第8話 手相を見てあげますよ
「せーんぱい、手を出してくださーい」
「今度は何だよ」
例のごとくパソコン室で記事を書いていたら、後輩の日比乃がそんなことを言ってきた。
こいつが突拍子もない行動をするのは今に始まったことじゃない。
そしてその度に俺が何かしらの被害を受けるのもいつものことだ。
今回は何を企んでいるのか。
「手相を見てあげますよ」
「手相ねえ」
手相をみる。
つまりは手相占いをするということなのだろう。
それ自体は別によくある占いなのだが、こいつができるのだろうか。
「お前にできんのか、手相占い」
「むっ、失敬ですね先輩。ちゃんと手相占いの本を熟読してきたんですから。本職ほど当てることはできないですけど、占うこと自体はできますよ」
なるほど。
そういう本も本屋には売られているから、不可能ではないのか。
いや待て。騙されるな。
何度こういう感じでこいつを信用して痛い目にあってきた?
そんな手相占いだなんて嘘に決まっている。
また俺をだますつもりだろう。
手相を見るとか何とか言って、こいつは俺が手を出したところを――
手を出したところを、なにをするんだ?
大したことできないな。
それに手にちょっかいだすくらいなら今までも何度もあった。
「暇なんで手をかしてくださーい」と言って十分ほど俺の手を取って握ってきたり。
春なのに「なんか寒い気がします」と言って俺の手を自分の頬にあてたり。
「先輩って爪長いですね」と言って俺の爪を切ろうとしてきたり。
さすがに爪を切るのはやらせなかったが。
そういうことは何度もあった。
今更手を何かやられたところで、あたふたするような俺ではない。
そう考えると、別にこいつの案に乗っかってやってもいい気がしてきた。
何かされたところで、別に大した被害はないだろう。
先輩としての度量を示すためにも、ここはこいつにつきあってやるか。
「まあ手相占いくらいならいいぞ。けど、変なことはやるなよ」
「やりませんよ。このあいだ先輩をだましたのは先輩への復讐だったからです。今回は純粋な好意ですよ」
「どうだか。まあ今回は信用するけど」
そういって俺は手を出す。
「ありがとうございます」
日比乃は両手で俺の手を取って、手のひらをまじまじと見る。
手を軽くとって、にぎにぎしている。
やっぱりこいつの手は柔らかいな。
女の子特有の、柔らかい感触がする。
日比乃は俺の手を見た感想を言う。
「ふんふん。なるほどなるほど。けっこう生命線長いですね」
「だろ?」
「長生きだけはしそうですよね」
「ふふん。そうだろ?」
「憎まれっ子世にはばかるというやつですかね」
「誰が憎まれっ子か」
別に憎まれてはないわ。
好かれてもないがな……。
「このままではわかりにくいですね。これを使いましょう」
日比乃はポケットから虫眼鏡を取り出した。
そして虫眼鏡を用いて俺の手をじっと見ている。
なんだか結構本格的だな。
最初の頃は何かいたずらでもしてくるんじゃないかと思ったが、意外とちゃんとやっている。
疑ったことを少し申し訳なく思えてきた。
「なるほどなるほど。わかってきましたよ」
「へー。これ何がわかるんだ?」
「恋愛運です」
「恋愛?」
将来結婚できるかどうか、とかか?
それとも何年後かに大きな出会いがある、とか?
「先輩が今年彼女できるかどうかを占っています」
「そんな直近のこともわかるの!?」
こういうのって普通、人生全体の流れみたいな運勢がわかるものなんじゃないのか?
今年のことまで細かくわかるのかよ。
すごいな手相占い。
「よくわかりましたよ先輩」
日比乃は顔をあげて、虫眼鏡を机の上に置く。
今年彼女ができるかどうか、か
望みは薄いだろうな。
モテるような顔じゃないし、面白い話ができるわけでもない。
そもそも基本的に女子とつながりがない。
クラスメイトの女子の半分以上と話したことすらないのだ。
なんなら名前も知らない人もいる。
そんな状態でいったいどうやって彼女ができるというのだろうか。
まあ唯一仲がいいと言えるのは、目の前で俺の手を握っているこの後輩くらいか。
「それじゃあ恋愛運を占った結果を言いますね」
日比乃は俺の手を握ったまま笑顔で述べる。
結果がわかったのならもう手を握る必要はないんじゃないかと思うが、まあ俺も口に出したりはしない。
日比乃の手の感触がして気持ちいいからな。
俺の手をにぎにぎしつつ、日比乃はこう結果を告げた。
「ずばり先輩は年下の彼女ができるでしょう!」
「……はあ」
日比乃はいつも俺をからかう時の、にやにやした笑顔でいる。
その反応と先ほどの言葉に、俺は少し期待を外された感があった。
手相占いというものにちょっと期待してたけど、やっぱりこういうことになるのか。
「年下の彼女って。どうせお前のことだろ? またいつものやつかよ」
「へ?」
「俺は年下の女子の知り合いお前しかいないし、俺が好意を抱くとしたらお前くらいなもんだしな」
「あ、あの、先輩?」
まあ、どうせまた俺のことをからかっているんだろう。
おそらく「年下って言っただけで私のこと想像しちゃったんですか? 先輩ったら私のこと好きすぎ―!」とか言って笑うのだろう。
こいつの反応は目に見えている。
「先輩。あの……」
ん? なんだか様子がおかしいな。
いつもならここらへんで大きな声で笑いながら俺のことをいじってくるのに。
全然声をださない。
むしろ小さい声で呟いている。
というか、日比乃が全然笑っていない。
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしながら上目遣いでこっちを見ていた。
「い、いまのってもしかして、告白ですか……?」
「え?」
こ、告白?
俺が?
なんでそんなことになっているんだ。
俺は自分の言動を思い返してみる。
『年下の彼女って。どうせお前のことだろ?』
『俺は年下の女子の知り合いお前しかいないし、俺が好意を抱くとしたらお前くらいなもんだしな』
ああああ!
確かに告白っぽいこと言ってる!
うん? 言ってるか?
まあ捉えようによっては告白と言えなくもないな!
ちょっと遠回しだけどな!
「い、いえ! 違いますよね! そうですよね!」
日比乃はさらに顔を真っ赤にしながら、首をぶんぶん振って自分の考えを否定していた。
なんだろうこの展開。
いったい何がどうなっているんだ。
なんでこいつがあせっているんだ。全部こいつの筋書き通りじゃなかったのか?
「あ、あーあー! 私、なんかちょっと用事思い出してしまいました!」
日比乃は急いで荷物をかばんにしまって、パソコンの電源を落とす。
「じゃ、じゃあ、先輩! 今日はこれで失礼します!」
そういうと、日比乃は足早にパソコン室を出ていった。
後に残されたのは、急な展開についていけずにポカンと呆けている俺ひとり。
たぶん予想外のことが起こって、それで焦って帰ってしまったことはわかる。
でもそもそも、あいつは一体どういう展開を想像していたんだよ。
そしてどういう展開に持っていきたかったんだよ。
急に手相占いをやり始めたかと思ったら、急に帰っていきやがった。
まあ俺が告白まがい(?)のことをしたせいでもあるんだが。
今日の日比乃は、いつにもましてわからない奴だった。
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