第8話 太刀川 明奈
「勝ったな」
少女に言われ、昇はようやく勝利を実感する。
季里はまだ生きているようだったが意識を失っていた。
「いっつ……」
しかし昇も無事ではない。傷をまともに塞いでいなかったので血が少しずつ溢れてきている。
「まあ……なんとか生きてるな……」
「武器の使い方は見事だった。私も改造したかいがあったというもの」
「ならよかったぜ。でだ、その改造費とかかかるのか?」
「お金はいらない。これでも生活は困ってない。お前と違って、稼ぎ口はあるから困ってない」
「へえ、すごいんだなぁ。稼ぎ……あ」
昇は大変な事実に気が付いてしまう。
ここ数日必死に逃げて来てようやくここにたどり着いた。そして今度は歩家に叛逆して仲間を助けたいとも思った、
その覚悟は変わらないが実際問題、これからどう生きていけばいいのかは何も決まっていない。
この寺子屋に備蓄してあった食料と水もあまり多くはなく、そこを尽きたら終わりだ。
そんな状況で歩家へ戦いを挑む等無謀も甚だしい。その前に飢えて死ぬこと間違いなしだ。
「ああ、現実に引き戻されたか。歩家をぶっ潰すと大胆宣言したさっきの威勢はどこへやら」
「やべえ……確かに一朝一夕でどうにかなる相手じゃねえしな……」
身寄りがここしかなかった昇に、頼れる誰かもどこかも存在しない。
歩家を倒すと誓った矢先、早速壁に当たり昇は意気消沈する。
迫りくるだろう食糧問題や歩家打倒の今後の指針や、その他もろもろを1人で考えるほど器用な頭を昇は持っていなかった。
「やれやれ」
少女は呆れて首を振りながら、彼に手を差し伸べた。
「伊東家の敷地はお前が思っている以上に壮絶な場所だ。私もしばらく歩いてみて結構危なかった。だから一度この領地を出て、出直そうと思ってた。だが監視が厳しくてな、どうやって出ようか迷っていたところだ。ちょうど歩家は別の領地、天城家との境界に存在する家」
「何が言いたいんだよ」
「最後まで話を聞け。お前が反逆を志すというのなら、歩家を打ち破り天城家に逃げるところまでなら手を貸してやってもいい」
「はぁ、お前、何言ってんのか分かってるのか!」
手を貸すと言ったのに、なぜか怒られた少女は面白くないがそこは文句を言わずに我慢。
昇の言うことも理解できなくはなかったからだ。
昇の味方をするということは、この領地の人間に完全に目をつけられるということ。この地は反逆者に手を貸す者を許しはしないだろう。
それでも明奈は、自慢げに笑う。
「これでも、何度も死線はくぐった傭兵だ。少なくともお前の足は引っ張らない。納得いかないならいつでも『喧嘩』は受けて立つ」
「そうじゃない、死ぬ可能性大だぞ」
「どのみち私も人間だ。お前に手を貸しても貸さなくても、私が狙われの身になるのは時間の問題だ。なら、囮にできそうなお前がいた方がいい」
「てめえ、人をなんだと思ってんだ」
「私の助けが要らないのならそれでいい。私は別の手段を探す。だが、もしもお前が本気なら、私はお前を支えよう」
昇は困惑を隠せなかった。立場が危うい自分に手を差し伸べる気になったのは、いったいなぜなのか分からなかったからだ。
「お前、なんで……」
「……大切なものを助けたいのなら、間に合ううちに。もしもお前を勝たせることができたなら、私は胸を張って、少しは成長できたと、師匠に報告できる」
「お前……」
今までクールな奴だとしか思っていなかった少女の評価を少し改める。
自分と同じ、大切なもののために、信念を貫いて、熱く必死に生きているのだと。
昇もそこまで言われれば断る必要はない。
なにより自分1人だけでは何もできないのだから、この幸運な出会いに感謝し、今は利用できる人やものをなんでも使って生き延びる。
そして歩家を倒す。
昇は差し伸べられた手を掴み、握手した。
「頼む。力を貸してくれ」
少女は、とりあえずの仲間になったということで、ここで初めて自分の名前を語った。
「いいだろう。私の名前は、
ちなみに実は普通の人間や〈人〉はここで驚くところなのだが、昇は3年以上監禁されて居たので社会情勢は知らないがゆえにリアクションはなかった。
傭兵の太刀川と言えば、8年前、徳位北条家を破滅させた太刀川莉愛、3年前の八十葉家と森家の大戦争で〈人〉斬りの人間として恐れられた太刀川奨の2人が傭兵や戦う者の世界で有名だ。そして最近その名字を語り〈影〉と〈人〉に無敗を誇る明奈の名前を知れ渡ってきている。
「俺のことは昇と呼んでくれ。俺は仲間を助けるため、そしてお前は脱出するため、歩家をぶっ飛ばして隣の天城領にトンズラだ」
「弱音を吐くなよ? 昇」
「そっちこそだぜ、明奈」
これは運命の出会い。
彼らの
「うーん……」
「な……」
握手を交わして、いざ、明日からどうするか話し合おうとした矢先、ぶっ飛ばされて意識を失っていたはずの歩季里は目覚めてしまった。
昇の一撃によって相当なダメージを受けたはずだが、まるで睡眠から目覚めたかのように余裕のある目覚めだった。
「嘘だろ……あんなぶっ飛ばしたのに」
明奈はすぐに〈デバイス〉を使って己の武器である、比較的大きめ拳銃を作り出し、その銃口を歩季里へと向ける。
しかし、季里は次の瞬間、信じられない一言を放つ。
「あの……あなたは……?」
「へ?」
昇のことを知らないかのようなリアクション。
「お前は、俺を追ってきた歩家の」
「あゆみ……あゆみ?」
昇の阿呆みたいな声を聞いても、首を傾げるばかり。明奈は銃のトリガーに人差し指をかけ、少し力を籠める。少しでも怪しい動きをした瞬間に抹殺できるように。
しかし季里は、その場できょろきょろ回りを見渡してもう一度昇を驚かせる発言をした。
「ここは……どこ? あれ……私、私は……あれ?」
季里はまるで記憶がないような振る舞いをしていたのである。
もっとも、本当にないのだが。
「まじかよ……」
季里は昇の最後の一撃を受けた衝撃で脳に問題が発生していた。もちろん昇は殺されかけていたので迎撃しただけで彼に非はない。
しかし、昇の〈人〉への波乱万丈な反逆の戦いは、このハプニングと共に幕を開けることになる。
「どうする?」
「ええーと」
昇は頭を抱えること5秒。
「とりあえず、警戒しながらちょっと様子をうかがってみるか」
「メリットはあるのか」
「アイツが記憶喪失って本当なら面白いじゃないか。何かに使えるんじゃねえの?」
「……まあ、人質とか、そういうのには使えそうか。よし、お前が行け。私はいつでも処断できるように銃を向けておく」
「それはそれで怖えな。まあ、分かった。言い出しっぺだからな」
昇は季里への接近を試みる。
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