ、時間がかかりそうだな」

 不満そうな表情を浮かべながら、銃口を敵に向けた。


「俺に歯向かうか。道化の考えることはわからないな。勝ち目のない戦いをしようと思う理由も、〈人〉である俺に武器を向ける不敬も。なぜそこまで、生物的に壊れている、お前」


 黒木の弟は明奈に向けて言ったその言葉に、


「私こそ理解できないよ。人間に対して言葉を投げかける酔狂な上位種様の考えはね」


 挑発ともとれる喧嘩を売って、目の前の敵から来た宣戦布告に応えた。




「きゃあああああ!」


「悪い、耐えてくれ」


 季里が悲鳴をあげる理由は、昇が今行っている逃走方法にある。


 3つのテイルによって実現する戦闘支援データを使いながら、昇は炎のによる推進力を利用して人間の走行速度の3倍以上の速さを出して逃げていた。


 季里にはできない芸当なので、今昇は季里を抱きかかえながら移動している。


「速いぃ……」


 安全ベルトなくして、昇に高速移動を強制的に強いられている季里にとっては、この移動方法はさながら高速ジェットコースター並みにスリリングな乗り物に乗っているが如しだ。


 一方で昇もまさかつい前までは殺し合いをしていた女のこうして抱きかかえながら移動することになるとは思いもしなかった。

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