第14話 寝てるんですか?

 色々と濃かった休日が終わり、月曜日。

 その放課後に俺はパソコン室で一人広報委員会の作業をやっていた。


 昨日は日曜日なのに休むことができなかった。

いいや逆に、よく知らない女子高生たちと交流したり、日比乃とスイーツ店に行ったりして休むことはできなかった。

 まあ楽しくはあったけどな。


 しかし残念ながら、楽しいのと休めるというのは両立しない。

 両立しないどころか、人によっては真っ向から対立する出来事だ。

 そして俺はその対立する派だった。


 つまり俺は昨日、一週間の疲れを全く取ることができなかったということだ。

 これは大きい。

 俺は先週の疲れを維持したまま、今週を迎えなくてはいけないのだ。


 まあさすがに疲れが全部残っているわけではないが、それでも疲労は感じていた。


 体感ではあるが、月曜日にしてはいつもより疲れている感じがする。


「やっぱ少し休むか……」


 俺は一人呟いた。


 このままでは作業に集中できない。

 すでに作業を開始してから一時間は経つが、いつもの半分も進んでいなかった。

 明らかな不調だ。


「寝るか」


 俺はパソコン室で仮眠をとることにした。


 今日はもう帰ってもいいし、そうして家で眠って回復してもいいのだが、でもせっかくパソコン室まで来たのだから少しは進めたい。

 家で寝れば、ぐっすり眠れるが、しかしけっこうな時間を眠ることになってしまう。


 ここで眠れば、まあ寝すぎることはないだろう。

 机に突っ伏して寝る形になるのだから、体勢的に長時間寝ることは難しい。

 しかし一応は寝ているのだから少しは疲れも取れるはずだ。


 そう判断した俺は、パソコンのキーボードを立てて画面に立て掛ける。


 そうしてスペースを確保したのち、腕を枕にして突っ伏して眠ることにした。





 ガラガラ、という音で俺は目が覚めた。

 今のは教室の引き戸が開く音だ。

どうやら誰かやって来たらしい。


 誰かは知らないが、俺はまだ起きる気はなかった。

 何分寝ていたのかはよくわからないが、今はまだ眠っていたい。


 目が覚めたとしてもまだ完全に元気になったわけでもない。

 このまま、まどろみの中にいよう。


 そう思って俺は誰かがやってきても、元の体勢のまま寝ていたわけだが。



「あれ? 先輩寝てるんですか?」



 日比乃がやってきた。

 声でわかる。


 声じゃなくても、パソコン室に来る生徒で俺のことを先輩と呼ぶ人はアイツくらいだ。


「なんですかもう。こんなところで寝ちゃって」


 日比乃は言いながら、寝ている俺の方へやってくる。


 だが俺はあいつの声に反応しなかった。

 頭を上げて起きることはしない。


 理由はめんどくさいからだ。


 ただでさえ疲れて眠っているのに、その疲れもまだ完全に取れないうちから日比乃の相手などしていられない。

 今はとりあえず休むことに専念したいのだ。


 そういうわけで、俺は日比乃がやってきても突っ伏して寝ていた。

 まあ頭は少しは起きているから、これは寝たふりとも言えなくはないが。


 そんな寝たふりをしている俺の後ろに、日比乃は来た。

 そして寝ている俺の背中をじーっと見つめている。


 なんか嫌な予感がする。


 いや、そんなわけないよな。

 いま俺は寝ているんだぞ?

 ふつう放っておくだろ?


 いくら日比乃でも、寝ている人にちょっかいをかけたりしないだろ?

 早く自分の作業に入ってくれ。


 そう判断してくれることを俺は願いながら、寝たふりを続けた。


 しかし願いとは裏腹に、日比乃は全く俺の後ろから動こうとしなかった。


 なんだ。何を考えているんだ、お前は。


 だんだん恐ろしくなってきたその時。


「先輩」


 日比乃が話しかけてきた。


「先輩。寝ているんですか?」


再び尋ねる。


「寝ているんですよね?」


 三度尋ねるが、俺は何も答えない。


 寝ている人間は寝ているのかと訊かれても答えないだろう。

 まあ俺寝たふりなわけだが。

 というか、相手するのが面倒でただ眠っていたいだけだが。


 そうして日比乃を無視していると、後ろにいた彼女がゆっくりと俺に近づいてくる気配がした。


 なんだ。いったいどうしたんだ。


「寝ているんなら、大丈夫ですよね」


 声はすぐ近くの耳元で聞こえた。

 日比乃は俺の真後ろ、一歩分も距離がないような近くにいた。


 そして背中に何かが当たる感触がし、胸の部分に腕が回されていた。


 日比乃は俺に後ろから抱きついていた。


 な、なんだ!?

 またこいつのいたずらか!?

 もしかして寝たふりなことに気づいているのか?


「先輩……」


 呟くと共に、俺を抱きしめる力が強くなった。


「こんなとことで寝ちゃって、いたずらされても知らないんですからね」


 そして日比乃は抱き着いた姿勢のまま話し始めた。


「先輩。先輩。昨日はびっくりしましたよ。だって休日にまで会っちゃううんですもん」


 それは、俺もびっくりしたな。

 学校がない日にまでこいつと会うとは思っていなかった。


「それでせっかく私と休日に出会えたのに、先輩は私以外の女の子にまでいいところを見せて。なんでそんなことするんですか?」


 なんでと言われても。

 君の友人に頼まれたからだよ。


「ほかの子には見せないで下さい」


「先輩のかっこいいところとか、素敵なところとか。私だけが知っていればいいんですよ」


「万が一ほかの子が先輩のことを好きになったらどうしてくれるんですか」


 うーん。たぶんそれはないと思うんだけど。


「先輩のことを好きなのは、私だけでいいんですよ。私以外の誰も先輩の魅力に気づかなくていいんです」


 そっと囁く。


「先輩。大好きです」


 ……え?


「……え?」


 驚きのあまり、思わず口に出してしまっていた。

 そして「しまった」と思う。


「……え。先輩、起きて――」


「う、うーん。いやー、よく寝たなあ」


 もう遅いかもしれないが、俺はさっきまで寝ていたとアピールしながらわざとらしく頭を上げた。


「ん? あれ、日比乃。いつからいたんだ?」


 後ろを向いて、彼女に話しかける。

 ちなみに日比乃は俺が声を発してしまった瞬間、飛びのいて離れていた。


「せ、先輩。ももももしかして起きていましたか?」


「ん? さっきまで寝ていたよ」


 ほんとは起きてたけど。

 ここは寝ていたことにしよう。

 その方が、面倒は少ないだろうし。


「ほ、本当ですか? 本当ですよね? 信じますよ?」


「ああ。あ、もしかしてなんかしてたのか?」


「な、なにもしてないですよ! もう!」


 そう言いながら、日比乃は俺の肩をバシバシ叩く。

 叩くと言っても、照れ隠しに叩いているだけにすぎない。全然力が入っていなかった。


「ほんといきなり起きてくるんですから」


 プイ、と日比乃はそっぽを向いた。

 そして鞄をもって、そそくさと出ていってしまった。


 部屋を出ていくときの日比乃の顔は真っ赤になっていた。



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