第20話 勝負です!
期末試験も一週間前に迫った。
さすがの俺もそんな状況で広報誌の記事の作成なんてせず、せっせと勉強している。
場所はパソコン室。
本来はパソコンを使って作業をするための部屋なのだが、俺と日比乃はそこで勉強していた。
理由としては、この部屋の方が集中できるからだ。
このパソコン室は基本的に授業でしか使われず、放課後に使用するのは俺たち広報委員が記事づくりをするときくらい。
その広報委員も俺と日比乃しかこの部屋を使っていない。
つまり、放課後には俺たちしかこの部屋を利用する人間はいないということだ。
俺と日比乃以外には人がいないため、俺たちがしゃべらなければ声はしない。
図書室や自習室よりも静かで、とても集中できる環境である。
勉強にはもってこいだ。
そういうわけで、俺たちはこの部屋で粛々と自習を行っていた。
ときどき日比乃が俺に質問をしにくるくらいで、他には会話らしい会話もなく二人とも集中して勉強している。
そのまま二時間ほど勉強しただろうか。
日比乃が話しかけてきた。
「ねえ先輩」
「なんだ。どこかわからないのか?」
「あ、いえ。質問じゃないです」
「ん? じゃあなにか用か?」
勉強している手を止めて、顔を上げて日比乃の方を見る。
彼女もこちらのことを見ていて、互いに目があった。
「用というかなんというか。ちょっと勝負をしたいと思いまして」
「勝負?」
またなんかおかしなことを言い始めた。
いい加減遊んでいる暇はないというのに。
「はい。勝負です。と言っても、いまこの場でしようというわけじゃありません」
「どういうこと?」
「実はですね。先輩と期末試験の成績で勝負したいというわけです」
日比乃はにやにやと笑いながら、そう言った。
●
期末試験の成績で勝負。
それ自体は別に珍しいことではないだろう。
学園ものの漫画やアニメならば、そういう勝負が行われることは結構ある。
現実においても、どちらの方が成績が上かの賭けや勝負などをすることはよくあることだ。
だから別に成績で勝負と言われても、それ自体にあまりおおきな疑問は抱かないだろう。
とはいっても、それは同じ学年の生徒同士での話だ。
「あのな日比乃。俺とお前は学年が違うんだぞ」
「はい。知ってますよそれくらい」
「知ってるならわかるだろうが。学年が違うんなら、試験の範囲も受けるテストも違うんだぞ。成績を比較することはできないだろ」
「そんなことないですよ」
「なんでだよ。テストの点数で比較しようにも、そもそも同じテストを受けていなけりゃ公平じゃないだろう。どっちかのテストだけたまたま簡単な問題が多く出されて点数がとりやすいものだったらそっちが有利になっちまう」
「テストの点数を比べて勝負する、なんて言ってませんよ。私は成績で勝負するって言ったんです」
「どういうことだ?」
成績で勝負ということは、テストの点数で勝負するっていうことだと思ったんだが。
それ以外での成績となると、順位か?
