第5話 職員室

 襲撃者に見つけられ追撃を受ける危険性を考え、昇と少女は飛ばされた場所から離れる。先ほど戦っていた外庭広場から一番通い理科室へと移動することに。


 昇の後ろを歩きながら、少女は偶然出会ったその男を見定めていた。


「お前、あの女となんで戦っている」


「俺を助けるって言った後にそれを訊くのか?」


「答えたくないのならいい」


「別に。単純な話だ。俺は連中にとっての反逆者だ、奴は俺という存在を許さないだけだろ」


 少女は、昇の抱く状況をある程度推察して、得心がいったのか追加の質問を投げかけた。


「あの弱さでお前よく戦おうと思ったな」


「見てたのか? てか俺が弱いだと、てめえ、戦ったことあんのかよ」


「あの程度の〈人〉なら何人も殺してきた。アレは工夫次第で対処できるレベルだ」


 実際にそれは事実だと明奈は自信を持って言える。


(マジかよ……)


 自慢をするかのようではなく、本当にただ単なる事実を述べているかのようなすまし顔をしていて、嘘のような内容を嘘だとは感じさせない説得力があった。


(ただ者じゃねえな……)


 昇は少女の正体が少し興味が出たが、今は世間話をしている場合でもないことから一度沸き立つ疑問を抑える。






 理科室に到着すると、少女は要求する。手を差し伸べ、何かをよこせと。


「は?」


「いや、は? とか言われても困る」


「何するつもりなんだよ」


「私はデバイスを修理、改良ができる。お前を勝たせると言っただろう。ならお前が使っている武器のチェックは必要だ」


 デバイスとはテイルを使うために必要な装置であり基本的には指輪の形をしている。テイルを持っていてもデバイスがなければ想像を現実にすることはできない。


 さらに、デバイスには様々な機能がある。通信機能、インターネットへの接続、映像の展開、などなど。


 さらには一度想像したものをデータとして保存しておき、同じものを再び創るとき、次は想像をせずとも、テイルを流し込むだけで再現してくれる機能もある


 デバイスエンジニアと呼ばれる者は、専用の機器を使って、そのデバイスの中に保存されたものを外側から改造することができる。


 無線で作業はできないため、専用のコードを対象物に取り付けて専用のキーボードをたたきながら、常人には理解不能な言語で書かれた画面を確認し、作業するのだ。


(そんなヤツもいるって習ったな。ここで)


 納得して自分の武器を渡すと、少女は彼のデバイスにコードを接続し作業を始めた。


「3分で済ませる」


「その間にあの女が来る可能性は?」


「今あの女はお前を逃がさないために結界を張っているところだろう。……なぜって顔をしてるが、外の光景を少し見ればわかる。綻びがないかどうかを確認してから、建物の中にお前を追い詰めるつもりだ。5分はかかるさ」


 昇は初対面ながら生意気な少女の態度に徐々に少し腹立たしさを覚える。


 それでも我慢したのは、敵の女をこのままでは倒せないことを昇自身も自覚していたからだ。


 ふと横を見ると、ものすごいスピードでキーボードをカチカチしながら作業している姿を見て、それなりにはやる女だということがよく分かった。


「そう言えば、お前の名前を訊いていなかったな」


「名乗りはてめえからが礼儀だろ」


「悪いが私は礼儀知らずなんでね。そうだな、あの女に勝てたら教えてやってもいい」


「ち……生意気だな……」


 舌打ちをしてきた昇を見て、少女は笑った。


 一方、昇は頭を抱え深呼吸。可愛げのない明奈の態度に対する苛立ちをなんとか抑え、名を告げた。


「天江昇だ」


「アマエ……ああ、もしかしてお前、ここの出身者か?」


 少女が寺子屋の関係者ではないことを、昇は天に誓うことができる。彼女とは間違いなく初対面であるし、なんらかの形で接点があったはずがない。


 だからこそ、昇の疑問は妥当だった。


「おまえ、なんでそれを?」


 少女は作業を淡々と進めながら、口を動かした。


「最初にこの廃校にきたとき、建物の内見を隅々まで行ったからな。その時、職員室だった場所でこの寺子屋の名簿を見つけた。そこに名前があったな」


「俺は昨日にはここに逃げてきてた。その時は人の気配なんかしなかったけどな……」


「私がここに最初に来たのは3日前。ただ、その時は廃校を探すだけ探してすぐに別の場所に出かけてな。つい今朝ここに戻ってきて、先生用の仮眠室だったところで寝かせてもらってた」


「そうか……まだ無事なところがあるんだな」


 昇は少女が何気なく発した言葉で少し何か考えを巡らせ、頭を抱える。


(そう言えば、昔を懐かしむばかりで……建物を隅々まで見てなかったな。職員室とか、前は入るなって言われてたし、行こうとも思わなかった)


 少女は昇が考えていたことを見透かしたわけではないだろうが、たまたま昇が職員室のことを考えていたときに一言。


「そういえば、お前の先生と思われる男が、お前宛てにメッセージを残してたような形跡があったな」


「え!」


 それは昇には聞き捨てならない言葉だった。


(生きてるのか……?)


 そんなはずはないだろうと自分に言い聞かせる。そして落ち着いて訊くべきことを尋ねた


「……中身聞いたのか?」


「聞いてない。お前宛てのメッセージだ。お前が聞くべきだろう。そうだな……改造が完成したら私が届けにいく。お前は向こうで聞きながら待っていたらどうだ。職員室は、ちょうど近くだろう?」


 このような状況ではあるが、非常に興味がそそられることにちがいはない。昇は彼女の手玉に手られている気分は気に入らないものの、彼女の言う通り職員室へと向かった。






  初めて入る職員室。ドアを開ける。


 この場所は窓の近くは大きく破損していたが。内側はいろいろと残っているものが多かった。


「これ……」


 天井近くの棚にしまってあったのは寺子屋でともに学んだ仲間との生活記録。写真や何日に何があったのか、先生視点で見て嬉しい成長があったことなど、細かに記録が採られている。


 ちなみに昇に対しては、苛々しやすい体質にどう向き合うべきか、思考に思考を重ねた跡がうかがえる、今では珍しい紙媒体が保存されている。


「先生……」


 昇は知らなかった。先生がこれほどまで自分を考えてくれていたことを。音はずっと感じていたが、このノートを見ると、持っていた恩と実際に先生が自分のためにしてくれた努力が全く等価交換にならないことを知った。


(マジか……)


 そして、音声記録によるメッセージのデータが保存されている端末を近くに見つけた。昇はそれを起動する。

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