第13話 休日に会う 後編
その後、俺は女子高生たちの言われるがままにクレーンゲームで景品を取ってやった。
他人に言われるがままにクレーンゲームをプレイし続ける。
今日の俺はクレーンゲーム請負人だ。
なんだこの請負人。弱すぎる。
人類最弱の請負人。
俺のことは名前で呼ぶな。名前で呼ぶのは家族だけだ。(名前で呼び合うほど仲のいい友達はいないということ)
そんな考え事をしている間に、またひとつ景品をとる。
今度は犬のぬいぐるみだ。
目がだらんとしているちょっと可愛げのある犬。
これで何個目だ?
全員分とったから、五つか。
「先輩! ありがとうございます!」
俺は日比乃にぬいぐるみを渡し、それを日比乃は笑顔で受け取った。
この犬のぬいぐるむは日比乃が欲しいとねだってきた奴だ。
先ほどまではむくれていた日比乃だったが、俺がこいつのぬいぐるみを取り始めてからは上機嫌だった。
現金な奴め。
五つ合計で使ったのは、三千円くらいか。
五つでこれなら普通くらいだな。
特に勝っても負けてもいない。
ちなみに三千円のうち二千円くらいは日比乃たちからもらっていた。
彼女たちもタダでぬいぐるみを取ってもらうのは気がひけたらしい。
全額出すと言っていたのだが、さすがにそこは断り、何割か俺がもらうという約束にした。
いくら景品を全部彼女たちに渡すとはいえ、俺も年上の男としてプライドは少しはある。
全額出してもらうのは気が引けた。
それに景品はもらわなくても、ゲームをプレイして楽しんだことは確かだしな。
その楽しさに対する金くらいは出したとしても損ではないだろう。
「先輩。これありがとうございました」
日比乃が俺に改めて礼を言い、それに続いて他の子も礼を述べる。
礼儀のしっかりした子たちだな。
「どういたしまして」
俺はそれに答える。
「じゃあ俺もう行くわ」
けっこう時間も潰せた。
そろそろ帰ってもいいころ合いだろう。
他のゲームは……、まあ特に何かがやりたかったわけじゃない。
また別の機会でいいだろう。
そう判断した俺は帰ろうとして後ろを向いたのだが。
「あ、待ってください!」
日比乃の友達の一人に呼び止められた。
彼女は近くに来て、話し始める。
「あの、これから予定とかありますか?」
「いや、ないけど」
予定がないからここで時間潰しに来たんだ。
「それなら、ちょっと私たちに付き合ってもらってもいいですか?」
「ん? どこに行くの?」
「ここの三階に美味しいスイーツのお店があるので、一緒に行きませんか?」
「おごらねえぞ」
「わかっていますよそれくらい。ただ一緒に食べたいなっていうだけですよ」
一緒にスイーツねえ。
何を食べるのかは知らないが、きっと甘いものなのだろう。
パフェとか?
