第12話 休日に会う 中編

「先輩! 先輩! せーんぱーーい! どうしてここにいるんですかー!」


 日比乃は笑顔を浮かべながら一直線にこちらに向かってきた。


「いや、ちょっと。暇だからゲームでもしようと」


 俺の目の前に小走りで来た日比乃の質問に答える。


「一人でですか?」


「一人でですよ?」


 なにか問題でも?


「へー。そうですか。まあいいと思いますよ。ゲームなんて一人でできますからね」


 一人ぼっちでいることを後輩にフォローされてしまった。

 なんかちょっと落ち込んでしまう。

 なんでだろう。別に悪口言われたわけでもないのに。

 先輩のとしてのプライドかな。


「お前は何してんの?」


「私は友達と買い物に来たんですよ。ゲームセンターはついでに来たんです」


 友達と買い物か。

 日比乃は言ったことを証明するかのように、手にもっている袋を上に持ち上げる。

 それはショッピングモール内にある店の専用の袋だった。

 どうやら服を買っていたらしい。


 休日に友達とショッピング。

 こいつもけっこう充実した時間を過ごしてるなあ。


「いやー。ゲームセンターに来たらまさか先輩と出会うなんて。思いもよりませんでしたよ」


 日比乃はニコニコと笑顔で俺に向かって言う。


「これはSRですね」


 SRって。

 ああ、俺のレアリティか。


 いつものパソコン室の俺はノーマル。廊下であったらレア。外であったらSR.。

 そんなふうな話をこの間こいつと会った時に話したことを思い出した。


 俺と日比乃が話していると、先ほど日比乃がいたところから何人かやって来た。

 全員が女子だ。

 たぶんこいつの友達なのだろう。


「京香。えーと、その人は?」


 女子たちの一人がきいてくる。

 京香というのは日比乃の下の名前だ。

 日比乃の友人という考えは外れていなかったようだ。


「あ、この人は委員会の先輩の柳川先輩だよ」


「委員会って、あの広報委員会?」


「そう。あの誰が読んでるんだかよくわからないやつ作ってる委員会」


 あ、日比乃もそういう認識だったのね。

 俺は日比乃の言葉を聞いて、少し切ない気分になった。


 まじであの広報誌とかいうの誰が読んでるんだろう。

 少なくとも生徒たちは読んでないことは確か。


「じゃあこの人が京香がいつも話してる人かー。へー」


「い、いつもは話してなんかないよ? ちょいちょい話題に出すくらいで……」


「え? だって毎朝先輩のことについて話してくるじゃん。委員会のある日とか早く放課後にならないかなってよく言ってるし」


「そうそう。楽しみだなーっていつも顔に出てるよ」


「今日もお昼食べる時に先輩に会えないかなって言ってたよね」


「恋する乙女だよね」


「あ、あー! あー! あー! もう。今はそんなことどうでもいいでしょ! 先輩、嘘ですからねこんなの! 話盛ってるんです!」


「そ、そうか……」


 俺は戸惑いながらも頷いた。

 というか、こんなに女子たちに囲まれたことなんてなかったから、緊張して話が入ってこなかった。

 たぶん日比乃をからかっていたことはわかるが。


「も、もう行こ! まだあの人形取ってないんだから。挑戦するよ!」


「えー。京香が最初に離れたんじゃん。大好きな先輩に会えて嬉しくなって」


「ちょっとほんとに黙って! これ以上はだめ! シャラップ!」


「あ、ていうかさ。先輩さんに取ってもらえばいいんじゃない?」


「え、ちょ、何言って」


「さんせーい。私たちでやっても取れそうにもないしね」


「確かに。もう全員試したけど取れそうな気配もないし」


「だ、だめだよ! 先輩だって予定があるんだからそんな――」


「あの、柳川先輩」


 日比乃の制止を無視して、女子の一人が俺の方を振り向いた。


「私たち今クレーンゲームやってるんですけど、手伝ってもらえませんか?」


「あ、ダメだったら全然いいです。自分たちで頑張りますから」


「でもやっぱり手伝ってもらえたら嬉しいかなって」


「先輩! やる必要ないですからね! こんなゲームなんて!」


「京香はだまって。憧れの先輩のかっこいいとこ見るチャンスだよ?」


「そういういじりが嫌だから巻き込みたくないの!」


 日比乃含めた女子たちはきゃーきゃーと騒いでいる。

 俺を置いて楽しそうだ。


 姦しいなあ。

 姦しいの意味はよく知らないけど、たぶんこんな感じのことを言うんだろうな。


