第17話 歩家領の〈人〉と人間 2

「どうして?」


 少年に尋ねる季里の後ろで昇は納得の表情となる。


 先ほど言ったように、普段は建物の陰に隠れている人間たちも、召集があれば表に出ざるを得ない。そこを狙う乱入者がいてもおかしい話ではない。


「いつもに比べて狩りはやりやすいからに決まってるじゃないか。お姉ちゃん本当にここに送られたばかりなんだね。なら、僕からだと不満かもしれないけど」


 少年は心底嬉しそうに笑った。


「おめでとうお姉ちゃん。ここに来れて幸せでしょ?」


「え……?」


「だって、狩られるとしても、生きてお上様に使っていただいても、どちらも光栄なことだよ。僕は、使っていただきたいからそっちの道はおすすめしないんだけど、それもお姉ちゃんが決めることだから。でも警告はしたからね」


 少年はそれだけ言うと、すぐに自分が行こうとした道へと戻っていく。


 そこには兄と思われる昇と同い年くらいの男子と、姉妹と思われる少女がその少年を待っていた。


久等くら、新入りさんにきちんと言えた?」


「うん!」


「そうか、偉いぞ。久利くりも別の新入りさんに言えたからな。2人ともいい子だ。さあ、行こうか」


 長男らしき兄に頭を撫でられてそのまま別の道へと消えていく。


「どうする明奈。狩りだってよ」


「……まあ、進めばわかることだ。ここで狩りなどに勤しむ趣味の悪い連中など、質の悪い奴らばかりだ。その程度を撃退できないのなら、お前に協力する筋合いはなくなるな」


「明奈、まだ俺を試すのか?」


「失望させるなということだ、昇」


 明奈は現れる可能性がある敵をすでに嘲笑し、迷いなく今度は往く道を先行する。


「大丈夫かな」


「季里、安心しろ。アイツの言う通りだ。これからの旅、その程度の敵を殺せないと意味はない」


「ゴールは近いと思う。この道の先は、もう目的地のすぐそこよ」


「そうか。なら、さっさと行こうぜ。前歩いてくれ。俺は後ろを経過するよ。明奈について行けな」


「うん」


 季里が明奈に追いつこうと早歩きで歩き出してから2秒。荒事になるからこそ、気合を入れて昇も後ろをついて行く。


 先ほど通っていた道よりもさらに狭く、障害物が非常に多い。廃街の中でも多くの車や家具、粗大ごみの不法投棄があった。それでも通行止めというわけではない。


「ひ……!」


 明奈が立ち止まっている。そして季里は明奈の目の前で倒れている人間を見ると驚いて声を上げてしまった。


 季里が驚いたのは人間が倒れているからではなかった。その人間が、体の一部を欠損するほどのひどい傷を負っていながら、


「なんで……痛いでしょ、辛いでしょ、死ぬのは嫌でしょ」


 まるで死の間際に神々しい天使に出会ったかのように、笑いながら泣いていたのだ。


 傷の付き方から見るに、それは明らかに襲撃を受けた後だった。


「すぐに傷を」


 昇はデバイスを使おうとしたところ、それを明奈が阻む。


「もう間に合わない。こいつは死んでいる」


「……そうかよ」


 季里が不気味がっているのは、その死に際の表情。昇も到底理解できるものではなかった。しかし、昇は季里とは違い、不気味であるが故に理解ができないのではなく、その心が分かったうえで怒りを示していた。


「人間にとっての栄光は〈人〉の間に生きて死ぬこと、その考え方だけはどうにも理解できねえな」


「……今の言葉は、まるであなたの言葉ではない誰かの言葉みたい」


 季里の指摘はまさにその通りだった。


「誰かじゃねえよ。ここに生きている人間はみんなそんなことを言うんだ。こうして〈人〉様に殺されることは最大の栄誉だから嬉しいんだとさ。本気で信じてるからこういう顔ができるんだ。こいつに恨みはないけど、こんな死にかたで笑ってるのは気に入らねえな」


 昇は死んでいると分かった瞬間、嫌なものを早く視界から消したかったのか、早々に目を逸らして道の先へと向かう。


 明奈はそれを見て少し昇の単純馬鹿だけではない内側を垣間見た気がする。


(……少なくとも、この伊東領の〈人〉と人間の在り方が不快であることは違いなさそうだな)


 現時点では、明奈は〈人〉という種族をどれくらい嫌悪しているかどうかまでは判別できない。


「今の昇、なんかちょっと怖かった」


 季里にとっては、昇があのような表情になったところを見たのは初めてだ。正しく言えば、記憶を失ってから初めてだった。


 何故なら苛立ちを隠せないあの顔は、ちょうど昇は季里と戦っていた時と同じ真剣な怒りの顔だったのだ。それを知るのはこの場では明奈だけ。


「そうだね」


 季里の言葉に同意を示し、また先頭となって歩き始める昇の後ろをついて行く。


「もしかして、昇は私、いや、〈人〉が嫌いなのかな」


 季里の質問も唐突で突飛な内容だったが、先ほどの態度と発言内容からすれば、ここでその疑念が浮かんでも不自然はない。


「そう単純な話じゃない」


「……そうかな」


「アイツだって人間なんだ。許せることと許せないことくらいある。だからと言って、お前を嫌うか嫌わないかは別問題だ。今までを見たところ、昇は別にお前のことは悪く思ってないと思うぞ」


 今の季里との関係が悪化するのはまずいという理由でフォローは入れたが、明奈は嘘をついた気分にはならなかった。

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