第18話 歩家領の〈人〉と人間 3
昇は2人がそんな話をしているなどとは知らず、呑気に手招きをする昇。
「近いと思うし、のぞ……この建物から行こうぜ」
のぞき見と大声で言いかけ、のぞき見の意味を失くしかけた昇の姿を見て、
「あんな男が季里のことをひそかに嫌ってたとしたら、すぐわかる。今は安心していいんじゃない?」
明奈が出したこの意見は、季里にも納得のいくものであり、季里は自分が嫌われていないことの安心した。
3階建てのその建物は元々はアパートのような住居施設だったと思われる。
その3階の一部屋からちょうど人間たちが集まっている様子を見ることができたので、身を隠し、その様子を見物することになった。
さすがに直接上からのぞくわけにはいかないので、のぞき見をする天井にテイルでカメラを装着する。映像はちょうど窓から下の道を見ることができる。
「結構集まっているな」
やや焦げ臭いのは最近爆撃か何かが起こったようで、建物が並ぶ列の中で、不自然な広場がある。
そこから導き出される結論は、何者かがその建物群の間に広い空間を作るために不要な建物を破壊して更地を設けたといったところか。
「よくもまあやるもんだぜ」
昇にとっては、横暴な態度の苛立ちも覚えるが、それ以上に必要に応じて容赦なく建物を壊して更地を作るという思考が生まれることへの驚きの方が強い。
「実に合理的だな」
一方で明奈と季里はそれほど不気味がることはないことにも昇は驚く。
「お前らなぁ、普通だったら広場とか、人がたくさん集まれるところを探すとかすると思わないのか?」
昇は2人に尋ねると、答えは明奈から返ってくる。
「〈人〉を人間の尺度で測るな。別に驚くことじゃない。牛がその辺の雑草を食べることは生物的違いだろう? それと同じだ」
「マジか。いや、そう言われればそうだけどさぁ」
昇もこれ以上の言葉が思いつかなったのか、この話はここで終わる。
カメラで撮った映像は季里のデバイスに送られ、季里のテイルによって映像化されて見ることになっている。
これは危険な荒事にテイルを使う可能性のある明奈や昇に少しでもテイルを温存できるようにという、季里の心遣いだ。
「助かるよ。俺らは無駄遣いできないからな」
感謝の述べるその顔に嫌気はこれっぽっちもなく季里も役に立てていることに満足気だった。
映像の中に映る下の様子。
群れる人間たちの中には、先ほど自分達に忠告をしてくれた少年やその家族2人も混ざっている。
彼らを含め数多くの廃街の住民がすべて同じ方向に体を向けて跪いている。その方向には3人の〈人〉らしき姿があった。
「始まるぞ」
明奈の言う通り、映像を見始めてすぐに、この地に来た〈人〉の演説が始まった。
「この程度でいいか」
人間たちは顔を上げようとすらしない。
「
「いいや。面を見せることを許可する。俺を見る栄誉に歓喜せよ」
その言葉を経て、人間たちは自分達を招集した〈人〉の顔を拝むこととなった。
3人の〈人〉は全員が男性で、そのうち2人は顔がよく似ている。兄弟とみていいだろう。
「弟」
「す、すみません庄様。発言の許可も得ず」
「構わん。お前達は俺の部下だ。俺に気を使ってのことであれば発言は許す。だが心掛けることだ。気分が悪いときは殺しかねないからな」
「御意」
会話から、真ん中の1人が左右に侍らせている兄弟の上司であると判断できる。
季里の体が一瞬びくっと震えた。
「どうした?」
「いえ、分からないのですが、その庄様、という名前を聞くと自然に」
季里の不可解な行動は、昇のこの一言で因果が明らかとなる。
「
「ああ、なるほど」
季里の兄にあたる男。記憶がなくても脳が自然な反射的行動をとったと考えれば季里の話にも、不自然なことはない。
季里の様子に変化がないことを確認した明奈と昇は、再び映像へと意識を戻す。
特に明奈と昇が気にしなければならないのは2点。
なぜ〈人〉、特に歩家の人間がここに来たのか。
かく乱のメッセージが仮にバレていても、さすがに本家からここまで来るのが早すぎる。
そして、ここで何をするつもりなのか。人間たちに何をさせるつもりなのか。内容次第では、今後の行動に大きな支障が出る可能性が高い。
聞き逃しがないように注意する。
歩家長男が口を開く。
「俺がここに来たのは、この歩領に侵入者が現れたが故。この辺りを何匹か這って動いているらしい。反吐が出るな。害虫は討伐せねばなるまい。……どうやらその害虫は俺達を影から見ているようだがな?」
盗撮盗聴がバレた。
そう思った昇がすぐに動こうとするが明奈がそれを止めた。
「俺らのことじゃ」
「だからと言って動くな。奴はレーダーを使っているにしろ殺気やら雰囲気を読んでいるにしろ、分かるのは方向だけだ。音を立てればさすがに細かな位置まで気づかれる」
明奈の指示は的確であり、歩庄は明奈たちがいる建物のいる方向は見ていたが、その場所が細かに分からなかったため、必要のない一言をあえて強調することで、明奈たちを動かそうとしていた。
しかし、それが失敗に終わったことを認め、目の前に人間たちに続きを話し始める。
「その影でコソコソと動く虫どもの居場所を俺に伝えよ。今から貴様らにゴーグルを渡す。そのゴーグルは俺やこの地に来た歩家の精鋭に貴様らが見ている景色を送るものだ。お前たちはこれから目となり、この街を走り回れ」
歩家の〈人〉側の兄弟がそのゴーグルを、廃街の人間に配り始める。
少し時間がかかる、その間暇つぶしに、庄様が人間たちにこのような質問を投げた。
「そう言えば、虫かどうかは分からぬが、普段見ない顔を見たという者はいるか?」
いる。映像を見る明奈たちはそれが分かっている。手を挙げたのは当然、自分達に忠告をした少年と少女、そして2人の兄だった。
「何人いた?」
まだ口下手な弟に変わり、兄が応える。
「3人でした」
「ほう、少ないな。だが、いることはいると。いい情報だ。無駄足にはならなかったようだな」
歩家長男は笑みを浮かべると、答えた兄に近づく。
そして。
「喜べ」
その一言と共に、テイルで鋭利に尖らせた爪を、その兄の心臓に突き刺した。
季里も、明奈も、さ突然の殺人行為に平静を保つことができずに驚愕する。
「あの野郎……!」
昇が同じ瞬間に怒る。しかし、その怒りは行為に向けられたものではない。
歩庄は、その兄に告げる。
「俺にテイルを捧げ死ぬ栄誉を賜す」
テイルが完全に吸われ体内テイル数が0になれば二度と意識が戻らない。それを理解しているにも関わらず、
「ありがとうございます……!」
その兄は妹と弟の前で、自身の最期を最大の歓喜と共に受け入れたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます