第2話 虚構


 あまりにも唐突にやってきたその日のことを昇はよく覚えている。


 銃声。爆発。教室も容赦なく壊され、次々と仲間は倒れては誘拐されていく。


 そして先生は死体になり、泣き叫ぶ皆の声が聞こえた。


 兵士たちによって、昇は友人たちとともに意識を失い、歩家の兵士に誘拐されたのだ。


 先ほどまでの光景は夢だ。もう二度と戻ってくることはない、幸せだったあの頃。


「俺の幸せを壊したのは、てめえらだろうが」


 昇は、今自分に話しかけてくる女を見る。


 年齢は昇と同じくらい。身長もそれほど大した差はない。昇が170センチほどなので、それより3センチほど小さいくらいだ。


 しなやかな赤焦げ茶の長髪が風でなびかないよう、後ろで束ねている。顔立ちは歳相応の幼さもありつつ、大人びてしっかりしているようにもみえる。


 ただし言っていることは全く可愛くない。


「当然だ。私たちは、秩序に従わない罪人を処刑し、そこにいた子供を有効活用している。この歩家の領地に住む多くの〈人〉たちの生活のために」


「そこに、俺達、人間は含まれてねえんだろ」


「そうだな。お前たちは〈人〉ではない。下等生物の扱いは良くて愛玩動物だ」


 女は常識を語るかのように淡々と、表情に起伏を作らずに昇へと語る。


「この世界で、お前達人間は〈人〉に生涯を捧げることこそ、最大の幸福だ。それがこの世界の常識。正義であり秩序」


「俺達はお前達を邪魔しなかった。ただ、みんなで生きていただけだ。それなのに、そんなささやかな幸福すら許さねえってか」


 女は失笑、否、嘲笑する。


「幸福? 馬鹿を言うな。それ自体が間違っている。日本語が通じないようだな? 幸福とは〈人〉への忠誠のみ。私たちの玩具として、使い潰されて死ぬことに喜びを感じろ。それが、お前達の存在理由なのだから」


 昇の目に、表情に怒りが募っていく。


「ふざけるな……!」


 昇の手には黒い指輪が装着されていた。その指輪は赤く光り始める。まるで、彼の怒りに呼応するかのように。


「ここは、俺の、たった1つの故郷だった。そしてみんなは、俺にとっての友達だったんだ。お前らは全部奪った!」


 昇は広場の地面をゆっくりと踏みながら、女へと近づいていく。


「それだけじゃない。お前は俺達の未来すらも奪った。みんな、もうすぐ卒業して、その後は……夢を叶えるため頑張ろうって――思ってたんだ!」


 昇の声は怒りで震えていた。その叫びは獅子の咆哮。凄まじい圧を伴っていた。


 女はそれで怯むことはなかった。それどころか笑みを見せる。昇にはそれが、まるで子犬が吠えるのを見るかのように、脅威であると感じていない表情に見えた。


「……やはり言葉の意味が通じないのは困る。これだから、〈寺子屋〉で育った不良どもは手に負えない。正しい教養がないと話をするのも一苦労だ」


「なんだと……?」


「家畜に必要なのはどうやってご主人様の役に立つかだろう? だというのに、ここを経営していたあの男は意味のない知識や技能をお前達に教えていた」


「意味がない……だぁ?」


「ひと昔前は、万人に高度な教育をしていた時代はあったらしいが、今は違う。間違った道を進もうとしているお前達を『保護』して、正しい道へ更生させてやったんだ。それは……『シアワセ』なことだろう?」


 話が通じない。


 目の前の女と、自分はあまりにも乖離しすぎていることが分かった。


 昇は知っている。


 攫われた仲間たちが今、幽閉されて、まるで電池のように、〈人〉々の生活のためのエネルギー源として使われていることを。


 なぜなら昇もそうだったからだ。廊下や腐食を止める液体に沈められ、呼吸器だけをつけられ、永遠に閉じ込められていた。


 そんな扱いをされることが正しいはずがない。


 昇はある日起こった水槽の事故の拍子に奇跡的脱出できた。もちろんすぐに追手は差し向けられたが何とかここまで逃げてきたのだ。


 その心に、自分の幸せを奪った歩家への復讐心を燃え上がらせながら。


「俺は、てめえらを許さない」


「ならどうするつもりだ?」


「まずはてめえを倒す。そしてその後は、どんな手を使ってでも、俺は仲間を助ける。奪われたものを、奪い返してやる!」


「無謀だと……考えないのか?」


「うるせえよ。俺は……お前ら歩家に何もかも奪われた。なら、その復讐だ、てめえらから何もかも奪ってやる! どれだけ時間がかかっても、どんな手を使っても」


「ふ……面白い奴」


 目の前にいるのは、自分を再び捕えようとしている敵。


 もとより和解の道はなく、戦わなければ自分に未来はない。


 昇は意識を集中する。


 己の手に、何もかもを燃やしつくす怒りの炎が灯る想像をした。


 中指の指輪の光がさらに煌めきが最高点に到達した。


 その瞬間。


 昇の手には、彼が望んだ通りの炎が宿る。


 これがこの世界の魔法。全ての人々が持つ、想像したことを現実にする奇跡だ。






『テイルとは万能粒子だ。人間が考え得るすべてが、たとえファンタジーであっても、この粒子によって現実のものとなる』


 万能粒子開発録、開発科学者の言葉の中にこのような一文がある。


 その粒子を使えば、あらゆる物や現象をその場で無から創りだすことができる。何もないところから金を生み出すことは容易く、炎を再現したり、レーザーや、竜の体も理論上再現可能なのだ。


 正に神の所業をテイルは可能にした。おとぎ話のような万能粒子は、人間の人体で生成されているエネルギーであるの一種であることが分かっている。






 目の前の、歩家の女はその様子を感心しながら見ていた。


「やる気ってこと。面白い」


 そして女もまた指輪を手にはめる。この指輪は、正しくはテイルを使うための装置であり、〈デバイス〉と呼ばれている。


 テイルは想像を現実にする。


 昇は、己の拳にエネルギーを止め、拳による攻撃の破壊力を跳ね上げる炎を。


 女は歩家に伝わる魔剣を想像する。


 そしてそれは現実世界に反映された、女の手には刃の部分が長いの直剣が握られていた。


「行くぞ……女ァアア!」


 昇の拳からは、彼の怒りを表すような炎が噴き出し、それが武器であることを明々に示している。


 昇は何の迷いもなく、自分の居場所を軽々しく奪った目の前の敵の一人に向かって行った。


 死んだ先生のために。


 あの日、恐怖と絶望を突きつけられた友たちのために。

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