第9話 愛してるゲームしましょう
「先輩、愛してるゲームしーましょ!」
放課後、パソコン室で広報委員会の作業をしていると、後輩の日比乃からそんなことを言われた。
来た。
来た来た来た来た。
来ましたよこれ。
いつかくると思っていたんだよなあ。愛してるゲーム。
愛してるゲームとは、中高生の間で流行っているらしいゲームだ。
ルールは簡単。
互いに愛していると言いあって、先に照れた方の負けである。
愛していると言う時に前後に動作を入れたり言い方を変えたりと、応用も様々あるらしい。
俺のことをからかっていつも絡んできたりくっついてくる日比乃ならば、いつの日かこれをやろうと誘ってくる日がやってくると思っていた。
その予感は見事的中したわけだ。
なぜその日が今日だったのかというと、やはりこの間のが影響しているのだろう。
俺が日比乃に告白(?)らしきものをしてしまい、それを日比乃が恥ずかしがって急いで逃げ帰った時のことだ。
いや別に俺は告白なんてしたつもりはないし、冷静に考えてもそこまで勘違いさせるような文言ではなかった。
なかったのだが、まあ重要なのは俺がどういうつもりだとかそういうのじゃなく、日比乃がどう受け取ったかだ。
この間、日比乃は告白されたと一瞬勘違いした。
そしてその後、荷物をもってすぐに帰ってしまった。
事実はこういうことだ。
もちろん日比乃も勘違いだとすぐに気づいてはいたが、客観的な事実を述べれば上の通りである。
あのあと家に帰ってこいつがどういう葛藤をしたのかは俺は知らない。
知らないが、俺の一言二言に照れて逃げ帰ってしまったことはそうとうに悔しかったことは想像できる。
前にも言っていたしな。
日比乃が俺をドキドキさせるのであって、逆ではないとか。
だから今回の愛してるゲームも、こいつなりのこの間の復讐か。
そうでなかったとしたら、次に告白まがいのことをされても照れないように訓練しようとおもったのだろう。
なんにしてもわかりやすい奴だ。
まあこの間の反応を見るに、こいつは告白されるのに弱い。
日比乃は可愛いから、告白されるのなんて慣れているのかと思ってたが、意外にもそうではないらしい。
せいぜい照れさせて今までの雪辱を晴らしてやろう。
俺が今更こいつの告白に照れてしまうなんてことないだろうしな。
「いいよ。愛してるゲームをやろう」
俺は日比乃の案に乗っかる。
椅子を移動させて、俺と日比乃が向かい合うように座った。
「よくぞこのゲームを受け入れてくれました先輩。愛してますよ」
「ふぉっ!」
いきなり来た!
まだ開始の合図もしていないのに!
不意打ちだろこんなの!
なんだ? もう愛してるゲームは始まっているのか!?
「ふっふっふ。よーいどんで勝負が始まると思ったら大間違いですよ。戦いは常にいきなりなのです」
こいつ、卑怯な手を。
宣戦布告なしで戦争を始めた結果、日本がどうなったのか教えてやろうか……?
そっちがそのつもりならいいだろう。
こっちだって容赦なくやってやる。
「日比乃」
俺はあえて低い声を出して、日比乃をじっと見る。
「お前今のは卑怯じゃないのか?」
「あ、せ、先輩。怒りまし――」
「愛してるぞ」
「ふぇっ!」
俺の一言に、日比乃は顔を赤くする。
一見怒っていると見せかけて、不意打ちで愛してるというギャップ作戦成功だ。
「ず、ずるいですよ先輩」
「お前に言われたくはないよ」
日比乃が非難してくるが、俺はそんなもの気にしない。
目には目を、葉には歯を。ずるにはずるで返す。
それが俺の流儀だ。
そして先ほどのやり取りで日比乃の顔つきも変わり、目は鋭くなった。
どうやら日比乃も本気になったらしい。
「じゃあ軽いジャブも終わったところですし」
「ああ。本気でやるか」
こうして俺たちの愛してるゲームは始まった。
●
「日比乃はいつも俺に触れてきやがって! ドキドキするんだよ! 愛してる!」
「先輩はいつも無防備なんですよ! 私だってふとした発言にドキドキしているんです! 愛してます!」
「日比乃は可愛いんだからそれを自覚して行動しろ! 俺じゃなかったらどうなっていたかわかんねえぞ! 愛してる!」
「先輩にしかこんな言動しませんよ! 先輩じゃなかったら愛してるなんてゲームだとしても絶対言いません! 愛してます!」
「大体お前は距離が近いんだよ! そのせいで俺のこと好きなんじゃないかと勘違いしそうになるだろ! 愛してる!」
「勘違いしてくれていいのに! 私がこんなにアピールしているのに全然気づかない! この鈍感! 愛してる!」
「日比乃!」
「先輩!」
「「愛してる!」」
二人で顔を真っ赤にしながら互いに向かって叫んだ。
俺たちは、はあはあと肩で息をしながらにらみ合う。
互いに愛してると言い合い始めてから既に十分以上。
最初は普通に愛してるを言い合っていたが、それでは決着がつかないとすぐに悟った。
そしてそれを理解した俺たちは、こうして互いに思っていることを言い合いながら愛してると言っていた。
しかし、それでもまだ決着はついていない。
こいつ、なかなかやるじゃないか。
愛してるなんて言えばすぐに照れて走り去っていくのかとおもったが、大分しぶとい。
「すごいですね先輩。先輩は女に免疫ないから、すぐ照れてしまうと思っていましたよ」
「そっちこそやるな。この間から成長したじゃないか」
ふふふ、と不敵に笑いあう。
「さあ、続きといきましょうか先輩」
「ああ。俺は絶対に負けないぞ」
「私だって。先輩を照れさせてあげますからね」
「そうですか。私にはもうすでにお二人とも照れているように見えますがね」
「ええ~。そんなことないですよ先生」
「そうですよ。先輩ならまだしもこの私がそんな簡単に照れることなんてありえませんよ先生」
なんだとこいつ。逆だろう。
照れているのは日比乃の方で俺ではない――って、先生?
ガバッッ、と俺たちは一斉に先生の方を見る。
「お疲れ様です。お二人さん。仲良くさせていただいているところ恐縮です」
そこにいたのは、広報委員会の顧問の先生である三滝先生だった。
「せ、先生」
「いつからいたのですか?」
「いつからいたと言えば、貴方たちが愛してると言い合い始めた頃からでしょうか」
「な――」
「そんな……」
俺たちは二人して愕然とする。
つまり、俺たちの愛してるゲームは最初から見られていたということだ。
互いに「愛してる」と熱心に言い合っている姿を見られていたというのか。
やばい。恥ずかしすぎる。
ただでさえ熱かった顔が、さらに熱を帯びるのを感じる。
「申し訳ありません。貴方たちの愛の巣に踏み込んでしまって。でもここって学校内の施設なんですよ」
三滝先生は頭を下げて謝罪する。
「あ、愛の巣って!」
「ちちち違いますよ私たちそういうのじゃありません!」
愛の巣、という単語に対して慌てて否定する俺と日比乃。
「そうですか。それはよかったですね」
「あの、私たちは愛してるゲームをしていただけなんです!」
「そうです。これはただのゲームで、本気じゃないっていうか」
「はい。そういう設定でお二人が楽しんでいたことはわかっていますよ。ですが何度も言うようにここは学校なので、節度ある付き合いをお願いしたいです」
だめだ。全然信じてくれていない。
これは何をいってももう無理だろう。
「わ、私もう帰ります……」
恥ずかしさがピークに達したのだろう。日比乃が席を立った。
そのまま荷物をまとめて帰る準備を始める。
「あー、俺も帰ります」
同様にパソコンの電源を落として俺も荷物をまとめる。
先生にさっきの光景を見られていたという事実が恥ずかしすぎて、これ以上この空間にいられない。
一刻でも早く出ていきたくなる。
「そうですか。校内でなければある程度はいちゃついても私は咎めませんから。ではお二方、さようなら」
「さようなら」
「さようなら、です」
二人して教室を出ていった。
あの先生、絶対勘違いしているだろうな。
俺たちはただゲームをしていただけなのに。
俺たちは昇降口に行くために二人で廊下を歩いていく。
「あの、先輩」
途中、日比乃が話しかけてきた。
「ん。なんだ日比乃」
「先輩。愛してます」
「えっ」
急に言われたその言葉に、俺は固まってしまった。
「い、いまのはゲームの続きですよ! それじゃっ!」
日比乃はそう言い残し、廊下を走って帰ってしまった。
「……」
俺は日比乃がいなくなった後も、廊下に立ち尽くしていた。
バクバクと心臓が鳴る音が聞こえてくる。
い、いまのは。
ゲームの続きだよな……。
そのはずだ。本人もそう言っていたし。
本気ではない。ゲームだからそう言っただけ。
そう頭で理解しながらも、俺は激しく鼓動する心臓を落ち着かせることはできなかった。
どうやら愛してるゲームは俺の負けらしい。
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