第28話 俺は日比乃が
俺は妹に、今日あったことを話した。
日比乃とテストの点数で勝負したことや、それに敗北したこと。
日比乃からの『自分の言うことを信じてくれ』という命令。
さすがに告白についてはにごした。
すごくびっくりしたことを告げられたと言ったのだが、それについて妹は深くは聞いてこなかった。
ただ「ふーん」と相槌をうっただけ。
でもたぶん、何を言われたのかについては妹も薄々は察していたのだと思う。
これでなかなか察しのいい奴だ。
さらに俺は、日比乃に言われたことについてどう返事すべきか悩んでいることも妹に話した。
そうして夕食のピザを平らげるには十分な時間を使って今日の出来事を話したあと、妹は俺に尋ねてきた。
「それで、兄貴はなんで悩んでいるの?」
真顔でそう訊いてくる。
「なんでって。どう返事すればいいのかわからないって言ってるじゃん」
「返事は決まっているけれど、日比乃さんを気づかってどう答えればいいのか悩んでるの? それとも返事が決まらなくて悩んでるの?」
「後者だな」
俺はあいつの告白に対して、どうしたいのか。
まずそれがはっきりしないのだ。
「はーん。だいたいわかった。ようするに兄貴はヘタレってことか」
妹は俺の答えを聞き、呆れたようにため息をはく。
「なんだとこら」
妹の言葉に対して多少乱暴な口調で返すが、それ以上強く言うことはできなかった。
自分でも感じているのだ。俺がヘタレなのだと。
後輩からの告白に、何時間も悩んでいるんだからな……。
そりゃヘタレだわ。
そして妹は、落ち込む俺に反して気楽な様子だった。
「いやー。思ったより深刻じゃなくてよかったよかった。ようやく兄貴にも幸せが訪れるんだね。おめでとさん」
「おい待て。悩んでるって言ったろうが。なに解決したみたいな雰囲気出してんだ」
「だってこんなのもう答えは決まってるようなものじゃん。深く考える必要はないのに兄貴ったらもう。深刻そうな感じ出しちゃって」
「深刻に悩んでるんだけどな……」
「いやてっきり私はさ。日比乃さんの魅力に耐えかねて兄貴がなんかやっちゃったのかと思ったよ」
「なんかってなんだよ?」
「日比乃さんの胸を勝手に揉んだりとか」
「するか! そんなこと!」
思わず立ち上がって叫ぶ。
「まあそうだよね。そんな度胸あったら、告白された返事にいちいち悩んだりしないよね。そこまで女に飢えてるなら、可愛いからとりあえず付き合うとかするよね」
「とりあえず付き合う、なんて真似はしねえよ。相手にも失礼だからな。そんなこと」
「兄貴はそう思うんだ。誠実なのか、純情なのか」
「誠実なんだよ――っていうか、別に告白されたとは言ってねえぞ。俺は」
あぶねえ。
思わず妹の誘導尋問に乗るところだった。
「隠すなよー。もうわかっちゃってるんだよー」
「うるさい。とにかくびっくりすることを言われた。それだけだ」
この期に及んで隠す意味はあるのだろうか。
そう思いながらも、とりあえず俺は言葉を濁す。
「まあその体で行きたいんならそれで話進めるけど」
「ああ」
その言葉にも少し引っかかるが、ここでいちいち突っかかっても意味がない。
「兄貴はさっき自分の気持ちに悩んでるって言ったけど、ほんとは少し違うんじゃないの?」
「違うってなんだよ」
「本当は悩んでるんじゃなくて、疑ってるんじゃないの?」
「疑ってる?」
「そう。日比乃さんの言葉を」
「それは」
日比乃の言葉を疑う。
それはつまり、あのときの告白が真実かを疑っている、ということだ。
「いや、いくらなんでもそれは」
「してないと言い切れる?」
「言い切れるよ」
「どうして?」
「だって、勝負に負けた命令で信じろって言われて」
「そんなので兄貴は信じるの? たかが罰ゲームの命令一つで?」
「――」
その指摘に、俺は息が詰まった。
何も返すことができなくなる。
「確かに日比乃さんは本気だったと思うよ。実際信じて欲しくてそんな命令を出したんだと思うしね。でも逆にそんな命令を出すってことは、信じてもらえない可能性があるってことじゃん?」