いや。それも公平じゃない。
どちらかの学年に頭のいい奴が固まっていたら、同じような学力だとしても順位が下になってしまう。
競う母体が異なる以上、順位で判断することは難しいと思うのだが。
「私が言っているのはですね、点数の比較じゃありません」
「じゃあなんだ。順位で決めるのか?」
「それも違います。他の方法ですよ」
「わからんな。どうやって勝負するつもりなんだ?」
「それはですね。平均からの差で勝負するんです」
「平均からの差?」
「はい。平均からどれだけ差があるのかで勝負するんです」
「えっと、つまりは自分の点数から平均点を引いた数ということか?」
「はい。あ、平均点を超えてない物はマイナスで計算しますからね」
「ふーん」
日比乃の言葉を少し考える。
平均点からの差か。
まあこれなら単純にテストの点数を比較するよりかはいくらか公平だろう。
確かに試験が異なるから完全に条件が同じとは言えない。
しかし難しいテストならば平均点が低くなるから、どちらかの点数が低くても平均からの差を得ることはできる。
テストが簡単だった時は逆に平均点も高くなるから高い点数を取っても平均との差は少なくなるだろう。
それに順位で比較する場合よりもいいだろう。
テストの点数には上限があるから、一人二人頭がいいやつがいたとしても全体の平均値を大幅に上げることはできない。
学年に頭のいい人が何人かいても、彼らがあげることができるのは精々一点か二点くらいだろう。
逆に数人の秀才が平均点を五点も十点もあげるようなら、それはテストの方が悪い。
大多数の生徒には解けない問題を大量に出しているというわけだからな。
そんなテストは、さすがに教師がつくることはないだろう。
うん。いいんじゃないか、この考え。
もちろん完全に公平とは言えないが、しかし最大限まで不公平さを消している。
他の手法を示せと言われても、ちょっと思いつかない。
ならこの考えを採用することにしよう。
「いいと思うぞ。それ」
「ほんとですか!」
「ああ。でもそれって俺の全部の試験の平均と学年全体の全部の試験の平均で比較するのか?」
「いえ。各教科ごとにやります。私の数学の点数と学年の数学の平均点を比べて、次は私の英語の点数と学年の英語の点数を比べるってかんじです」
「なるほど」
「それで、各教科の差をどんどん足していって、最終的にその合計で比較します」
「そうか。だいたいわかったよ」
「そうですか。ルールがわかってもらえたなら良かったです。それで、ここからが重要なんですけど」
そういうと、日比乃はいつものにやにやした笑みになった。
あれは、俺をからかうときに浮かべる笑い方だ。
あの笑い方をしたときは注意しなければいけない。
「重要ってなんだよ?」
「いえ、勝負というからには、緊張感が必要じゃないですか」
「緊張感ね」
「はい。なあなあの勝負をしないために、何かを賭けましょう」
「賭けね。金は賭けないぞ」
「あ、大丈夫ですよ。そういう悪いことはしませんから。いくら私でもそこらへんはわきまえてますよ」
「じゃあ何を賭けるんだよ」
「勝った方が負けた方に何でも命令できるということです」
「乗った」
俺は即答した。
「やったー。じゃあ命令には絶対服従ですからね。後でやめたいなんてききませんからね」
「ああ。もちろんだ」
俺はうなずく。
うなずいて、彼女の言葉の意味を少し冷静になって考えた。
「……」
まずい。実は俺、結構なこと約束してしまったんじゃないか?
いや、だって、なんでもって。
相手は女子だぞ?
なんでも命令できるって、まさか――。
「あ、先輩。エッチな命令もありですからね」
「ぶふぉっ!」
思わず噴き出した。
「し、ししししねえよそんなこと! 考えてもない!」
「……考えてたんですね。わかりやすすぎです」
しまった。つい動揺してしまった。
話題をそらさないと。
「そういうお前はなんて命令するつもりなんだよ」
「私ですか? 私はですね。『先輩が私と付き合う』って命令しちゃおっかなー」
日比乃は俺の顔を見ながらそう言った。
「お、お前。まさか、それって……」
日比乃の言葉に、俺は動揺が大きくなる。
命令するってことは、絶対にそれを実行するってことだ。
俺と付き合うなんて命令をだすということは、俺と絶対に付き合うことを望んでいる人間しかしないはず。
まさか、日比乃は、俺のことを好きなんじゃ……?
そう思ったとき。
「あはは。冗談ですよ先輩。私がそんな命令するわけないじゃないですか」
日比乃は笑いながら、それを否定した。
「……なんだよ」
その言葉によって俺は力が抜ける。
なんだ。冗談か。
まあそりゃそうだよな。
日比乃みたいな可愛くて魅力的な女の子が、俺を好きになるのは考えにくい。
そのことに俺は少し、残念に思う気持ちもあった。
い、いや。
これは別に、日比乃が俺のことを好きだというわけじゃなかったから残念だと感じたわけじゃないぞ。うん。
「先輩」
少し落ち込んだ俺に、日比乃が話しかける。
「私はそんな命令なんてしません。本当に好きな人には、命令なんかじゃなくてちゃんと私のことを好きになってもらって付き合って欲しいんです」
日比乃は微笑みながらそう言った。
それはとても可愛く、魅力的で、思わず見惚れてしまうような微笑みだった。
こいつに好きになってもらえた人は幸せなんだろうな、と少し――いや、だいぶ羨ましく感じた。
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