第15話 写真を撮ってください
「柳川君。日比乃さん。貴方たちで写真を撮ってください」
ある日の放課後、広報委員会の顧問である三滝先生から俺と日比乃はそう伝えられた。
「……え? なんでですか?」
即座に俺は尋ねた。
「これも広報委員会の活動だからです。広報委員の貴方たちが行うのは当たり前でしょう」
「でも俺ら広報委員の活動って広報誌を書くことじゃありませんでしたっけ? いつのまに仕事が増えたんですか?」
「別に仕事が増えたわけではありません。広報員会の活動の一つに、生徒の日常を記録する物の一つとして写真を撮ることがあるんですよ」
それも広報の一貫なんです、と先生はつけたす。
「なるほど。だから私たちの写真を撮るっていうことなんですね」
「はい。そういうことです」
「それを広報誌にのせるんですか?」
「はい。とは言っても、年に一回の特別号みたいなものですけれども」
「特別号って何するんですか? 写真撮って載せるだけですか?」
日比乃は先生にきくと、それに先生は答える。
「まあ基本的には写真です。もちろん君たちだけではなく、他の委員会や部活の写真も撮りますよ。学校の活動全般を説明したものですから」
「つまり、学校の大体の委員会や部活の写真を撮るっていうことなんですね。それで、広報委員の写真は、俺ら二人に任せるっていうことですか」
「そういうことです。理解が早くて助かります」
なるほど。色々わかった。
ただ、もう一つ疑問がある。
「写真は別にいいんですけど、どうやって撮るんですか? こういう写真って、普通カメラマンさんとかが学校に来て撮ってくれるものだと思うんですけど」
俺は先生に尋ねる。
学校行事の写真は、校内や出先にカメラマンが来て写真を撮ってくれるという印象がある。
入学式とか、修学旅行とか。そういう場でよく一眼レフをもってカメラをこちらに向けてくるカメラマンがいた記憶がある。
しかし今この場にはカメラマンはいないし、それらしい機材もない。
もちろん先生はカメラなど持ってはいない。
「カメラマンはいません」
三滝先生は答えた。
「なんでですか?」
「呼ぶほどのイベントではないからです」
「……」
「……」
俺と日比乃は二人して何も言えなくなってしまう。
まあ確かに、日常を映すのだからわざわざカメラマンを呼ぶようなイベントではないとは思うのだが。
じゃあどうやって写真を撮るんだよ。
「じゃあどうやって写真を撮るのか、と質問したそうな顔になってますね」
先生がこちらを見ながらそう言い渡す。
俺が思っていたことと全く同じことを言われた。
心を読んだのか?
いや、単に俺がわかりやすいだけか。
この状況ならだれでも同じことを思うだろうが。
「貴方たちもスマホくらい持っているでしょう。それでお願いします」
「スマホで撮るんですか?」
「今のケータイは、カメラとしてもだいぶ性能が高いらしいですね。十分だと思いますが」
「十分なんですか? 素人がスマホで撮ったものなんて大した写真にはならないと思うんですが」
「別にコンクールに送るわけでもないですし、卒業アルバムにのせるわけでもありません。いち広報誌にのせるというくらいです。凝ったものである必要なんかないんですよ」
そういうものなのか。
まあ顧問の先生がスマホの写真で十分だと言っているのなら、それでいいのだろう。
「わかりました! 私たちにお任せください!」
日比乃が張り切って言う。
「きっといい写真を撮ってみせますよ!」
「別に普段の写真を撮ってもらえればそれでいいのですが。まあ期待して待っております」
そういうと、伝えるべきことはあらかた伝え終わった先生は職員室に戻ろうとドアの方に歩いていく。
ドアを開けて外に出ようとしたとき、こちらを振り返って言った。
「あ、そうそう。学校の日常ということを忘れずに、TPOをわきまえた、常識的な範囲の写真を撮ってくださいよ」
「わかってますよそんなこと」
「貴方たちがいかに仲がよくても、おかしな写真を撮らないで下さいよ」
「わかってますって」
「わかっているならば問題ないです。失礼します」
先生はそう言って、パソコン室を出ていった。
「おかしな写真ってなんだよ全く。そんなもの撮るわけないのに、なあ日比乃?」
「はい。もちろんですよ! それで、私が後ろから抱き着く構図と先輩が後ろから私を抱きしめる構図のどちらにしますか?」
「どちらも却下だ」
「えー」
「当り前だろう。そんないちゃいちゃしてる写真を広報誌にのせるわけがない。そういうのはインスタにでもアップしておけ」
「あれ、インスタならいいんですね。じゃあインスタにアップするためなら、先輩は私と抱き着いている写真を撮ってくれるんですね?」
「いやまて。別にそういうわけじゃない」
「ふっふーん。もうだめですよ。言質はとりましたからね。さあ。さっさと広報誌にのせる用の写真を撮ってしまいましょう」
「お、おい。日比乃」
まずい。このままだと後で俺たちが抱き着いた写真を撮ることになってしまう。
だが日比乃は俺の制止なんて聞かずに、もうスマホを掲げて俺に向けている。
どうやら今日の日比乃は行動が早いようだ。
「てか俺の写真を撮るのか」
「当り前ですよ。私がパソコンに向かい合っているよりも、先輩が向かい合う方がなんかそれっぽいですし」
「それもそうだな……」
日比乃のような陽気で可愛い女の子は、友達ときゃーきゃー言い合ってる写真の方が似合ってるだろう。
逆に俺のような大した特徴のない地味な男のほうが、パソコンのキーボードを叩いてる姿が似合ってる。
これも適材適所か。
「じゃあ先輩。撮りますよ」
「おう」
そう言いながら俺は座ったままカメラの方を向く。
「……あれ。ピースとかしないんですか?」
「俺がそんなのするキャラだと思うか?」
「しないですね」
納得した日比乃は俺の写真を何枚か撮る。
カシャリ。カシャリ。
音が鳴り、日比乃のスマホのカメラは何枚も俺の姿を撮る。
カシャリ。カシャリ。
カシャリ。カシャリ。
何度も何度も音が鳴る。
いや、ちょっと撮りすぎじゃない?
もう二十枚くらい撮ってるきがするんだけど。
「日比乃、なんか多くない?」
「多くないですよ別に。こういうのは何枚も撮ってその中から選ぶんですよ。それに、多く撮ったところで別に損はないわけですし」
「まあそうだけどさ」
「後先輩。写真がぶっちょうづらばっかなんで、笑ってもらっていいですか?」
「カメラマンかお前は。別に学校の広報誌用の写真なんだからわざわざ笑う必要もないだろ」
雑誌でもあるまいし。
それに、何枚もある委員会の写真のうちの一つだろ?
別に気合入れる必要もないはずだ。
「えー。まあいいですけど。先輩の写真もゲットできたことですから」
そう言って日比乃は写真を撮るのを止める。
もう広報誌用のものは十分だと判断したらしい。
しかし今回は珍しく潔く引き下がったな、と思ったら日比乃はこう付け足した。
「それに、笑顔は次の写真でもらいますから」
そして日比乃は俺の近くまでくる。
「それじゃあ先輩。次はインスタ用の写真を撮りましょうか」
「別にそんなことする必要はないんじゃ――」
「だめです! 撮ります!」
日比乃は俺の声をかき消すほどの大きな声で主張した。
「さあさあ撮りますよ先輩。今回は先輩が後ろから抱き着く感じでお願いします!」
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