第11話 休日に会う 前編
日曜日の12時。
俺は学校のパソコン室で黙々と広報委員会の仕事をして――いなかった。
そもそも学校の中にいなかった。
当たり前だ。
今日は日曜日。休日なのだ。
誰が好き好んで学校など行くものか。
まあ熱心な運動部なんかは学校に行って練習でもしているのかもしれないが、俺は運動部に入っていない。
そもそもうちの学校に日曜日も練習するほどガチの運動部はない。
どのみち俺には縁のない話だった。
学校という煩わしいものから解放された俺は、日曜日のお昼を全力で楽しんでいた。
具体的には家のソファでダラダラしていた。
ソファに寝転がり、足を投げ出し、ポテチをかじりながらテレビ番組を見る。
休日さいこー。
家さいこー。
素晴らしい過ごし方だ。
誰にも煩わされず、自分ひとりを全力で楽しめる。
何もしない、何の生産性もないこの堕落した時間は最高の快楽と言ってもいい。
「はー。この時間がずっと続けばいいのに」
そう独り言を述べた時だった。
「続くな。バカ」
ソファの向こうから声がかかった。
「よー兄貴。休日の昼間からゴロゴロするだなんて随分いいご身分ですなあ」
声を掛けてきたのは俺の妹だった。
名前は柳川静。
二つ年下の中学三年生の妹だ。
今年に高校受験を控えたはずの妹は休日にも関わらず勉強もせずに、家でだらけている兄に対して悪口を言ってきた。
「なんだよ静。別にいいだろ。こっちはお前と違って受験があるわけでもないんだ。期末試験もまだ先だしな」
「そういう話をしているんじゃねーよ。勉強なんてどうでもいいんだよ兄貴」
「よくねーだろ」
受験生だぞお前。
「兄貴さあ、それでいいの? せっかくの高校生活をそんなクソみたいな時間で消化していいの?」
「クソみたいとはずいぶんな言い草だな。この過ごし方の何が悪い」
「家でだらけていることかな」
静はソファの前に立ち、俺を見下ろしてくる。
「兄貴」
「なんだ。テレビが見えない」
「テレビなんてどうでもいい。貴重な高校二年生の休日をそんなことでどうするんだよ。せっかく人生に一度しかない時間を過ごしているんだから、もっと今にしかできないことに費やせよ。休日の昼間からごろごろするなんて社会人になってからでもできるよ」
「休日に遊びに行くことも社会人になってからでもできるだろ」
「できるわけねーだろ。大人になって働き始めたら、休日に遊ぶような体力は残ってないよ。父さんを見てみろ、外に運動にもいかず部屋にこもってずっとスマホ見ているんだぞ」
ひどい姿だな……。
でも今の俺も似たようなもんか。
「つまり、大人になったら休日に遊ぶことなんてできないんだから、せめて学生のうちに十分遊んでおけっていうことだよ兄貴」
「職種によるだろそんなの」
「どんな職業でも大変なんだから、休日に遊べると思うなよ?」
こいつよく知ってんなあ。
なんで? ひょっとして働いたことあるの?
「外に行ってなんかしてこい兄貴」
「何かってなんだよ。別になんもやることなんてねえよ」
「なんでもいいだろ。友達とバッティングセンターに行くとか、カラオケに行くとか。いろいろあるじゃん。とにかく、私はこのまま自分の兄貴が大切な高校生の時間を浪費して腐っていく姿を見たくないんだ」
静は俺に顔を近づけてはっきりと述べた。
「外出ろ」
●
俺は外出した。
別に妹の剣幕に負けたわけではない。
負けたわけではない。決して恐怖に屈したわけではない。
これはただ、理性的に考えて自分の意見をもって結論を下したに過ぎない。
あいつの言っていることにも一理はあると思ったからこうして外に出ただけだ。
妹にビビってなんかいない。
そういうわけで、俺は家を出て目的もなく道を歩いていた。
外出したところで別にやることもないんだよな。
あいつは友達となんか遊びに行けと言っていたが、休日に遊びに行くような友達はいない。
いたら家のソファでテレビなんて見ていませんよ……。
昼ご飯は家ですでに食べてしまっていたから、腹も減っていない。
本当に何の用事もない。
どこ行こうか考えて、俺は近所のショッピングモールに行くことに決めた。
正確には、ショッピングモール内のゲームセンターだ。
あそこのゲーセンはそこそこ広い。
音ゲー、ゾンビ、格ゲー、メダル、カーレースなど大抵のゲームはそろっている。
そこでなら一時間程度は暇がつぶせるだろう。
ある程度外で活動したならば妹も納得するはずだ。
……家でごろごろするだけなのと、一人休日にゲーセンでゲームするのとどれくらい違いがあるのだろうか。
生産性というのであればそんなに変わらないような気もするのだが。
まあ妹的には外に出ることが重要らしいのだがな。
あれ? これって俺を家から追い出したかっただけじゃね?
俺の高校生活とかそんなのどうでもよくて、単に俺が邪魔だっただけじゃね?
そ、そんなわけないよな。
あれはあいつなりの善意なんだ。
俺はそう信じることにして、ゲームセンターへと向かった。
●
ゲームセンターはやはりというか混んでいた。
どこを見ても人、人、人。
まるでお祭りでも開かれているかのようだ。
実際お祭りのようなもんだろうけどな。
少なくとも、金を払ってゲームをするという点に関してはゲーセンも祭りの屋台も変わらない。
さて、なんのゲームをするか。
こういうゲーセンに来る人は二種類の人間に分かれる。
一つは目当てのゲームが決まっていてそれのみをやりに来る人。
もう一つがどのゲームをやるのかをその日の気分によって決める人。
俺は後者だった。
そもそも俺は家を出て何するのかも決めずにここにきた身だ。
もちろん目当てのゲームなんてない。
まあ適当にゲーセン内を回りながら開いている台があったらそれをやろう。
俺は浅く広くゲームをやるから、ここのセンター内の大体のゲームは経験積みだ。
何をやってもそこそこ楽しめることだろう。もちろんガチ勢や少しうまい奴と対戦なんてことになったらボコボコにされるがな。
そういう意味では対戦がない音ゲーからやってみるのもいいだろう。
俺は音ゲーの機体がある場所に行くことに決めた。
音ゲーってなんかゲーセンの奥のところにあるんだよなと思いながら歩みを進める。
そしてその途中でクレーンゲームのコーナーの横を通ると。
「あー。ちがうちがう! そこじゃないよー! もうまた失敗しちゃったー!」
なんか聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
あれ。なんかデジャヴ。
いや、違うよな。
そんな。どんな偶然だよ。
たまたま遊びにいったゲーセンで、同じ学校の後輩に会うなんて。
いやでも、ありえないことではないのか。
同じ学校に行っている以上、家もそこまで遠くにはならないはずだ。
であるならば、遊ぶ場所も大きく異なることにはならないだろう。
誰だって遊ぶ場所は家の近くの方がいいだろうしな。
まあでもあれだな。別にあいつだと決まったわけではないからな。
俺の聞き間違い。人違いの可能性もある。
そうとも。雑多でうるさいゲームセンター。聞き間違いなんていくらでもあるし、特定の人物の声を聴き分けることの方が難しい。
きっと聞き間違いなのだろう。別人なのだろう。
それを確認するために、俺は先ほど声がした方を向くと。
俺の後輩である日比乃京香がそこにいた。
「あ、先輩」
しかも同じタイミングで向こうも気づいた。
どうなるんだ。俺の休日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます