第24話 肩揉んであげますよ(試験前日)
期末試験前日。
学校はどこもかしこも勉強のムードで、図書室どころか教室でさえも生徒は勉強している。
真面目な生徒も不真面目な生徒も勉強している。
普段は勉強していない生徒でもそうしている。
それは試験直前の学校内に充満する、みんなが勉強しているという独特の雰囲気にのせられて。
あるいは最低限の点数は取らないといけないという危機感に煽られて。
理由は人それぞれではあるが、共通しているのは皆が問題集や教科書を片手に勉強をしているということだった。
しかしそうすると一つ問題が発生する。
逆に放課後に学校内で自習することが難しくなるのだ。
学校内で自習ができるスペースがないのである。
図書室などの自習に適した場所は既にほかの生徒に取られている。
教室は開いているし次週はできるほどの場所はあるが、そこでは勉強こそしているものの普通に話をしている連中もいるからあまり最適とは言えない。
たぶんあそこは互いに教え合う関係の生徒たちにとって最適な勉強場所なのだろう。
俺にとっては最適ではなかった。
だがしかし、そんな俺にも自習ができる場所があった。
パソコン室だ。
俺と日比乃がいつも放課後に委員会の作業に使用している場所であり、ここ最近は主に自習室として利用させてもらっている。
ここの存在はみんな知ってはいるが、しかし多くの生徒はここで自習しようとは思わないだろう。
パソコンを用いて作業をする場所。
そう認識しているはずだ。
いや、そもそも放課後に開いていることも知らない人も多い。
存在を知ってはいるとはいえ、ポピュラーな部屋でもないしな。
そういうわけで、俺は放課後に他に人がいない中で悠々と自習を行うことができていた。
ほんの数十分ほどは。
「お疲れ様です! 先輩!」
部屋のドアをがらりと開けて、後輩の日比乃が入ってきた。
彼女は俺と同じ委員会に属する後輩で、いつも俺とここの部屋を利用してきた。
ここ最近は俺と一緒に自習をしている。
つまり、俺と同様にここが自習場所として最適であることを知っているのだ。
試験日の前日に、この部屋で自習するために来るということも別におかしなことではない。
まあだからと言って、別に迷惑ではない。
日比乃もここ数日は俺に対するからかいなどは行わず、真面目に勉強していた。
少なくとも試験が終わるまでは、こいつもちょっかいをかけてことはしないだろう。
そう思った俺は問題集から目を離さずに、「お疲れ」とぞんざいな挨拶をした。
いつも、というかここ数日は珍しい光景ではない。
俺だって集中しているのだ。それは日比乃もわかってくれている。
勉強の邪魔をしないように、彼女もそれ以上の言葉を発することなく黙々と勉強する。
そういう時間がここ一週間の常だった。
そう、思っていた。
「先輩。ちょっといいですか?」
「ん? なんだ日比乃?」
日比乃は後ろに来て、俺のことを呼ぶ。
何かわからない箇所の質問でもしに来たのだろうと思った俺は、そのまま振り向こうとして――。
できなかった。
正確に言うと、阻まれた。
誰に?
もちろん日比乃に。
「ぎゅーっ!」
日比乃は俺のことを後ろから抱きしめて、くっついていたのだ。
「日比乃!? 何やってんだ!」
「何って。抱き着いているんですけど。それ以外に何だと思います?」
「抱き着いてるのはわかってる! なんでそんなことやってるのか聞いてるんだよ!」
「えー。最近やってなかったなあって思いまして」
「た、確かに最近やってなかったけども! 別に常にやらなきゃいけないことでもないだろうが!」
「先輩にとってはそうでも、私にとってはそうじゃありません」
「はぁ?」
「私は定期的に先輩に抱き着かなきゃいけないので」
「な、そんなわけないだえお!」
しまった。噛んじゃった。
動揺しすぎだ、俺。
「そんなわけないだろ!」
さっきのをなかったことにして、改めて言い直す。
いつもならば日比乃は俺が動揺したことに対してまるで鬼の首を取ったかのように勝ち誇りながらいじってくるのだが、今日はそうじゃなかった。
彼女は俺が噛んで言い直したことはスルーして、話を進めてくる。
「そんなわけあるんですよ。ここ最近は先輩に抱き着けてなかったので私も辛かったんですよね。ここらへんで補充しませんと」
「何を補充しているんだ」
そこそこの付き合いになるのに、こいつの言っていることはよくわからない。
不思議なやつだ。本当に。
「あ、そうだ先輩」
