第3話 炎と剣 出会いと激突
万能粒子テイルは、あらゆる想像上でしか存在しなかったファンタジーを現実のものへと変える。
しかし、平和的な使い方ばかりをされるものではない。
テイルの世界とはすなわち、銃を思い浮かべるだけで銃が生み出せる世界。誰しもが武器を生み出して使える世界。
そのように言い表せば、この世界は平和、平穏とは無縁の世界であることは想像に難くない。
そしてもう1つ。万能粒子によって生まれてしまった存在があった。
それが〈人〉。
〈人〉は万能粒子によって生まれた人間の進化体の総称であり、人間の上位種。
〈人〉の見た目は人間と違いがない。しかし、差異は確実に、外見では分からない場所に存在する。
人間より優れた数多くの能力を備えているが故に、〈人〉は自然にこの時代の上位生物として、大きな権力を持つようになり、人間は支配される側となった。
現代の強者としてこの世界を動かす〈人〉、そして〈人〉の間に生き、人の生活を支える存在である人間、人類を2種に分け定める言葉が新たに定義されている。
拳から昇の怒りを示す炎が噴き出し、昇が一気に目の前の女へと距離を詰める。
その炎は、打ちだす拳の威力を高めるための武器。それがあるからこそ、素手でも戦うための手段として成立している。
一方の女は、逃げることも躱すことも考えず、昇の殴打を受けとめるつもりだ。
2人の距離は0になる。
突き出された拳に、上段から思いっきり振り下ろされた剣の刃が襲い掛かる。
激突。
互いの破壊力が生み出す破壊音が響く。
季里は驚きで目を見開く。
「俺の腕ごと斬るつもりみたいだけどなぁ……」
炎を宿した拳は敵の女の作り出した剣による重い剣戟を受けても傷一つつくことなく押し返している。
「なめんなぁあああ!」
燃える炎は推進力に変化し、威力をさらに高めて季里の剣を弾く。
「おらぁ!」
そして季里の腹に向けてもう片方の握り拳を突き出した。
しかし、その攻撃は届かない。女との体の間に、藍色の光の盾がどこからもなく出現し、炎を拒絶する。
炎は爆発し、その勢いを使って昇は一度距離を取った。
昇が生成した炎は昇が好きな時に爆散させることができるうえ、昇が生み出した炎なので、昇自身が火傷をすることはないという性質を持っている。
炎もかなり便利なもので、相手の攻撃に対して抵抗力を持っているため、相手が攻撃してきても生半可な攻撃ならば、炎を纏った拳で弾いたり、焼失させたりできる。
使い手である昇が、この〈寺子屋〉で生きてきた中で唯一自分だけのものとして創りあげた自信作がこの武器だ。
その上、爆発の際に自分にかかる衝撃もテイルを使えば和らげることができる。一般的に〈抗衝〉と呼ばれている戦闘技術だ。
昇は少しの距離を取った後は再び拳を構え、相手からの反撃に備える。
ここまで、女に一切のダメージはなかった。
「ふふ……やるじゃん」
喜びを示す表情となった女の反撃が始まる。
持っている直剣が真紅の光を放つ。そしてその場でその剣を突き出した。
(そんなの当たるわけ――)
8メートル近く離れている現状で剣の刺突が当たるわけない。そのように考えた昇は直後その常識にとらわれた己の発想をすぐに後悔する。
剣の刺突は剣に宿る光と同じ光刃が、剣から延長することにより成立し、距離があるはずの昇を確実に貫こうした。
昇は間一髪で躱し、事なきを得たが、長さが20メートルはあるのではないかという長距離の攻撃に驚きを隠せない。
(一瞬……刃が、伸びてるのか……?)
「腕を切り落とし、足を切り落とそう。人間からテイルを吸収するのは、脳と体があれば十分だ」
『テイルを吸う』、昇の友である林太郎や如月や、真紀が囚われている理由はそこにある。
万能粒子は人間が生み出すもの。〈人〉の唯一の欠陥は、人間とは違い、自分でテイルを生成することはできないこと。
では〈人〉はどうすればテイルを手に入れるか。その答えは簡単だ。人間から奪えばいい。牛から牛乳を手に入れるのと同じ、家畜にして搾取すればいいのだ。
「てめえ……!」
「私はおかしなことは言っていない」
季里の使う武器は今や剣と侮ることはできない。一度剣を振れば、その斬撃は真紅の光によって延長され、余裕で20メートル先までを斬ることが可能になっている。
季里は久しぶりに武器を振るえることが喜ばしいのか、狂喜の笑みを浮かべ、駄犬の
20メートル以内がすべて攻撃範囲となるために、昇はそれ以降、女に近づくことができない。
武器を振るう本人だけを見れば踊っているように見えなくもない、戦いに必要とは思えない動きとなるが、刃が延長されムチのようにも見える剣もふまえると、攻撃後の反動や隙をできる限りカバーして隙のない動きをしているのが分かる。
昇は、長い得物であっても的確に扱い己を狙ってくる刃の大蛇を前に、次の攻撃を仕掛けられなくなった。
上空からの叩き潰しを躱し、直後に来る薙ぎ払いを炎の拳で弾く。
そして接近しようと駆け出すも、すぐに次の攻撃が来る。間一髪で水平に払われた剣戟の下をくぐり抜け、季里のところへ己の拳を突き立てようとする。
しかし、視界の外から刃の先端が襲い掛かり、昇はやむなく炎の拳でその攻撃を受け止めるしかない。
「ぐ……!」
先ほど拳をぶつけたときの剣戟とは比べ物にならない威力で、相殺しきれなかった。
せっかく詰めた距離もまた離され、巻き起こる刃の鞭の嵐によって、確実に昇は疲弊していく。
何より季里がうまいのは、相手を自分に近づけないことではなく、相手を逃がさないことだった。昇が一度体勢を立て直そうと攻撃範囲の圏外に出ようとしても、それを許さない。
(近づけねえ……!)
それだけではない。疲れが見え始めている昇の体には徐々に、刃が掠めて皮膚が切れた痕の血が何か所も見え始めている。
この状況を見れば劣勢は、昇の実力不足と武器の相性が悪いことが大きな要因だと判断されるだろう。
しかし、人間の昇が元々持っている武器のテイルの保有量に対して、〈人〉である季里はその15倍近く。
これほどの差があれば、そもそも武器や戦い方のスペックが異なる。例えば今の女の猛攻を形にしている刃のは1分維持するのに昇1人分の粒子値を使う贅沢な武器だ。
人間と〈人〉では使える武器の質、そして戦いに仕えるエネルギーが大きく異なるため、衝突すれば、人間側が不利になるのは昇に限った話ではない。
「クソ……」
季里がなにかを小さくつぶやいたのを昇は確認する。
(見えた……?)
その言葉が何を示していたか、昇は奇跡的にひらめく。
(何かやばい……!)
自分の背後を見ると、まるで蛇が襲い掛かってきたかのような高速の切っ先が見えた。見えた時にはすでに遅い。上に跳べばバランスを崩し次に耐えられない。しかし横に跳んでももう間に合わないし、下も上に躱すときと同様次がなくなる。
炎を最大出力で放ち、その攻撃を受け止めるしか選択肢がなかった。
激突。
甲高い金属音が、その攻撃に秘められた威力がいかに高いかを示していた。
受け止められなかった昇は、寺子屋の校舎の方へと吹き飛ばされ、窓ガラスを割って建物の中を突き抜けていく。
「やり過ぎたか……だが、まだ生きてるな」
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