第4話 運命を変える出会い

「はぁ……はぁあ……」


 すでに廃校となり、そこら中に傷がある木造の建物の中。ミシミシと音を立てる木製の廊下と、いっそのこと壊してしまった方がいいだろうと言えるくらいに破壊の限りを尽くされた学び舎を見ながら、昇は悔しさのあまり歯を食いしばる。


(情けねぇ……! あいつなんかに負けてる場合じゃねえってのに!)


 彼は先ほどの戦闘ですでに重症だった。致命傷こそ受けていないものの、歩けないわけではないのは唯一の暁光と言えるだろう。


 息切れもひどい。相手は、まだ余裕な顔なのに対してこちらはいつでも倒れて二度と起き上がれなくなりそうな始末だ。


 たまたま通りがかったところにあった鏡を見て、自分の情けなさに歯を食いしばる。


 この〈寺子屋〉は、この辺り一帯を支配する歩家に襲撃を受けた。その日、昇もまた友人たちと共に誘拐され、何もかもを失った。


 その日以来、昇に自由はなかった。彼もまた監禁されて、ずっと己の中のテイルを奪われ続ける日々を過ごしていた。


 今でも思い出す屈辱。人間が水槽の中に閉じ込められて、コードをつけられ、永遠に何かを吸われる気持ち悪い感覚を覚えながら死を待つしかない状況だった。


「真紀……林太郎……如月」


 力ない声で、友の名前を呼んだのは、決して偶然ではない。


 昇が千載一遇の脱獄をしたのも、無謀とも思える反逆を決意したのも、彼らを助けるためだ。発電所に幽閉されて、今も嘘を現実と思わせられながら、〈人〉に奪われ続けている彼らを救うためだ。


 〈発電所〉に入れられた人間は3年と命が続かないのが一般的だ。この奇跡の脱獄までに2年は経過している。


 もう、負けている余裕はない。


「俺は……勝つぞ……」


 ふらつきながら、痛みに耐え、歩季里に再び挑もうと〈寺子屋〉の廊下を歩く昇。


「真紀、お前と一緒になるんだ……」


 炎が燃え尽きていないことを確認し闘志に火をつける。


「林太郎、如月、お前達は京都に行くんだろ……! 〈反逆軍〉に、〈人〉に苦しめられてるやつらを助けるヒーローになるんだろ……!」


 在りし日の幻影と、今の悲惨な現状を交互に目の前に映しながら、


「俺は、負けないぞ。あのクソ女に……歩家とかいう野郎どもに!」


 怪我に負けないよう、戦う意志を再び燃え上がらせるべく、昇は叫んだ。


「ぶっとばしてやるよぉ! 歩の野郎どもがぁ」


 そして走り出そうとした。歩季里を倒し、歩家を滅ぼす最初の一歩を踏み出すために。




 しかし、この場に乱入者がいたことは、昇にも、敵である歩家の女も気が付かなかっただろう。




「空元気だな」


 突如、敵の女と自分以外に誰もいないはずの寺子屋において、歩家の女ではない別の女の子の声が発せられる。


「え……?」


 気合を入れていた昇も驚き、声が聞こえた方向を見る。


 そこには、昇とちょうど同い年くらいの少し顔色の悪い少女が立っていた。ブロンドのショートヘア、顔立ちはやや可愛らしい造形になっているものの、全体を見ると凛々しさを感じさせるような少女。


「悪いな。ここがお前の居場所だとは知らなかった。空き家だと思ってたから、寝床にさせてもらってた。騒ぎを聞いて起きた。そしたら死にかけの男を見つけて、つい声をかけてしまった」


「誰だてめえ……!」


 昇は炎の拳を見せ威嚇しながらその女子を見定める。そして、確たる証拠はなかったものの感じ取った。


「お前……人間か?」


「なんでそう思う?」


「雰囲気が〈人〉様って感じがしない」


「正解。旅人なんだ」


 さすがに嘘だろうと昇は訝しむ。


 この時代はテイルの存在のせいでどこもかしこも戦いに満ち溢れている。


「嘘つくな。あり得ない」


「まあ、そうだろうな。そこらで戦いが起こる、今の時代に呑気に旅人を自称してたら、私でも疑うよ」






 〈人〉が支配する世の中ではあるが、〈人〉もまた一枚岩ではない。


 人間と同じように彼らの中でも思想の違いや文化の違いも確かに存在する。そして人間をどのようにして扱うか、どのような社会を目指すかによって、〈人〉もまた12の派閥に分かれては、それぞれ領地をかまえ、倭という島国を12分した。


 それそれの派閥の長は〈人〉の一族の中で最も権力を持ち、冠位の中で最も位の高い〈徳位〉の称号を保有している12の華族。


 昇たちを破滅へと導いた歩家を傘下に擁し、中部地方を支配する元締めは伊東家と呼ばれる華族だ。人間差別主義の筆頭であり、その地に住まう人間は奴隷、もしくはそれ以下の扱いを受けることは普通のことなのだ。


 他にも、旧名北海道の土地を支配する細羽家。旧東北地方の右と左をそれぞれ、松井家と伊達家が管理している。


 これらの家は伊東家と同様、人間の良待遇を一切許さない、人間差別主義の体制を敷いている。


 北関東は現在、実力主義派である宮本家の管理下にあるが、南関東は北条家が壊滅して以来、奪い合いが行われていて現在そこを統べる者はいない。


 中部地方北部をいったん飛ばし、近畿地方に行くとそこは、12家の中で最強と名高い御門家や、そして御門家と親しい家が存在する。


 中部地方の下側と旧滋賀、旧三重地域を統括しているのは、実力主義派筆頭の天城家だ。その近くの旧奈良地域、旧和歌山地域を実力主義派、山崎家が支配している。


 そして京都は人間自治区があるものの、正式には御門家の領地だ。親人間派の御門家は四国、そして旧大阪付近と京都を自分の領地としている。


 そして旧兵庫と中国地方の右側を支配するのが親人間派の八十葉家、中国地方の左側を支配するのが人間差別主義を掲げるの森家。そして九州を支配する人間差別主義の二宮家、そして沖縄を支配する実力主義派の竜宮家。


 このように並べれば、人間差別主義の家が支配している領地が多く、人間の支配、管理が各地に根差した考えであることが見て取れる。


 12家やその傘下の家は、派閥が目指す理想の世界を作るために、邪魔な他の家を滅ぼすべく、日々各地で戦いを続けているのだ。


 その様が、かつて武将たちが天下統一を目指して戦った様子に似ていることから、今の時代は第二次戦国時代の名付けられている。


 その世界で戦いは日常であり、各地をのんびりと旅できるほど治安は良くない。

 

 この時代は真の意味で弱肉強食。誰しもが戦いや陰謀に巻き込まれ、殺し、殺される可能性がある。








 少女は殺気と闘気に溢れ武器から炎を出している昇を見ても、気圧される様子を全く見せないまま告げる。


「だが、さっきの言葉、本当にやる気なら手を貸してやるよ」


「はぁ? なんだよ急に」


 昇から見れば真紀と同じくらいに貧弱な体をした少女であり、特に戦い慣れている様子でもない。はっきり言えば頼りないというのが、昇の初見の感想だった。


 しかし、その少女は強気に語る。


「お前を勝たせてやる。その代わり、勝手にこの建物を使ってた私を見逃してくれ」

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