そんな不思議な後輩の日比乃は、抱き着きながら俺に話しかけてくる。
「肩こってませんか?」
「え。なに急に」
抱き着いてきたかと思えば、急に肩がこってないかの確認をしてきた。
脈絡が全くないな。
肩がこっているかと聞かれれば、確かにこってはいるだろうが。
連日の勉強のために椅子に座っている時間が長いからな。
それに背中を丸めているときも多いし。
「先輩は今日も勉強を頑張っているので、後輩の私が少しでも癒して差し上げようと思ったんですよ。それで、肩はこってませんか?」
「……まあ、こってるよ」
俺は日比乃の問いかけに返事を返す。
「そうですか。じゃあ私が肩を揉んであげますね」
「あ、ああ。頼む」
日比乃の提案に俺は了承する。
いつもならそんな殊勝なことを始めるなんておかしいと考えて、何か裏があると勘繰るのだが、今回は素直に彼女の提案を受け入れた。
この状況に変化を与えてくれるならどんな提案にでも乗っただろう。
正直、このまま抱き着かれ続けていたらどうにかなりそうなのだ。
胸もめちゃくちゃ押し付けられているし。
久しぶりの押しつけは、破壊力が高かった。
「じゃあ先輩。肩もみますね」
日比乃が俺の背中から離れ、肩を揉みやすいようにある程度の距離を取る。
そして肩もみが始まった。
俺の肩は日比乃の手にぐぐっと押されて揉みほぐされる。
彼女は絶妙な力加減で揉んでいた。
決して痛くなく、しかし弱すぎないくらいには力を入れている。
「あー。すげえ。けっこう気持ちいい」
日比乃の肩揉みを受けて、俺は思わず声を出してしまう。
それくらい彼女の肩揉みは気持ち良かった。
「ふふ。そうでしょうそうでしょう」
後ろで日比乃が得意げにしている。
こちらからでは見えないが、きっと肩を揉みながらどや顔をしていることだろう。
しかし今はそんなことも受け流せるくらいに、気持ち良くなっていた。
固くなっていた肩の筋肉がほぐれる感覚がする。
「すごいな日比乃。前やったときとは大違いだ」
日比乃には前にも似たような状況で肩を揉んでもらったことがある。
その時は力が入っていない彼女の肩揉みに不満を表し、手本として逆に彼女の肩を揉んだのだが。
その出来事が生きたのかどうかは知らないが、事実として日比乃の肩揉みは依然とはまるで違うほど気持ち良くなっていた。
「成長したな」
少し笑いながら、俺は後ろにいる日比乃を褒める。
肩もみくらいで成長したと褒められても困るだろうから、多少冗談っぽく言ってみた。
「成長とは少し違いますね」
しかし日比乃は俺の誉め言葉を否定する。
「少し違うってどういうことだ?」
「私は何かが成長したわけじゃありませんよ。ただ理解しただけです」
「何を?」
「先輩の好み、ですよ」
ぐぐっと日比乃は指に力を入れた。
肩がほぐれて、とても気持ち良くなる。
「私は別に成長したわけじゃありません。先輩の好みを把握したんです」
「こ、このみ?」
「はい。どうしたら気持ちいいのかとか、どうしたら喜ぶのかとか」
日比乃はそっと体を寄せて、俺の耳元に口を近づける。
「ねえ先輩。私っていまどうですか? 先輩好みの私になれてますか?」
そう耳元で囁く。
「――!」
それに対して俺はゾクッと身を震わせる。
それは恐怖や不快によるものではなく、気持ち良さから出た震えだった。
耳元で囁かれて、つい気持ち良くなってしまったのだ。
「そ、そうだな」
俺はうなずく。
それは、今のこのゾクッとするような気持ち良さを誤魔化すために、ただ言葉を発しているだけだった。
「まあ少なくとも、肩揉みに関しては好みだな。うん」
「ふーーん。肩もみだけ、ですか?」
「そ、そうだよ? 肩揉みしかしてないじゃないか、お前は」
「……そうですか。まあ、今はそれだけでもいいですけど」
俺の言葉に納得したのかしてないのか。わからないが、日比乃は俺から離れた。
「もうけっこう癒されましたよね。さあ、明日のためにも勉強しましょう!」
そう言って、日比乃は椅子に座り、机にノートや問題集をだして勉強を始める。
……。
なんだか、今日は久しぶりに日比乃に振り回された。
期末試験直前なのだ。
あまりこちらを疲れさせないで欲しい。
そう思う気持ちがあった。
それは事実だ。事実なのだが。
でも俺は、先ほど日比乃に振り回されたことに、ほんの少しだけ嬉しさを感じていた。
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