第11話 家庭科室

 とりあえず落ち着いて状況を整理したいと思った昇と明奈が、その場所に選んだのは、比較的損害の少ない調理室だった。


「この寺子屋の先生が随分と酔狂な性格で助かった。私が調べたなかで家庭技能科の科目を教えている寺子屋は京都でしか見たことがない」


 明奈がこの部屋についた途端、部屋の壁際に設置された棚の中を確認はじめる。基本的には調理道具と皿があれば十分だったのだが、幸運にも保存食料が隠されていたため、拝借して料理を作ることにした。


 ちなみに、テイルによって保存技術は旧時代よりもさらに上がり腐敗を1000分の1まで抑える技術が確立している現代では、ほぼすべての食糧を20年以上保存できるようになっている。ここで明奈が置いてあった食材を使って食中毒を起こす心配はほぼない。


 自分のストックを消費せずに食べ物を頂けるのは彼女にとって悪い話ではない。明奈のご機嫌が少し良くなる。


「こんな部屋で何するんだ。他にもあんま壊れてない場所あっただろう」


「別に腹がいっぱいと言うわけでもないだろう。話をするなら食べながらの方がいい。何より私がまだ起きてから何も食べてないんだ」


「お前、料理本当にできるのか。あれって〈人〉様の趣味だとばかり思ってたが」


 明奈が昇のその言葉に笑うという反応を見せた。昇はなぜ笑われたのか分からなずすぐにその原因を探る。


「なんだよ」


「はは。なあに。少し前の私と同じことを言っていると思ってな」


「少し前か。そう言えば、お前は『学校』育ちだったんだよな。どこの」


「今はもうないが、八十葉家領源家の本土のやつだ」


 基本的にお勉強をサボりがちで一般教養があまり身についていない恐れがある昇もその家のことは知っている。八十葉家といえば、倭の中でもたった2つしかない親人間派の1つの家であり、主に人財育成を得意としている家である。


 源家は約2年前までは八十葉家の中でも最大の教育機関を持っていて輩出した人間の数はかなり多いと昇は聞いたことがある。


「へえ……じゃあ、おまえどこかの家所属してるのか」


「いや」


「いやって、それかなり源家に目がつけられるんじゃないか?」


「知らないのか? 源家という家はもうない」


 源家は2年前に滅んだ。〈影〉と呼ばれる反〈人〉支配を掲げるテロ組織に。


「え! マジ……?」


「なんだ、お前2年前の話だぞ」


「いや、俺はもう少し前に捕まってそれ以降の話はさっぱりなんだよなぁ」


 適当な机に季里を案内して、彼女が座ったその隣に座る昇は、早速、自分が囚われた3年前に比べて世が変わっていることを実感する。 


「源家……?」


 一方で今まで話が一体何なのかをさっぱり理解できていない季里。


 目が点になっている。そんな様子を昇は見逃してはいなかった。


「もしかして今の話は」


「……何の話だか」


「マジか、源家と言えば、八十葉家のもつ最高レベルの臣下の家で、この辺りまで名前がとどろく有名な家なんだけどなぁ」


「その八十葉家というのも……」


「重症……だな」


 源家はかなり有名な家なので、たとえ思想が相反する伊東家領でも、傘下である冠位の智位歩家の令嬢である彼女が、存在や実績を知らずに、


「なんか難しそうな話ですね。あなたは意外と教養があるのでは?」


 輝かしい笑顔で昇を評価することはあり得ないことである。さすがの昇もこれには目を見開き頭を混乱させ始める。


 明奈も季里の様子を見てさすがに重症だと感じたのか、昇に向けて自分が料理をしている間に昇にやっておいてほしいことを口にした。


「お前、隣の彼女にいろいろ教えておけ。ああ、でも私の話とお前の話じゃない。そうじゃなくて一般教養とか社会情勢……はいいや。お前も疎そうだ」


「へいへい。俺はどうせ世間知らずだよーだ。仕方ないだろ」


「何も言っていないだろう。お前が知る限りで、彼女が忘れていたらまずいことを確認して逐一教えてやれ。どうせ40分くらいは暇になる」


 40分。思ったよりも長い時間指定。


「明奈、お前何作るつもりだ?」


「久しぶりにまともなキッチンがあるんだ。たまには暖かいものを私も食べたい。お前達も食べたければ我慢するんだな。ちなみに献立は……まあ、中華ね。この材料でできるのは」


「それウチにあったやつだろ。使っていいのかよ」


「どのみちもうここには戻らない。なら、使えるものは使いきった方がいいだろ」


 昇は彼女の答えに納得して、指示通りに隣の季里へいろいろと話をしながら、必要な情報を与えていくことにした。


 記憶を刺激すれば何かのきっかけで、歩家としての季里が戻ってくる可能性はあるものの、何も知らない状態で連れまわせる状態ではないことは、昇でも分かっている。できる限り歩家についての情報を避けながら、今の彼女が忘れてしまっている現代の常識を思い出させることにした。


「そうだな……とりあえず呼びやすいように名前を言っておこうか。お前は季里って名前だ。俺も明奈もそれだけ知ってる、ああ、俺の名前は昇な」


「あなたは昇、そして向こうの女性が明奈さんですね」


「とりあえず名前は教えておくぜ。さて、まずはデバイスの話からか?」


「デバイス……」


「やっぱりそれの使い方が分からないとこの先困るからなー。お前が今右の中指に着けているやつな」


「これが……?」


「想像したものを現実のものに変える力を持っている。だけど気をつけろよ。そう簡単なもんじゃないからな」


 想像を現実化する。聞こえはファンタジーそのものだが、実際そう簡単に成し得ることではない。


 物を創造するための原料となる体内粒子数は限られている。規模の大きなものを創ることは現実問題として難しい。


 そして何よりの制約が、テイルで創り出すには、頭の中で創りたいものをイメージしなければならないこと、そしてイメージが正しく具体的でないと、自分が求めていたものとは全く違うものができてしまうことだ。


 例えばリンゴを作り出そうとしても、外見を思い浮かべただけでは中身のない皮だけのリンゴができる。正しく創るためには、中身にある物質、その性質を正しく理解した上で、それをイメージできなければ、求めているものは創れない。


 特にこの世に存在しない新たなものをテイルで開発するとなると、想像は何度も細かな部分でエラーを内包していて、ちゃんとしたものを形にすることは、そう簡単にできないのだ。


 しかし、それは逆に言えば、正しい想像をできたならば、体内のテイル粒子を使って、どんなものでもその場で作ることができると言うことだ。

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