それは、確かにそうだ。
俺が日比乃の言葉を素直に信じるようなら、そもそもあいつはそんな命令なんて言わないだろう。
もっと、別の命令を出したはずだ。
そのことを日比乃はわかっていた。
俺があいつの言葉を、そして態度を疑うことをわかっていたんだ。
「兄貴と日比乃さんが普段どういう関わり方をしてるのかはよく知らないよ。でも日比乃さんからそういう不安がでるんなら、やっぱ兄貴も普段から疑ったり素直じゃない態度を取ってたりしてたんでしょ」
「それも、そうだな……」
確かに。
俺は普段から日比乃の思わせぶりな行動に対して、騙されないぞと警戒ばかりしていた。
普段からそんな警戒ばかりしているからか、いざこういうときにも警戒してしまう。
あいつの言葉は本当なのか、と。
頭ではわかっている。あんな状況で嘘をつく奴じゃないし、からかっているような雰囲気でもなかった。
でも心のどこかで、まだ信じ切れてないのも本当だ。
だって、日比乃は可愛いのだ。
あんなに可愛くて、明るくて、魅力的な女の子なら他にも選びたい放題なはずだ。
俺よりもかっこいい奴。俺よりも頭のいい奴。俺よりも面白い奴。
そういう奴らと付き合うことだってできるだろう。
それなのに、俺みたいな何の取り柄もない奴のことを好きだなんて。
そんなことはありえないと思ってしまう。
心のどこかでそう思ってしまうのだ。
「最低だな」
つまり、俺は自分に自信がないだけだ。
自分に自信がないからこそ、そんな自分に向けてくれる好意を疑ってしまう。
本当に最低だ。
「兄貴が最低なのは、わかりきってることじゃん」
落ち込む俺に対して、妹がそういった。
「まあ兄貴がどうであれ、日比乃さんの真意がどうであれ、重要なのは兄貴がどうしたいかなんだからさ。そんなに深く考えることもないって」
「あのな。俺はまさに自分がどうしたいかについて悩んでるんだよ」
「それについては、もう答えなんて出ているようなものだけどね」
「はあ?」
「だーから言ったでしょ。大した問題なんかじゃないって」
「どういうことだよ」
「ヒントはここまで。日比乃さんにどういう答えを出すのかは、自分で判断してね」
そう言って、妹は椅子から立ち上がる。
そのままピザの容器を片付けようともせず、リビングから出ていこうと歩いていく。
「おい、ちょっと」
出ていこうとした妹を呼び止める。
言いたいことだけ言ってすぐ退散しようとしてもダメだ。
俺の声が聞こえて、妹は足を止める。
彼女は面倒くさそうにしながらも、こちらに振り向いた。
そして言う。
「ねえ兄貴」
「なんだよ」
「兄貴はさ、好きでもない相手からの告白が本物かどうかについて悩むの? 私だったらどうでもいいやつからの好意なんかについて悩まないなあ」
そして、妹はリビングを出て、部屋に戻った。
●
妹が部屋に戻ったあと、俺は宅配ピザの容器をゴミ箱に入れて、自分の部屋に戻った。
椅子に座り、先ほど妹に言われたことを思い出す。
「好きでもない相手からの告白……」
それが本物かについて、悩むかどうか。
悩まない。
悩むわけない。
好きじゃない相手に対して、向こうからの好意を気にする奴は少ないだろう。
ましてや、その告白が本物かどうかなんて悩む奴なんていない。
どうでもいいやつが自分をどう思っているかなんて、どうでもいいのだ。
中にはそう思わない奴もいるかもしれないが、少なくとも俺はそう思っている。
なら俺が。
日比乃の好意を疑っているのは。
日比乃の言動は俺をからかっているだけだと思い込んでいたのは。
日比乃の思わせぶりな行動に、騙されないように警戒していたのは。
全部あいつのことが好きだったからだ。
俺は好きだったからこそ、あいつの行動を疑ってきた。
両思いだと勘違いして舞い上がらないように自制していただけなんだ。
そうだ。俺は。
「日比乃のことが、好きなんだ」
あのやたらと距離が近い後輩のことが、大好きなんだ。
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