第10話 処遇

 昇も身を守るためとはまさかここまでダメージを負わせてしまうとは思ってもいなかった。このような状況に出くわした時、どうするかを昇は知り得ない。


「どうする?」


 昇は明奈の方を見て季里の処遇を決める。


 明奈もすぐには答えは出なかったが、3秒ほど思考を巡らせていくつかの行動案を昇に提示した。


 明奈のこれからの基本的なスタンスは、昇をサポートだ。具体的には相談役になって提案をしたり彼が望ましくない行動や思考に陥ったときには指摘したりしていく。助けると決めた以上、片手間ではなく本気で行うつもりだ。


「とりあえず頭の中を視る」


「そんなことできるのか?」


「さっきエンジニアと言っただろう。私は何も武器専門じゃない」


「エンジニアだから、何ができるんだ……?」


 季里も聞き覚えがないのか、エンジニアが何たるかさっぱり理解できていない顔をしている。そして昇もまた同様の顔になった。


 明奈はその2人の阿呆な表情にため息をつく。


「後で詳しく説明する。今は彼女の処遇を決めるのが先だ。どのみちお前、今の服と体の状態じゃすぐ出発とはいかないだろう。今日まではこの廃校に泊まる」


「彼女はどうする」


「リスクを恐れるなら殺しておけ。そいつは歩家の女だ。剣を使っているところを見ると、歩季里、歩家の令嬢の可能性が高い。抱えるだけリスクだ」


「マジか……、そうか、こいつが」


 殺す。


 ナチュラルに出てきたからこそ本気を感じるその言葉に、季里は自身の死を予感し身震いする。


 昇はその様子はばっちりと見ていた。


 それは先ほど鬼気迫る表情だった〈人〉の戦士といより、自分と同じ1人のちっぽけな生物のように昇には映ったのだ。


「だが、昇。お前が殺したくないというのなら、私にも別の考えがあるにはある」


 今の季里はおそらく、自分の命を奪いに来た季里ではない。


 昇はそんな季里を殺すのは。何か違うな、と思ったのだ。


 故に明奈に答えをすぐ返した。


「今は殺さない。利用はできるかもしれないし、何より、この状態のこいつを殺すのはなんか、嫌だ」


「嫌だとか。子供か」


「悪かったな。俺が殺そうと思ったのはさっきのこいつだ。今の弱弱しいこいつをいくらやってもスカッとしない。俺の連中への怒りはそんなに安っぽくない」


「感情論か……先が思いやられる。だが、まあ心が弱いよりははるかに好ましい。いいだろう、なら彼女の面倒はお前が見ろ」


「えー! 普通そこは女子どうしって感じなるんじゃないのか?」


「お前か生かすと決めたんだろう。ならお前が責任を持て。ああ、でも余計な情報は吹き込むなよ。まだな」


 明奈は昇に自身の考えた方針の一部を伝えると、すでに廃校に向かって歩き出していた。


 昇は、

「マイペースな横暴者だなぁ」

 と人に言われると腹が立つくせに、明奈にはそのような印象を抱く。


 そして責任を持てと言われて、季里も自分をじっと見つめてくる。


 これでも前は人生を共にすると誓った彼女がいたので、女性の扱いにはそれほど怖気づかない。


 自分がこれからどうなるのか不安だと顔に書いている季里に、何とか少しでも話やすいようになってもらえるよう、コミュニケーションを積極的に図って行こうと考えた。


「まあ、お互いまだ何も知らない身だけど、外でってのもなんだからさ。とりあえず、これからどうするかさっぱりなら俺についてきてくれ」


「は、はい」


「歩けるか?」


「大丈夫です」


 昇は季里の様子をちらちらと確認しながら、明奈が行ってしまった廃校へと歩き始める。


 季里は自分の前を歩く昇を見て、自分がこれから何をされるのだろうか、という不安が大きかった。それでもついて行くと決めた理由は、赤の他人の自分を殺さないと明言してくれたたった1つの安心な要素からだった。


 もしもの時はなぜか服の中にあるナイフで後ろから刺して逃げようと思っていたのだ。


「あの」


「なあに」


「私とあなたは、どのような関係だったのでしょう」


 昇は唐突に訪れた、とても返答内容に困る質問にしばらく眉間にしわを寄せて答えを探す。


 敵同士、などと今は口が裂けても言えない。立場を悪くするだけだ。


 しかし、嘘をつくのも昇はあまり得意ではないし、好きでもなかった。


 なので、昇はこんなことを彼女に言ったのだ。


「俺は戦士。おまえも戦士。お互い戦いの中に生きてきた。俺とお前は今日偶然ここで出会って、戦ってたんだよ」


 この時は昇の頭は冴えていた。嘘は行っていない。すべて事実だ。親しい仲ではないことも敵同士という印象を与えずにそれとなく伝えることができた。


「私が……戦士?」


「ああ。そうだぜ。覚えてないだろうけどめっちゃ強かったんだよな。あんただって自分が記憶がないという自覚はあるはずだろ?」


「……そうですね。赤ちゃんじゃないのにこうして記憶がないということはそういうことなんだと思います」


「はは……、後でちょっと俺のあんたに対しての印象を言うよ。今のあんたはめっちゃビビると思うぜ?」


 季里は苦笑ながらも感情豊かに自然な笑みを浮かべた昇に、怪しさを感じることはなかった。


「あの……私、つい話しかけてしまったのですが……」


「あ、ああ。いやいいんだよ。むしろ黙られているとこっちも感じ悪いし。何かあったら言ってくれ」


「ありがとう」


「礼を言われることじゃない」


 この会話は昇と季里が会話を自然にできるようになるきっかけになったのは間違いなかった。

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