第16話 歩家領の〈人〉と人間 1

(いかんいかん)


 腑抜けている場合ではない。昇は目を閉じて邪念を取り払う。


「それにしても、人が住んでいるとは思えないところのような」


 季里が偶然にもこの街についての純粋な疑問を口にしたので、昇も思考を切り替えやすかったことだろう。


「ここに住む連中は普段表にはいないよ。必要があるときだけ出てくる。食事を与えられるときとか、後は〈人〉様の呼び出しを受けたりとかな」


「襲われる危険性は?」


「低いな。仮にあったとしてもたいして戦力にはならない連中だから、撃退はしやすい。ここでは勝手に武器を持つことは禁止されてるからな。違反者は死刑だ。言うまでもないけど、ここから勝手に逃げだろうとしたら、その思想を見受けられた時点で死刑」


「……恐ろしいですね。死刑が容易く行われるわけですか」


「言っただろ。ここは飼育場だって。どのみち真っ当な最期を迎えさせるつもりは飼い主にはないのさ」


 昇が先行しているのは、襲われる可能性が低いという自論からだということを明奈は理解した。


「だが、お前の言う〈人〉様が来たら状況も変わるんだろ?」


「ああ。この飼育場にわざわざ〈人〉様が来るタイミングは2つだ。人間狩りか、ここの連中に仕事を与える時かだ。明奈は見たことあるか、この廃街の人間の生き様を」


「いや……この領地に来てからは、追われてばかりだったから詳しくは知らない」


「この廃街の人間と〈人〉を見れば、人間差別主義の地域がよく分かる」


 季里が立ち止まる。


「その招集かしら……少し遠くに騒がしい場所がある」


 昇は耳をすませるが、全くそのような喧騒は聞こえてこない。


 人間に比べて〈人〉が優れているのはテイルの保有できる量だけでなく、運動機能、感覚機能も含まれる。


 季里のみが聞き取れるほどの小さい音があっても不思議ではない。


「どこ?」


「ここから北東方向かな……、そこに徐々に声が集まってきている」


「……まじか」


 先ほどこの地域の説明をしていた昇は、すぐに何が起こっているか予想できる。


「〈人〉様の招集か。招集は珍しいことなのに。何かあったのか?」


 避けるべきか、情報を得るために様子を見に行くべきか。


「見に行くべきだ」


 昇は真剣な表情で即断した。


「なぜ?」


「〈人〉の連中がここの人間に仕事を振るのは、人手が必要だからな。きっと大きな動きがあるんだ。もしも俺達に不利なことをし始めたら、何の対策もないまま進むのは危険だ」


 明奈から反対の意見は出なかった。


「だが、住民に紛れるのは接近のし過ぎで危険だ。どこか安全な場所で傍聴するぞ」


 その代わり、意思決定が終わりそのまま走り出しそうな昇にブレーキをかけた。






 季里が聞いたとされる騒ぎの方向へと、できる限り狭い裏道らしきところを通りながら向かって行く。


 現在に季里はデバイスの使い方は覚えていても戦える状態ではない。彼女を連れながら戦闘になればせっかくの切り札になりそうな彼女をすぐに失うことになる。それは避けたかった。


「もう近いな。私にも聞こえてきた」


「俺もだ」


「2人は今まで聞こえていなかったの?」


「季里は〈人〉だからな。俺らよりも聞きやすいんだろうな」


「そうなの……やっぱり私は〈人〉ってことかぁ」


 記憶が呼び出せない状態の季里に明奈も昇も彼女が〈人〉であることは隠さなかった。さすがに敵であることまでは正直言ってはいないが、できる限り嘘をつきたくないという昇の意見に明奈が合わせている。


 明奈はこの情報を季里に打ち明けても問題はないと考えている。自身を育てた〈人〉である源家やその部下たちも、その上司である八十葉家の〈人〉も、人間を自分達とは区別していても、人間を目障りとは思わずに共に行動していた。


 明奈は、〈人〉の間でも価値観がずれているのは人間と同じようにそれぞれの環境によるものだと思っている。


 今の季里でも、昇も明奈も自分より劣っている存在であることを、理論ではなくても感覚として得ていることだろう。しかし、それをすぐに殺処分するべき愚物としてみるか、庇護や友愛の対象として見るかは、自身を取り巻く環境と周りの人間から影響されて形成される価値観によって決めるものだ。


「私は、2人と行動をするのは嫌じゃないわ。不快には全く思っていないもの」


 もちろん、生まれつき人間に対して生理的不快を感じる〈人〉もいるかもしれない。すべての〈人〉に当てはまるとは思っていないが、明奈はその前提が決して全く違うものというわけではないことを、今の季里の言葉や態度からも実感する。


(そう言えば……)


 季里のことを考えていた明奈、ふと昇の価値観も気になった。


 昇にとって歩家は決して許せない敵だ。今が利用価値があるからこそ季里を殺さないでいるが、実際、昇は歩家の人に対してどのように思っているのか。


「なんだよ、こっちをじっと見て」


「ああ。……なんでもない」


 季里を前に昇が正直に言うはずもない。明奈はその聞き取りを諦めることにした。


「で、お前もこっちを向いてたってことは何かあるのか」


「裏道はここで終わりだな。ここから向かい側の裏道に行くにはどうしてもここを横切る必要があるぞ」


「仕方ないだろ。ダッシュで駆け抜けるぞ」


 明奈の提案に残り2人は頷いて、大型運送車が2台平行して通れるような広い道を一気に通過する。


 しかし、やはり誰にも見られないということは無理だった。


「お兄ちゃんたち、そっちダメだよ!」


 すぐに裏道をまた進もうとしたところで、明奈たちを見て慌てて近くから追いかけてきた11歳くらいの少年が呼び止める。


 無視、も考えなくはなかったが、季里がそれで立ち止まってその少年に対応してしまったので、明奈と昇も立ち止まるしかない。


「なんで?」


 季里の質問に少年は答えた。少年の服装は所々が痛んでいる半袖でまだ冬が過ぎようとしている今の季節には寒すぎる。倭では珍しいオレンジの瞳がユニークポイントで非常に印象に残りやすい。


「お姉ちゃん新顔でしょ」


「そうだけど、何がダメなの?」


 とりあえず変装は見破られていないようで明奈と昇は一安心。


「こういう時はいつも、人間を集めるやつと一緒に、人間狩りに来ている趣味の悪い奴がいる。こういう裏道はいつも人間狩りにあうんだ」

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