第22話 家に来た 前編
雨の日の翌日。
つまり俺と日比乃があいあい傘をしながら帰った日の翌日。
俺は風邪をひいて寝込んでいた。
「……マジか」
原因はわかっている。
雨の中を走って帰ったからだ。
あの後に日比乃に傘を渡して、俺は雨の中を走って家まで帰ってきた。
コンビニで傘を買えばいいのに、金をケチって走れば大丈夫などと考えたからこういうことになるのだ。
案の定、家に着くころにはずぶ濡れ。
しかもその後シャワーでも浴びればいいのに、そのまま着替えるだけで特になにもしなかったことも、風邪を引いた原因の一つなのだろう。
「……うう」
恥ずかしい。
後輩に見栄を張って傘を渡したくせに、自分は雨に濡れて風邪をひくだなんて。
かっこつけて失敗したようなかんじだ。
誰かのことを気遣えても、それで自分が割を食うようでは意味がない。
いや、今回のことは傘を買わずに帰った自分に非がある。
つまるところ自分のせいなのだ。
期末試験直前に寝込んでしまっているのも、自分の責任によるところだ。
期末試験直前。
そう、期末試験の直前に休むことはかなりの痛手である。
単純に自習の時間が削れるだけでなく、学校で授業も受けられない。
いつもなら授業を休むことくらいどうってことないし、なんなら歓迎する事態なのだが、こと試験直前になると避けたかった事態だ。
授業では先生に自由に質問しに行くことができるし、なにより先生が試験に出る問題の傾向などを説明してくれるのだ。
もちろんそれをせずに淡々と授業を進めるだけの人もいるのだが、俺のクラスを受け持つ先生の何人かは説明してくれるタイプの人だった。
「それになあ」
学校を休みたくなかったのはそれだけが理由ではない。
試験直前の授業も大事だが、他にも大事なことがあった。
それは、広報委員会のミーティングだ。
広報委員会のミーティングは月に一回行われるのだが、今日はその日であった。
プリントが配られ、もろもろの用事や広報誌の記事の締め切りなどを伝えられる。
人によっては、その日に原稿を渡すこともある。
実は俺もそうしようと思っていたところだった。
まあ別に原稿は他の日に渡せばいいし、ミーティングの内容は後で日比乃にでも聞けばいいのだが。
それでも、予定を崩された感ことに対して、悔しさを感じているのは確かだ。
まあ自分のせいなのだが。
「兄貴」
コンコンと部屋のドアがノックされた。
妹だ。
「兄貴。なんか人が来てるよ」
「はあ?」
ドア越しに話しかけてくる妹に対して、俺もドア越しに返事をする。
「なんか兄貴に渡すものがあるらしい。ついでに見舞いにも来たって」
「見舞い……?」
見舞いに来るほど仲がいい友達なんてクラスにいたか?
「めっちゃ可愛い女の人だったよ」
妹の言葉で、俺はひとりの人物を思い浮かべた。
風邪を引いた俺の元に見舞いに来るほど仲が良くて。
俺に渡したい物があり。
めっちゃ可愛い女の子。
たぶん、いや間違いなくあいつだ。
後輩の日比乃だ。
そういえば昨日傘を返せと帰り際に言った気がする。
たぶんそれを渡しに来たのだろう。
律儀な奴だ。
「あー。じゃあ部屋に入れてくれ」
「あいよ」
了解した妹は大きな声で「日比乃さん!」と叫んだ。
「兄貴が部屋に入ってもいいって言ってました!」
ドア越しに妹の大きな声が聞こえる。
なんでこの部屋の前で呼ぶんんだろう。
どこで待たせてるのか知らないけど、そこまで行って普通に呼べばいいのに。
妹が叫んだあと。
そのまま誰かが離れていく足音と誰かが近付いてくる足音が聞こえた。
離れていくのが妹の足音で、近づいてくるのが日比乃のだろう。
部屋がノックされる。
「あの、先輩。入ってもいいですか?」
「いいぞ」
返答したあと、「失礼します」という声と共に日比乃が入ってきた。
「あ、先輩。どうも昨日ぶりです」
ペコリと頭を下げて挨拶する日比乃。
「はいはい昨日ぶり」
俺もそれに返事をする。
