第16話 一緒に撮りますよ先輩
「さあさあ撮りますよ先輩。今回は先輩が後ろから抱き着く感じでお願いします!」
ある日の放課後。
俺と後輩の日比乃は先生から広報誌用の写真を撮ることを求められた。
スマホで撮ればよいと言われたのでその写真はささっと終わったのだが、その後に日比乃がインスタにあげる写真を撮りたいといいだしたのだ。
それも、俺とのツーショットを。
「先輩、お願いします!」
「なんでそんなもん撮りたいんだよ」
「これが私の先輩ですって皆に見せたいんですよ」
「俺は見られたくないんだが」
「そこを曲げてお願いします!」
「えー」
なんでこんなにこいつは俺と写真を撮りたいんだろう。
別に今じゃなくてもチャンスはあるのに。
文化祭では委員会ごとの集合写真をとるだろうし。
今これだけ熱意をもって頼んでくる理由がわからない。
「撮ってくれたら私――」
お。なんだ?
何かしてくれるのか?
「――今日は先輩の邪魔をせずにまっすぐ帰ります!」
「……そうか。まあ、それはけっこうだが」
ていうか邪魔してる自覚はあったんだ。
その自覚があるなら普段からもっと自重してほしいんだがなあ。
もしやこういう時に交渉材料にするためにあえて普段は遠慮してないのか?
だとしたらこいつ、なかなかの策士だ。
まあたぶんそんなはずはないだろうけど。
「わかったよ。一緒に撮ってやる」
「やったー! ありがとうございます、先輩!」
日比乃は喜びながら俺の前に来て、ちょうど俺と顔が同じ方向を向くように振り返る。
「準備はいいですか。先輩」
日比乃はスマホを上にあげて、インカメラのモードにして準備を完了させる。
「ああ。大丈夫だ」
とはいっても既に日比乃は俺の前に来ているから、大して動くことはないんだが。
スマホのカメラを見ながら、こいつにつきあってやるだけだ。
そしてじっとスマホのカメラを見ている。
そうするとなんか俺の顔が見えて、ちょっと照れてしまう。
自撮りなんて一切しないタイプだから、慣れてなくて自分の顔を見るのがちょっと恥ずかしい。
そんなことを思いながら数秒ほど時間が経つ。
後はシャッターを押して撮るだけなのだが、しかし日比乃はいっこうに押さなかった。
「どうした?」
俺は日比乃に尋ねる。
なにか問題でも発生したのか?
もしかしてスマホにトラブルがあるのか?
「先輩。抱き着いてください」
「は?」
しかし俺の質問に対する彼女の答えは俺の想像とは少し違っていた。
抱き着く?
「私言いましたよね? 後ろから抱き着いてくださいって。なんで何もしていないんですか?」
そういえば、最初そんなこと言ってたな。
すっかり忘れてた。
「いや抱き着くって。そんなの、お前……」
「先輩!」
「そもそも抱き着く必要なくね?」
「あります。先輩に抱き着かれながら、『先輩に抱きしめてもらってます』ってかいて写真登校するんですから」
それカップルがやるやつじゃん。
「ていうかもう友達に言っちゃいましたし。先輩に抱しめられてツーショット撮るって」
「いつ言ったんだよ。写真撮るって先生に言われたのさっきだぞ」
「いえ。広報誌のこととは関係なしに、この間友達に言ったんですよ。先輩に抱きしめられて写真を撮るって」
「なんでそんなこと言ったんだ……」
「その場のノリで。彼氏と仲がいいって自慢されてしまってつい対抗してしまって」
「おいおい……」
まったく勘弁してほしい。
「ていうか先生から広報誌のこと依頼されなかったら、お前はどうするつもりだったんだよ」
「まあ今回のことがなくても普通に今日言い出すつもりでしたよ。先生から広報誌の話きたときは、チャンスだと思いましたけど」
「そうか」
どっちにしろこいつとのツーショットからは逃れられないようだ。
「というわけで先輩。抱きしめてください」
「後ろにいるだけで十分だろ。抱きしめなくても、カメラでそこまで細かく写らないって」
「写る写らないが重要じゃないんですよ。要はリアリティなんです。本当にやっているかどうかが重要なんですよ。抱き着いてもないのに、抱きしめてもらってますなんて書いて写真を撮って、後でばれたらどうするんですか!」
「どうするも何も。そこまで気にしないって誰も」
「気にするんです! 早く抱きしめて下さい!」
……今日の日比乃はやけに強引だなあ。
「わかったよ。抱き着きゃいいんだろ」
ここはこいつの言う通りにした方が面倒はなさそうだ。
まあ。こいつと密着するなんて初めてではないし、大丈夫だろ。
そこまで緊張もしないはず。
近くにいるだけでドキドキしていた頃の俺とはもう違うんだぜ。
「じゃあ。抱き着くぞ」
一言断りを入れて、俺は後ろから日比乃に抱き着く。
おなか手を回し、ギュッと抱きしめる。
「……!」
そして抱き着いてみると、日比乃のお腹が細いことに気づいた。
なんだこれ。胸は大きいのに、こんなにお腹が細いなんて反則だろ。
肩の位置から見下ろす胸はやはり大きい。
それに髪からいい匂いが漂ってくる。
依然とは異なった匂いだ。こいつシャンプー変えたな。
ていうか、めっちゃドキドキするんだけど。
なんなんだこいつ。魅力の塊か?
ひょっとして俺をドキドキさせるために生まれてきたのか?
いやそんなわけないんだけど、そう錯覚してしまいそうなほど俺はドキドキしていた。
心臓の鼓動が収まらない。
なぜだ。俺はこいつと密着するのは慣れているのではなかったのか?
そう疑問に思ったとき、俺は気づいた。
そういえば日比乃に抱き着かれたことはなんどもあったが、俺から抱き着いたことは初めてだった。
やばい。緊張する。
「よしよし。しっかり抱き着いてますね」
日比乃はそう言い、カメラを上に掲げる。
「先輩撮りますよ。はい、チーズ」
カシャ、と音が鳴った。
緊張と同様でスマホの画面に映った自分の顔を全然見れていなかった。
どんな顔をしていたのだろうか。
俺はたぶんぎこちない笑顔を浮かべていただろう。
日比乃は、どうなんだろうな。
いつもの明るい笑顔を浮かべているんだろう。
「あ、あー! これはだめですね! もう一枚!」
「え?」
日比乃はもう一回カメラを上に掲げ、写真を撮る。
「うん。これで大丈夫です!」
撮られた写真を見て、納得したように頷く。
だが、俺には疑問が一つあった。
「なあ。なんで最初のはボツにしたんだ? 俺の顔が変だったか?」
「い、いえいえ。先輩の顔は大丈夫でしたよ、先輩は。ただ私が、思ったより緊張したっていうか」
「え?」
「な、なんでもありませーん! さあ。写真は撮り終わったことですし、約束通り私は邪魔せずもう帰りますね」
そして日比乃はそそくさと帰り準備を始める。
「撮った先輩の写真は先生に渡しておきますから。それでは先輩、お先に失礼します」
彼女はそう言ってパソコン室を出ていった。
最後はちょっと態度がおかしかったな。
そういえば日比乃も俺に抱き着かれるのは初めてだったはずだ。
もしかして、あいつも緊張していたのか?
そんなことを考えつつ、俺は広報委員会の作業に戻った。
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