Against 〈human〉:炎と剣の双英 剣の少女との下剋上戦記
とざきとおる
第1章 破天の剣士と下剋上
第1話 学び舎での夢
「ん……」
「ふわあ」
終わりあくびをしながら目を覚ましたこの男子、授業中に居眠り、態度も良いとは言えず、得意なことは喧嘩という悪い子だった。
「……やばい、今何時だ」
教室の時計を見るとすでに午後の5時を過ぎている。
「うわあ、これ完全にアイツにどやされるじゃん……」
昇の頭の中には2人の人間が思い浮かんでいた。
そんな彼が起きたのを見計らったかのように、教室に1人の大人が教室の木造のドアを横にスライドさせて入ってきたのだった。
「やっと起きたのか?」
「うわ、エスパーかよ。人が考えてた時に姿現すとか」
「うわ、とは、大先生に向かってなんて態度だぁ?」
寺子屋を経営し、昇や他10人程度の教育を一手に引き受けている先生が、呆れた顔で昇に話しかける。
やれやれと首を振り、
「授業ですやすや、
という
「ちゃんと授業出てるじゃねえか。俺だって少しずつ頑張ってるんだぜ」
と悪態をつくのも日常だ。
先生は中指に指輪をはめる。3秒後。その指輪は光った。
昇の前に巨大な鏡が、何もないはずの空間に唐突に出現する。その鏡は昇をしっかりと映し出す本物だ。
「ほう? オールバックの髪型に、制服もまともに着ない、見た目不良にしか見えないぞ。人は見た目から相手の印象を決める。それだけで悪く思われるかもしれない」
「へいへい」
ここが、勉強する場所であることは昇も理解しているし、この歳にもなれば、彼が間違ったことを言っているわけではないこと理解しているつもりだ。
「……でも、授業中寝ちまうのは治らねえなー」
「そうだな。お前は最後まで本当に手が焼ける」
「面倒だと思ったら俺のこと、見捨ててもいいんだぜ?」
「馬鹿言うな。面倒かけて躾けてやるのが楽しいんだろ? そうじゃなきゃ、寺子屋の先生なんて、この辺りのお偉いさんに殺されそうな仕事なんかやってない」
目の前の先生が、とても愉快に笑う。
さらにその勢いのまま目の前の教え子に今日の鍛錬を促した。
「それはそうとのぼるー? 遊んでいる暇はあるのか? このままだと食いっぱぐれるぞ?」
「わあってるよ」
それは未来が未だ真っ暗な昇に、もしも自分に勝てれば、警備員として雇ってやるという約束からの言葉。
「絶対勝つからな。喧嘩だけは負けてられるかっての。余裕も今のうちだぜ、先生」
昇はこれでも、このクラスで面倒を見てくれている先生には感謝している。そしてこの人にはいつか恩返しをしたい、という気持ちが昇にはあった。
だからこそ、先生の役に立てるのなら悪くないと。昇は思ったのだ。
「ならさっさと特訓。俺が相手をしてやれるのも、あと何回かだぞ」
「そうだなぁ、うっし」
先生に背中を押されて教室を出る。その顔は清々しいものだった。
外の広場へは、木目の見える趣ある廊下を通り、昇降口を出なければならない。学び舎は2階以上や地下はなく、廊下を走ればすぐに辿り着くことができる。
その途中、クラスメイトの
昇は焦って走るその足を止めて真紀に言った。
「今から鍛錬なんだ。悪いな、最近構ってやれなくて」
満足気に笑みを浮かべ、しっかりと頷く真紀。
「分かってる。頑張ってね。昇くん。君にはちゃんと仕事に繋げてもらわないとね」
おしとやかな女性、彼女を表すならこの一言に尽きる。昇や他の皆と同じ境遇でありながら、こちらはまっとうに育ったお嬢様だ。
真紀は昇に向けて、おしゃれな柄のナプキンで包んだ弁当箱を差し出す。
「いいのか?」
「あなたのために作ったの。昇くんには、先生に勝ってもらわなくちゃ」