パフェじゃなくてえも似たようなものだろな。
まあ甘いものは嫌いじゃないからいいか。
行くことにしよう。
「いいよ。行こう」
「やった! 京香、行くってさ!」
「え、ほんとですか先輩。甘いもの好きだったんですね」
日比乃が驚いて目を大きくする。
「ああ。甘いものは嫌いじゃないぞ」
「そうだったんですね。そう言えばクッキーもけっこう食べてましたね」
「ん? クッキー? 京香、それなんのこと?」
日比乃の友人がクッキーという単語に目ざとく反応した。
「なんでもないから行くよ。ほら」
日比乃はそれをごまかすように友人の背を押し、進み始めた。
●
ショッピングモール内を歩いていき、目当ての店らしきものが見えてきた。
ショーウインドウにパフェだとかパンケーキだとかの食品サンプルが飾ってあるから、きっとあそこの店なのだろう。
俺がそう思って進んでいき、店の目の前に到着した時。
「あ、ごめーん京香! 私この後予定があるんだった!」
そう日比乃の友人の一人が言い始めた。
「え? 予定? ちょっと待って」
日比乃が焦りながらその友人に対して言う。
「あ、私もあるんだったー」
「私も」
「私もやらなきゃいけないこと思い出した」
そう口々に彼女たちは述べ始めた。
どうしたんだいったい。
「み、みんな? どうしたの? 今日は何も予定ないから集まったはずじゃ……」
日比乃は彼女たちを引き留めているが、しかしそれにもかかわらず去って行ってしまった。
「じゃーねー。京香がんばってね!」
「私たちのアシスト、無駄にすんなよ!」
「先輩さんもありがとうございました!」
そう言って、日比乃の友人たちは帰っていった。
「ア、アシストって……」
日比乃はげんなりしながら呟いていた。
どうやら今回のことはこいつも意図していないハプニングらしい。
なんだか予想外の事態に陥っているな。
まあ、何人か帰ったとしてもあまり関係ないだろう。
むしろ知らない人が帰って、人見知りの俺には都合いいくらいであるのだが。
「どうする日比乃。俺は行ってもいいが、お前も一緒に行くか?」
「え。いいんですか。先輩がいいなら私も行きますけど」
「そっか。じゃあ入ろうぜ」
そんなわけで、俺たちは二人でこのスイーツ店に入ることになった。
俺たちは店員に注文して、スイーツを受け取り、開いていた席に着く。
俺が注文したのはクレープ。日比乃が注文したのはパフェだった。
日比乃は最初に何枚かスマホで写真を撮った後、あむあむと食べ始めた。
たぶん後でインスタなんかにあげるのだろうな。
「美味しいですねえ。先輩」
「ああ。そうだな」
さっきの子たちはもったいないことをしたなあと思う。
まあでもここは学校に近いから、別に今日じゃなくてもまた来れるのか。
「ねえ先輩」
「んー? なんだ?」
「私たち今二人っきりですよね」
「まあ他に客や店員がいるけどな」
「そういうことじゃないですよー。もう」
まあ、それはさすがに俺もわかるけどな。
「その、なんか、いまってデートみたいですね」
「……そうか?」
「そうですよ。傍から見たら、今私たちってカップルに見えるんじゃないですか?」
カップル……!
傍から見たら、そう見えるのか。俺たちは。
い、いや。これも日比乃がからかっているだけにすぎない。
カップルに見えるとか言って、意識した俺を笑っているだけなんだ。
そのはずだ。
「う、うるせえよ。さっさと食え」
「あれ? 照れてるんですか先輩? カップルって言われて照れちゃってるんですか先輩?」
「照れてねえよ」
「あー! 照れてる! 全く、この程度で照れちゃうだなんて。初心な先輩をもって苦労しますねえ」
「だから照れてねえって言ってるだろ!」
「本当ですか? 本当に照れてませんか?」
「当り前だ」
「じゃあカップルみたいに見られてることについて、どう思いますか?」
「別にどうも思わねえよ。てかカップルとか思われてもないと思うぞ」
「えー。絶対カップルに見られてますよ。だってこんな店に男女で二人きりで来るのなんてカップルくらいですし」
そんなにここカップル限定の店か?
表参道にあるわけじゃないんだぞ。ショッピングモールの店だぞ。
そして日比乃は目を伏せながら、小さくつぶやく。
「それに……。けっこう、お似合いの二人だと思いますし……」
「お、お似合いって……」
そうかねえ。
それにしては、彼女側の方が可愛すぎる気がするけど。
「先輩は、お似合いだと思いませんか?」
「どうかな。お前ももっとかっこいい人がいいんじゃ――」
「だめですよ!」
日比乃は食い気味に否定した。
「先輩以外の人じゃダメなんです。私は、先輩がいいんです」
「そ、そうか……。それは、すまなかったな。」
「全くですよ。もっとデリカシーを持って下さい」
日比乃はちょっと拗ねて、そのままもぐもぐとパフェを食べ続けた。
その様子はリスみたいで可愛らしく、俺は日比乃を見つめてしまっていた。
そのせいで、先ほどの会話の意味を深く考えることはしなかった。
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