「それでは柳川先輩。京香のために、お願いしてもいいですか?」


「いいぞ」


「ええ! やるんですか先輩!」


 まあ何やるかも決まってなかったし。

 時間潰しにはちょうどいいくらいだ。

 音ゲーはこれがおわってからでいいだろう。


「本当ですか! ありがとうございます!」

「よかったね京香」

「先輩のかっこいいとこ見れるよ!」


「別にいいよそんなの! ていうか先輩クレーンゲームなんてできるんですか!? 年下の女の子にかっこつけようとしてるだけなんじゃないですか!?」


「失敬だな。これぐらいできるわ」


 確かに俺は一つのゲームを極めてるわけではない。ちょっと強い奴と対戦すればボロボロに負けてしまうだろう。

 しかしその分、いろいろなゲームに手を出してきた。


 さすがにプリクラは興味なかったが、しかしそれ以外は大抵のゲームは経験済みだ。

 音ゲーもゾンビゲーも格ゲーもエアホッケーだってやってるし、もちろんクレーンゲームだって何度もしている。

 よほどの悪質な台でもないかぎり取ることはできるだろう。

 まあそれなりに金は持っていかれる可能性はあるがな。


「こっちですよ柳川先輩」


 女子の一人が手招きして俺を目当ての台へと呼ぶ。

 そちらの方へ行くとクレーンゲームの台が見えた(当たり前だ)。


 中に入っていたのはとあるゲームに出てくるキャラクターのぬいぐるみだ。

 猫を基にしたキャラクターらしい。

 なかなか愛嬌があり可愛いやつである。


 いかにも女子高生が好きそうなタイプの可愛いぬいぐるみだった。

 女子受けはいいだろうな。


「じゃあやるぞ」


 俺は百円玉を五枚入れて、スタートを押す。


 クレーンが動いて、そのぬいぐるみを持ち上げ――ようとはせずに、少しずれた位置に降りてきてしまった。


「あー! 先輩! 何やってんですか、もう!」


 横から見ていた日比乃が俺のやり方に文句をつけてくる。


「ふん! 大して得意でもないのに見栄を張るから、こうやって失敗するんですよ!」


 日比乃はさらに言ってくる。


 その指摘に、俺はふんと鼻で笑う。


 甘いな日比乃。これは失敗じゃない。

 これが正しいやり方なのだ。


 ずれた位置に降りたクレーンはぬいぐるみを持ち上げこそしなかったが、しかし開閉したアームに当たってその位置が少しだけずれた。


 そう、これが正しいやり方だ。

 クレーンによって持ち上げるのではなく、アームにあててちょっとずつ動かす。


 これがクレーンゲームの最適な景品の取り方である。


 本来ゲームセンター側はなかなか客に景品を取らせたくはないのだ。

 向こうも商売でやっているからな。


 だからクレーンゲームも客に簡単に取らせないように細工がしてある。

 アームの力を調整して、景品が持ち上がっても落ちるように設定したりとか。


 それに対する対抗策がこれだ。

 いくらアームの力を弱くしているとはいっても、ぬいぐるみを動かす程度には強い。

 これを続けていけば、何度かやれば景品を確実に取れる。


 まあすごい上手い人なら他にも方法を知っているのかもしれないが、俺はこれしか知らない。

 とりあえずこの方法でもいけそうだからこのまま続けよう。


 そんな風にクレーンゲームを行ってぬいぐるみを動かし続けていると、数回で景品は穴に落ちた。


 使った金は五百円か。

 思ったよりも安く済んだ。

 正直拍子抜けだ。あと数百円は使うと思っていたからな。


「えー! 本当に取れちゃいました! 柳川先輩すごいですね!」

「ありがとうございます!」

「もっと他にも取れたりしますか!」


 日比乃の友達はキャーキャー言いながら俺を囲む。

 ぬいぐるみ一つ取ったくらいでおおはしゃぎだ。


「むう……」


 しかしそんななか、一番大騒ぎしそうな日比乃が一人むくれていた。


「ずいぶん嬉しそうですね先輩。女の子に囲まれて」


 なんだか日比乃がいつもと様子が違っていた。


「それに皆も皆だよ。さっき先輩と会ったばっかなのにもうあんな声あげちゃって」


 ぷい、とそっぽ向いてしまう。


「先輩の魅力を知っているのは私だけでいいのに」


 日比乃はそうつぶやいて、頬を膨らませていた。



 正直、可愛いと思ってしまった。


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