第6話 『諦めるな』

『昇。もしもお前がこれを見ているということは、きっとお前は苦境を乗り越えてこの寺子屋に頑張って戻ってきたんだろう。まずは、よく頑張ったな、ここまで』


「おう」


 懐かしい恩師の言葉。聞くだけで涙が出そうになる。


(ああ……俺、先生のことが好きだったんだな……)


 しみじみと己を省みながら、最期を覚悟して、それでも不良である自分を信じてくれた先生の言葉を刻み込もうと耳を傾ける。


 

『昇。いいか。意外と仲間思いなお前はきっと他の連中を救いたいと願っているはずだ。お前が真にそれを望むなら、俺から送るアドバイスは1つだ。諦めるな』


「ああ」


 返事がない。当然といえば当然ではあるが、やはり寂しかった。


『〈発電所〉に贈られた人間の寿命は5年だ。他の家なら活きがなくなった人間は破棄するが、伊東家は資源を無駄にはしない家だ。お前が寿命で死んでいない限り、他の連中もまだ生きているだろうし、お前が抗っても他の奴を見せしめには殺さないだろう。だから、まだチャンスはある』


 まるで今の昇の状況を分かっているかのような、昇が一番欲しいアドバイスだった。


『歩家が所有する〈発電所〉に至れ。それまでは是が非でも生きろ。いいな』


 最後に『卒業おめでとう、昇』という言葉でメッセージは終わった。


 昇は親代わりとも言える恩人の言葉を何度も自分で繰り返した。


(ありがとな。最期まで、俺に道を教えてくれて。あんたは、立派だったよ)


 昇は嬉しさと寂しさがともにあるような顔をしている。


「いい先生だな」


 デバイスの改造をしていたはずの少女がいつの間にか職員室に来ていた。


「終わったのか?」



「ああ。それほど時間はかからなかった」


 指輪の形をしている武器を彼女から受け取り、再びはめる。不思議とその感覚はまるで新品をつけているかのようだった。


 少女は言う。


「羨ましいな。私の学校はそんなんじゃなかったから」


 その内容は、デバイスとはそれほど関係ないものだ。


「どういうことだ」


「私の出身は、〈人〉に尽くすための教育を受ける場所だった。私は、それから成人してすぐに良い師に巡り合えたが、他の子はそうはいかなかっただろう。弟子や生徒を大事にしてくれる師匠や先生は貴重だとよく知っている」


「そうだな。元気なのか、その師匠は」


「死んだよ。師も友も2年前にね」


 少女の顔が曇る。


「無力だった。助けることはできなかったし師匠や友達に助けられた。もう、私には誰もいない。だから、これでも……お前の気持ちは解るつもりだ」


「そうかお前もいろいろ苦労してきたってことか」


 もう先生はいない。しかし、最後に声を聞けたことが、昇には嬉しかった。お礼も恩返しもできなかったが、それでも別れをきちんとした形ですることができたから。


『諦めるな』


 その言葉を心に刻み、昇は無謀な戦いに挑む決意を新たにする。


 そして、ゆっくりと歩きだす。その拳に火を決意の灯して


「行くのか?」


「なんなら手伝ってくれてもいいんだぜ」


「断る。あの女と戦うことにメリットはない。まだな」


「メリットがあれば動いてくれるのか?」


「お前の武器改造も、私のエンジニアとしての経験を積むというメリットがあったからやった。もしも私に戦いを手伝ってほしいのなら、せめて手を組んでもいいと思える強さを見せてもらってからじゃないと」


 手伝って欲しいのなら、と彼女は言った。それは昇にとって、朗報かもしれない。


 しかし今はまだ、昇はそこに何も言わない。期待もしない。全ては目の前の障害を越えてからの話からだ。


「おう。見てろ」


「デバイスに加えた新機能は2つ。その2つで奴を出し抜くには十分だ。使い方はデバイスを通じてお前の記憶に直接流し込む」


「ハイテクだなぁ……」


「それを使っても勝機は5分だ」


「十分だ。倒してくる」





 歩家本家の〈人〉である、歩季里あゆみきりがこの場所を訪れたのは、自分の家が管理している〈発電所〉から1人の脱走者が確認されたからだった。


 歩家は伊東家の傘下の家であり、領主の伊東家はそれにたいそうお怒りのようで、当主は後日、罰を受けることになる。


 それとは別に、歩家にすぐさまその脱走者を捕らえ、元に戻すことを命令したのだ。


 そこで手が空いていた季里が逃亡者の追跡を行っていたのだ。


「はぁ……」


 よく人間たちは〈人〉が全員、人間を好きに虐げて遊んで暮らしていると考えている。しかし、そのような貴族生活をしているのはほんの一握りだ。


 〈人〉の中でも、家ごとに格付けが行われ、領地を統括する徳位家の傘下の家は、上の格の家に基本的には逆らえない。もちろん人間ほど悲惨な生活を送っているわけではないが、〈人〉の中でも弱い立場は結局、強い者の理不尽に従い、日々を生き残るのにたくさんの苦労をしている。


 最近、季里はそれが退屈だった。


 自分が〈人〉だから、もっと我が儘に生きていけないのかとは考えていない。しかし、このまま歩家に尽くし、人間の管理と上からの圧力に耐える生活のままでいいか、少し疑問には思っている。


 不自由ない生活だが、代わり映えしない毎日

。上の家の奴隷になって、せっかくの生を謳歌できるかは、少し疑問に思える。


「結局これも、ただのパシリだもん。ミスしたのは私じゃないのに」


 愚痴を言って、もう一度ため息をつく。


 しかし、ここで何を言っても、自分の何かが変わるわけではないのだ。


 季里は思考を切り替えることにした。


 今、逃亡者は廃墟の中にいて、そこから出てこない状況となっている。


 死んだかと思う一方、それをにわかにも信じられない気分だったのだ。


 最初の戦った時、その逃亡者の技量に驚かされたものだ。何年間も腐敗停止液水槽の中に閉じ込められて、強力な負荷をかけていたにもかかわらず、その動きは鈍ってはいなかった。


 逃亡の間に武器だけでなく、体も仕上げていたと考えれば、あの男は人間でありながら〈人〉と戦うつもりだったということ。


 その反逆精神は、生意気だと思う反面とても魅力的にも思えた。


(羨ましい。とても、輝いて見える。うちでふんぞり返って偉ぶっている連中に比べて)


 家からは余計なことをせず捕まえるよう言われているが、季理としては、このように戦っているときが一番楽しかった。


 深呼吸する。反逆者はこの領地では珍しい。このチャンスを心行くまで堪能したい。


 だからこそ、油断はしない、剣を構え、テイルを十分に注ぎ込み、敵がいつ来ても構わないように、その剣をしっかりと握る。


 ふと、気配を感じたとき、再びの戦いの気配を感じ取った。


(来る……!)


 炎を拳に灯した男が突撃してくる。







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