「あー。俺今風邪ひいてるからさ、あんま近づかないほうがいいぞ」
「はい。わかりました」
日比乃はうなずき、俺のベッドから少し離れた位置に立っている。
彼女は制服姿だった。
恐らく学校帰りの途中で寄ったのだろう。
というかよく俺の家の場所を知っていたな。
先生にでも聞いたのだろうか。
「それで渡したいものがあるって聞いたんだが」
「あ、はい。これですこれ」
日比乃は鞄の中をがさごそと探り、折り畳み傘を取り出した。
それは俺が昨日貸したもので間違いない。
わざわざ日比乃は家まで帰しに来てくれたのだ。
「別にまた今度でもよかったのに」
俺はそう日比乃に言う。
「いえ。今日返すと約束しましたから」
それに、と日比乃は付け加える。
「他にも渡すものがあるんですよ」
そう言って彼女が取り出したのは、クリアファイルだった。
中にはプリントが何枚か入っている。
「これ。今日の委員会のミーティングでもらったプリントです。両方とも机に置いておきますね」
傘とクリアファイルを机に置く。
「ありがとうな。わざわざ家にまで来てもらって」
「いえいえ、いいんですよ。先輩の家にも一度お邪魔してみたかったんですから。いい機会でした」
笑顔を浮かべて日比乃は言う。
「あ、それに、親御さんにも挨拶をしてみたくて来ました」
「挨拶?」
「はい。なにせ先輩と私は運命の人なので」
『運命の人』という部分を強調して、日比乃は言う。
「まだ引きずってんのか、それ」
「あ。なんですかその感じ。運命の人は一生ものなんですよ。まだも何もありません。一生言い続けますからね」
「一生ってお前」
「えへへ。一生です」
「たかがアプリの相性診断を過信しすぎだろ」
「たかがとはいいますけど、あれ結構当たるって評判いいんですよ」
「どこで評判がいいんだ?」
「私の友達です」
「範囲狭いな」
もうちょっと人数を多くしないと信憑性がないなあ。
「まあ挨拶は冗談ですよ。安心してください先輩」
「そんなのわかってるわ」
「そうですよね。まあさすがの私も平日の夕方に親御さんがいないのはわかりきっていましたので、そんなときに挨拶をもくろみません」
なんかその言葉だけだと、平日の夕方じゃなかったら挨拶するかのように聞こえるのだが。
気のせいだよな。
「あ。先輩」
「なに?」
「私看病しますよ、先輩のこと。今日きたのはそのためでもあるんです」
「……遠慮しておく」
「えー。なんでですかぁ。大人しく看病されてくださいよ」
「あのな。そもそも俺は看病されるほど悪くはないの。今日だって風邪をひいたってだけだし」
「風邪を舐めてはいけませんよ先輩。風邪をこじらせて死んでしまう人も昔にはいたらしいです」
「いつの時代の話だよ。いや今の時代にも起こるかもしんないけど、それってお年寄りとか小さい子供とかの話だろ。俺は高校生なんだから、風邪くらいでどうこうはならないよ」
「つくづく風邪を舐めますねえ先輩」
「ていうかお前は看病がしたいだけだろ」
「はい。そうです。先輩におかゆをあーん、ってしたいです」
「おかゆぐらい一人で食えるわ。ていうか今腹減ってねえし」
時刻は午後四時半。
お腹がすくような時間ではない。
普段なら小腹がすくこともあるかもしれないが、今日は一日中布団の中にいて動いていないため、お腹もなかなか減らないのだ。
俺の返答に、日比乃は不服そうに眉を顰める。
「おかゆはだめですか。じゃあ私、どうやって先輩を看病すればいいんですか?」
「しなくていいの。今日は帰れ」
ていうかおかゆを封じられたらもうないのか。
引き出し少ないな。
「あ、そうだ先輩」
日比乃が何かを思いついたかのように、声をあげた。
「汗をお拭きします」
「帰れ!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
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