スタミナのつく肉と米多めのお弁当だ。真紀のような女性と付き合いができるこの瞬間に、昇は幸福を間違いなく感じている。
ここまでで分かるだろうが、昇と真紀はいわゆる恋愛関係。
ヤンキー気質の昇は男気だけはあり、〈寺子屋〉で一緒に学んできたクラスのマドンナに玉砕覚悟で告白をしたのは半年前。
真紀は、最初こそヤンキーは嫌いだと断ったものの、昇のしつこいアタックに心を動かされ、1回だけデートをして判断するという話になった。
しかし昇はやるときはやる男だったのだ。
しっかりと真紀のハートをつかむべく準備して、真紀を大いに喜ばせたのである。真紀はそれで恋仲になるのを了承した。
真紀は、不要な迷いや気遣いはない代わりに、必要な気遣いや心配はしっかりとする、見た目からは想像できない几帳面さに惚れたらしい。
そんなこんなで今に至る。
同級生の真紀ももうすぐここを卒業する。故に昇に残された時間は少ない。それまでに収入を得る術を見つけて、真紀とともに暮らしたいと思っている。
「頑張ってね」
「おう!」
にやけながら真紀に手を振り、いつも鍛錬をしている広場へと昇は駆けていく。
木目が見える古臭い廊下を走ると、ガタガタと趣のある音が廊下によく響いた。特に今は話し声も、誰かが何かをやっている音も聞こえない。
そして昇降口を出て、いよいよ広場に。
そこでは、友人が先に鍛錬を始めていた。
〈寺子屋〉の中は安全ではあるが、一歩外に出たらそういうわけにはいかない。
今は弱肉強食の時代。寺子屋の中は先生の仕掛けもあり安全だが、一歩外に出ればそこらで命の奪い合いが起こっていると聞く。それに備え、この世界では自分を守り人を傷つける術を誰しもが持っている必要があった。
故にこの時代の子供が、戦いの術を学ぶこともおかしなことではない。
「先に始めてるなら、俺も誘えよ!」
昇が来たことに気が付き、男の方がやや不満げに文句を言う。
「いや、ぐっすり寝てたから、その間に差をつけてやろうな」
「ふざけんな。ここから俺も混ざるぜ!」
「まったく、これで警備員が勤まるのか?」
もう1人の女子の方がクスクス笑った。
「ホントねー。真紀ちゃんもらうんだから、もっとしっかりした男になりなよ」
「うるせえな」
「女の子は強くてしっかりした男に惚れるんだから」
「それはおめえの価値観だろ。この筋肉好き野郎」
「オイ、野郎とか言うな。私これでもレディなんですけど」
小さい頃から鍛錬はいつも、男友達の
この2人は昇と昔はよくケンカをして殴り合い、今は鍛錬や筋トレ仲間として、気が合う仲になっている。
昇が準備を始めると、2人はさっそく、昇を挑発する。
「さ、いっちょ軽くもんでやるかね」
「ネー」
「へへへ、いつも通りだな。喧嘩の始まりだぜ!」
昇のテンションは上がる。鍛錬の時間は親友2人と、最高の高揚感と共に遊ぶことができる、いつも楽しみにしている時間だった。
「いくぜ!」
昇は楽しそうに笑いながらその場を駆けだす――。
「墓参りは済んだか?」
それは友人の声ではない。
「お前が見ている幸福は幻覚だ。逃げ出したあげく独り言をつぶやくだけなら、飼育小屋に戻った方がお前のためだ。管理番号10003876」
昇は夢から引き戻された。
昇は訓練場から学び舎を見る。そこに今の寺子屋の姿があった。
あの日。思い出の学び舎は襲撃を受けて破壊されてしまった。かろうじて外観が所々に大穴が空きながらも、何とか形を保っているくらいで、中はぐちゃぐちゃになっている。
そこにもう友人、如月や林太郎はいない。
そこにもう彼女、真紀はいない。
そこにもう先生はいない。
この地を支配する支配者、華族である伊東家の傘下、
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