第7話 第2ラウンド
その時、季里に向かって猛スピードで突っ込んでくる男がいた。
拳に炎を燃えあがらせ、なんの躊躇いもなく突撃してくる。そのスピードは先ほどより2倍近く速い。
これは少女によってつけられた新機能の1つによって実現している。
炎をチャージして一気に放つことで、瞬間的に攻撃のエネルギーを爆発的に増大させることができる。
今の高速移動こそ、その機能を使い放った炎を推進力として、足での移動では不可能な速度での突撃を可能にしたものだ。
季里は剣に真紅の光を纏い、冷静にその
剣にぶつかった炎は勢いよくうなりを上げ、空気を震わせる。
「馬鹿の1つ覚えというのはこのことか?」
「うるせえ!」
「頭は冷えたようだが、元々馬鹿では救いようがないな」
最初に激突したときとは違う。
昇がいくら炎を出しても、今度は弾くまで押しきれなかった。それは季里が先ほどの反省を生かし剣に使うテイルの量を増やして、向かってくる攻撃に対応しているからだ。
結局3秒の間、優劣はつかず、季里が蹴り上げようとするのを昇が距離をとって躱すことでつばぜり合いは終わった。
2人の間に距離ができたことで季里は再び自信の得意な戦法に切り替える。
季里は再び、剣に光を宿し、刀身を伸ばして成り立つ鞭の如き拡張斬撃を展開する。そして昇に猛攻を仕掛け始めた。
(来たぜ……ここからだ!)
先ほどの戦いで、長い時間攻めあぐねていると、どんどんと追い詰められるのは実証済みだ。故に、勝負は短い時間で行わなければならない。
昇はそれを自分に言い聞かせ、機を逃さないよう集中して迎え撃つ。
迫る攻撃。
昇は先ほどと違い、拳を当てて弾くことを多めにしながら攻撃を
(馬鹿ね。それでいつまでもつのかしら?)
しかし季里の顔は、どこまでできるか、という期待の笑みが浮かんでいる。そして喜びの舞ともいわんばかり剣を振るった。
躱せなければ弾く。そうすれば鞭が違った軌道をとり隙が見えるかもしれない。昇の考えることは、季里には手に取るようにわかった。
戦いに『かもしれない』はご法度だ。
季里がその程度のことを考慮しないで鞭を使っているわけはない。
「ち……」
昇の舌打ちを、
(苛々してる)
季里は冷静に見抜き、頭に血が上って判断力が低下する可能性を予測する。
そんな昇の前に1つの隙など見せない。迫る鞭の猛攻は先ほどと流れは違えど、戦いを同じ結果へと導こうとしていた。
昇に勝ち目はない。
しかし、昇は諦め悪く、しつこく刃に炎の灯った拳を当てる。
季里にはその行動が少し変だと感じながらも、これ以上の進展はないと判断した季里は止めの舞へと移行した。
徐々に逃げ場を狭め、絶対に逃げられないところに、最高の威力と速度を保った一撃を与える。
「くそ……がぁああああ!」
「まずは右足」
そして、昇に季里の狙い澄ました刃が迫った。
その時。
季里の思考に違和感が芽生えた。先ほどの戦闘とは違い、今自分の目に映る昇の顔は苦しさを訴えるものではなかったのだ。
その時。
剣から激しい炎が燃え上がった。
「え……?」
その炎は物体を動かす推進エネルギーとなって、季里の意図しない方向へと鞭を動かした。あり得ない力をうけ、季里の完成された斬撃は崩れるだけなく、その影響は使用者の季里にまで及び、剣が手からすっぽ抜ける。
(なんで私の剣から炎が……!)
何が起こったのか分からず、季里の動きが鈍った。
「来た!」
これがグローブの新機能2つ目。拳を当てたところに炎の種を留めることができ、昇の意志で留めた種から激しい炎を生み出すことができる。
種は最初の激突で剣に仕込み済みだったのだ。
「く……!」
「いくぜ女ぁ!」
武器を失った季里へと距離を詰め、炎拳を繰り出した。
季里は藍色の光のシールドを展開し、それを受け止めようとするが。
「さっきと同じだと思うなよ!」
チャージされた炎がそこで一気に突き出した拳の破壊力を高める。
「宣戦布告だ! 俺はてめえらをぶっ飛ばして、みんなを助ける!」
「貴様……!」
シールドは破壊され、炎の拳は季里へと届いた。
――拳の勢いのままに、昇は季里をぶっ飛ばす!
季里は先ほどの昇と同じように廃校舎の教室に突っ込み、そのまますぐに立ち上がることはできなくなった。
昇は季里が立ち上がってこないのを、突如の反撃を警戒しながら確認する。
そして季里が意識を失っているのが明らかになると、昇の顔には勝利を誇る笑みが浮かんだ。
一部始終を見終えた昇を助けた少女は、昇の姿を見て、彼の将来を案じていた。
天江昇。彼がこれから為そうとしていることは無謀な戦い。少女には分かる。
少女とて最初から〈人〉に勝てるようになっていたわけではない。傭兵としての旅の中で死にかけた回数は一桁ではない。それだけの死線をくぐり抜けて一人旅を続け、己を鍛え上げてきた。
それ故に分かる。今の彼では、その野望を叶えることは不可能だと。
戦い方が雑だ。そして思考が単純だ。相手の攻撃には当たらなければいいと割り切り殴って蹴って攻撃する。ひどい言い方をするのなら原始人並みの馬鹿な戦い方だ。
頭を使って、工夫をして、それでようやく弱者は強者と渡り合える。それを今の彼は正しく理解していない。
しかし悪いことばかりではない。基礎的な身体能力は〈人〉の平均に比べても遜色ないように見える。戦いの勘も悪くないし、新しい武器の機能をすぐに使いこなしていたところから見て、頭の回転は良い方だ。
当初は何の才能ももっていなかった少女からすれば今の昇はとても優秀な人間だった。
自分が今まで手に入れてきた知識、技能を昇に教え、そして戦いの手助けをして彼を生かすことで、少女はこの昇がどれほどのことを成し遂げるのか、どこまで強くなるのか興味が湧いた。
そしてなにより、大事な人を救うことが、まだ間に合うというのなら、自分にはできなかった、誰かを救うという叶えさせてあげたい。そう思ったのだ。
故に手伝うことを決めた。彼の戦いを。
少女は、勝利の笑顔を浮かべた昇の元へと向かっていく。
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