第25話 勝負の結果

 期末試験は数日にわたって行われる。


 一日に行われるのは2~3教科。

 それが何日間か続き、全部の教科が終わるまで行われる。


 期末試験が終わったら、その後は教師が採点を行うことになる。

 テスト返却日までの数日間で一斉に採点を行わなければいけないから、教師たちは大変だろう。


 大変な教師たちとは裏腹に、生徒たちは試験が終わった後は楽なものだ。

 採点が終わるまでの数日間は生徒たちは休みなのである。


 どうやら期末試験終了後も普通に授業がある学校も存在するらしいのだが。

 まあ他の学校は知らないが、俺が通う学校では休みとなっている。


 この学校に通っていてよかった。

 試験後に休みがある学校に通ってよかった。


 とはいえ、休みがあるのは学期末試験のみの話ではあるが。

 中間試験の後では普通に授業もある。

 中間後も休めるほど甘くはない。


 しかし今回行われたのは一学期の期末試験。


 全ての試験が終了したあとは、採点が行われている間は休みだ。


 しかも採点が終わってテストが返却された後は夏休みに突入する。


 それは生徒たちにとっては喜ぶべき事態であり、試験終了後からもう夏休みという意識の人間だっていた。

 試験終了後に登校するのはテスト返却と終業式だけなのだから、あながち間違いではないのだが。


 そんなわけで、試験が終わればもう夏休みムード。

 生徒たちは浮かれ気分だ。

 煩わしい試験から解放されたということもプラスとして働いているのだろう。

 どこに遊びに行くとか、何時に集まるとかそういう話をしている。



 俺だって試験が終わった後は、そういう浮かれ気分だった。

 いつもならば、素直に喜ぶことができていた。

 いつもだったならば。


「……」


 今回は少し違う。


 何が違うかと言えば、心が違う。


 普段とは違って、俺は試験が終わってからの数日間はとても不安だった。


 いつもは試験後に憂慮すべきことなどなかった。

 確かに学生としては自分の成績は考えるべきことなのだが、俺は試験終了後にそこに対して深く悩みはしなかった。


 終わったことだし今更どうすることもできないなと考えて、成績に関して不安がることなどはしていなかった。


 親も別に成績に対してうるさく言うことはなかったしな。


 じゃあなぜ今回はそんなに気にしているのかというと、日比乃との勝負が関係している。


 日比乃との勝負。

 俺と日比乃が成績で対決して、勝った方は負けた方になんでも命令できるという褒美が与えられる。


 その時は深く考えずに対決を了承してしまった。

 勝った方が負けた方になんでも命令できるという褒美につられてしまったのだ。


 そんな対決をしてしまったから、成績が気になってしかたない。

 自分は勝っているのか負けているのかが気になってしまう。


 そんなことを思って悶々としながら俺は試験終了後の数日を過ごし、ついにテスト返却日となった。



 今日はテスト返却日。


 全てのテストの答案が一日で返却される。

 そのためわざわざ各教科の先生がテストを返しに来るなんてことはせず、担任の先生がテストを返却するのだ。


 当たり前だが、担任の先生が自分の科目以外の平均点を知ることはない。


 俺と日比乃の対決は成績で勝負ではあるが、正確には自分の点数と平均点との比較だから、平均点を知らなければ対決がそもそもできなくなってしまう。


 そのためテストが返却された後にわざわざ平均点を聞きにいくことになるのだ。


 そしていま。

 試験が終わり、テストが返却され、各教科の担任の先生に平均点を聞いてきた。


 そんな俺と日比乃は、喫茶店に来ていた。


 今日はパソコン室ではない。

 さすがにテスト返却日にはパソコン室の鍵は開いていなかった。


 いつもの集合場所が使えなかったというわけで、俺と日比乃は別の場所で成績の比較を行うことなった。

 どこでやるのかを話した結果、学校の近くにある喫茶店に決定したのだ。


 そんなわけで、喫茶店で俺たちは互いの答案を見せ合うということになっているのである。


「ふっふっふ。先輩。年貢の納めどきですよ」


「やけに難しい言葉を使うな。国語の試験でそのことわざが出たのか?」


「そうですけど。よくわかりましたね」


「はは。お前はときどきわかりやすいからな」


 まあいつもは突拍子もない言動をするせいでとてもわかりにくいのだが。


「むー。そんな口きけるのも今のうちですよ。十分後、先輩は私の奴隷となっているんですから」


「お前は俺に何を命令しようとしてるんだ……」


 奴隷って。

 日比乃が俺に奴隷になれとでも命令する気なのか?

