第15話 下剋上への戦いへ出発

 明奈は季里の存在とその使い方をまだ具体的には決めてないものの、今回の戦いのキーパーソンであるとは思っている。


「デバイスも見せてくれ。途中で壊れてしまっては迷惑だからな」


「はい」


 彼女は素直に指輪を差し出す。デバイスとその使い方については先ほどの料理を作っている時間に昇が教えていたので、何のことか、どのように使うかを季里は理解できている。


 デバイスを調べると、そのデバイスは、テイルによる物体作成と、テキストメッセージによる遠隔通信の機能が入っていた。


 明奈はその遠隔通信機能を使って、恐らく彼女の部下と思われる人間数人に以下の旨を発信する。


『任務中にトラブルが発生しました。敵が想定以上の数と強さで制圧が難航しています。想定帰還時間より1日ほど遅れると父に報告してください』


 今までの送信履歴から、季里は最低限度の連絡を淡々とこなす性格だったようなので、それにならって時間稼ぎのメッセージを送る。本格的な季里の捜索や援軍といった形で周辺の警戒が強まってしまう前に取れる時間を少しでも増やせるように。


 さらに明奈は季里のデバイスに、いつでも機能を停止できるように特殊な細工をした。彼女が使っていた武器データもついでに自身の研究のためにコピーして、デバイスを季里へと返す。


「デバイスも問題なさそうだ」


 これで万が一のときの保険もかけた。


「ありがとう」

 季里の感謝の言葉を聞き、思いっきり季里を騙していることに後ろめたさを感じないでもなかったが、明奈はこれは保険だから仕方ないと自身へ言い訳をする。


 復讐の途中で何人も敵を地獄へと送ってきた。自分から大切なものを奪った奴らに地獄を見せてやると言い逃れできない所業をいくつも行ってきた。それに比べればこの程度の嘘はあまりにも軽すぎて、後ろめたさを感じることすら罪に思えるほどだ。


「いいや」


 そんな明奈が見せた一瞬の陰を感じとった季里。記憶のない彼女にとって頼りにできるのは昇と明奈だけだ。その2人の様子がおかしければ心配にもなる。


「……ごめんなさい。気分がすぐれないのかな。ちょっと顔色悪そう」


「ああ。顔色が悪いのはいつものことだと思う。自分でも自覚してるから心配しないで。それより」

 自分のことなどどうでもいい、しかし他人のことをどうでもいいと割り切ることはできない。明奈がは季里の覚悟を問う。


「できる限りは面倒を見るけど。ここから先は、命に関わるわ。アイツはついて来いと言ったけど、頑張れる?」


「大丈夫。だってここにいても、1人で彷徨うのも、2人について行っても危険なのは変わらない。なら。私は、1人になりたくない。寂しいのは嫌」


 余計なプライドがないが季里は、正直に自身の思いを語った。1人で昇を殺しに来たとは思えないその言葉は、彼女の今の心を表していた。




「諦めるな」


 昇は見回りの最後に、その言葉をもらった職員室にいた。


「先生。その言葉、胸に刻むよ。行ってくる」


 自分以外の生徒に向けたメッセージを自身のデバイスに保存して、昇もまたその部屋を後にした。


 偶然にも用が済んだ明奈と季里と同じタイミングで校舎の入り口にて合流した。


 もう迷いのない3人はいよいよ、歩家との戦いに繰り出す最初の一歩を踏み出す。




 歩領は繁栄と衰退がはっきりしている街だ。


 先に昇が言ったように、必要な幹道や主要街を除けば、ほとんどが旧時代から放棄された廃街が遺されている。


 その廃街に〈人〉はなく、そこにはこの地で文化的生活を送るに値しない虫たちが住むと繁華街に住む者たちに揶揄されている。


 しかし、伊東家領における人間たちにとって、まともに生きることができる生活圏はここしかない。ここは、伊東家領で思考を持って動く価値があると認められた人間たちが命を長らえさせることを許された場所だ。


 たとえ夜に灯がつかなくても、たとえ屋根が破損していて十分に雨が凌げなくても、1日1回既定の場所に置かれる固形栄養凝固食、通称〈キューブ〉を摂取さえすれば栄養は足りるし、雨が降らなければ十分に睡眠をとることができる。


 繁華街から外れたこの街は決して人間を虐げている場所ではなく、人間を生かす場所なのだ。


 何か乗り物があればよいのだが、残念ながら今昇たちは徒歩でその街を動いている。廃街に置かれた車は原型をとどめていないモノばかりで利用は不可能。テイルで作ろうとしても最大テイル保有量が数値にで表して2000しかない2人には不可能だ。


 〈人〉である季里ならば小型車くらいなら作ることができたかもしれないが、残念ながら先の昇との戦闘でテイルを多く使用しており、作成できるだけの残量がなかった。季里は〈人〉であるため、栄養摂取や睡眠をしたとしてもテイルの自己生成は望めない。


「繁華街までは4時間といったところか」


「まあ、何の妨害もなければの話だがな」


 明奈にとってはあまりいい思い出はない。逃亡の際に思いっきり妨害を受けたのは最近の話であり、嫌な思い出が蘇っては非常に不愉快だと主張する顔で一番後ろを歩く。


 対して、昇は一番前を歩いているのは、決して道案内が上手と言う意味はなく、彼が自然に足の動きを速めて先に行きそうになっているのだ。何とか後ろをたびたび向いて歩調を後ろの女子2名に合わせて減速しているが、彼は元々歩くのが早いのかすぐに距離が開く。


「……慣れねえな」


 それは廃街を歩くことではなく季里の今の姿にある。


 明奈の手によってメイクが施され髪型、髪色、服装が変化して、さらに眼鏡までつけてしまった季里。これは明奈の仕業で、季里の正体を下手に明かしたまま行動させれば要らない混乱を招きそうだという予想によるものだ。


「変?」


「いや、似合うには似合うけど、慣れないってだけだ。そのうち気にならなくなると思う」


「そう?」


 季里は自身のおしゃれを褒められて嬉しかったのか少し微笑んだ。


(うお……)


 殺意のみを感じていた時には気が付かなかった昇も、これを見て気づく。これは男であれば本能的に惹かれる可能性の高い女性であると。


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