 さすがにそんな命令は拒否させてもらう。


 拒否できるのかは知らんが。

 ていうか拒否できたら命令じゃないよなあ……。


「まあ奴隷というのは冗談ですよ。さっそく勝敗を決めましょう」


「ああ」


 勝敗を決める。


 今回は自分の成績と学年の平均点の比較した点数の合計点が多い方が勝者だ。。


 俺と日比乃は互いに答案と、各教科の平均点をメモした紙をだす。

 これら二つを用いて、お互いの合計点を出すのだ。


 自分の点数と平均点の比較はお互いが交換して行うことになっている。

 俺が日比乃の答案を見て、日比乃が俺の答案を見るというやり方だ。


 自分でやれば、不正を行う可能性があるからな。

 まあ俺も日比乃もそんなことはしないはずだが、そういうことが起こる恐れがある以上は対策しておいた方がいい。

 交換で行えば、後であれは不正だという文句も出にくい。


 俺たちは答案とメモを交換して平均との差を求め始めた。


 数学、英語、国語、……と順々に求めていく。


 日比乃は努力の甲斐もあってか、なかなか点数はよかった。

 平均点より上の点数を取っている教科も多い。


 これはけっこういい線いっている。


 まずいな。負けてしまうかもしれない。

 そう思ってしまうほど、日比乃の点数は高かった。


「すごいな、日比乃。点数高いの多いぞ」


「えへへ。そうですよね? 私、がんばりましたから」


「……ああ。お前はがんばってたからな」


 まあ、お小遣いだの俺との勝負だのと、動機はすこし不純だったかもしれないが、それでも努力したことには変わりない。

 俺は彼女の成長にが、嬉しかった。

 ことあるごとに質問に答えていた甲斐があるというものだ。


 そんな日比乃も、計算をしながら話をふってくる。


「先輩もすごいですね。数学なんて九十点も取ってるじゃないですか」


「ああ、それは今回調子よかったんだ」


「そうなんですか。ですが、そうだとしてもすごいですね。平均より12点も高いです。数学得意なんですか?」


「割と得意だな。まあ社会とかの暗記系は苦手なんだが。逆にお前は暗記が得意か?」


 日比乃は暗記科目の点数は軒並み高かった。

 日本史も世界史も平均点よりかなり上だ。


「はい。暗記科目はけっこう得意なんです。今回も自信あるんですよ」


「そうか。確かに自信あると言うくらいの点は取ってるな」


「えへへ。もっと褒めてください」


「俺に勝ったらいくらでも褒めてやるよ」


 そんな軽口を叩きながら、計算を進めていく。


 そして、ついに最後のテストまで平均点との差を求め、その合計を算出できた。



「じゃあもう一回ルールを確認するぞ」


「はい」


「各教科ごとに平均点との差を求めて、それを足していく。平均点より上だったらプラス、下だったらマイナスとして計算する。その合計点数が上の方が勝者だ」


「はい。そして勝者は敗者になんでも一つ命令することができる。ですよね」


「そうだ」


 日比乃の言葉に、俺はうなずく。


「じゃあまず先輩の方の合計点数を発表します」


 日比乃が口を開く。


「先輩の点数は、全部合わせて75点です」


 75点。

 それは、俺としては頑張った方だ。

 平均より下だったいままでと比べたら、快挙とも言っていい。


 試験は全部で十科目あった。

 英語、数学Ⅱ、数学B、現国、古文、物理、化学、生物、世界史、日本史。


 これら十科目合わせて75点だから、そうとういいはずだ。



「じゃあ次は私の点数ですね」


「ああ」


 日比乃の合計点。

 俺はそれを告げるために、口を開いた。


「日比乃の合計点は92点だ」


 俺の点数は75点。

 日比乃の点数は92点。


 つまり、俺の負けだった。

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