かたりさん
ある日の放課後、私は教室に一人でいました。
「ねぇ、一緒に帰らない?」
教室にいたのは確かに私一人でした。驚いて声のする方を見ると、一度も見たことのない女子生徒が立っていました。艶やかな黒髪と色白の肌、瞬きする度に音が聞こえてそうな長い睫毛にふっくらとした紅い唇。同性の私でさえうっとりと見つめてしまう彼女の美しさに思わず頷いてしまいました。
「あの、貴女」
「私はかたり、物部かたりよ」
「かたり、さん。私達、会ったことありましたか?」
「そんなこと気にしないで。私は貴女と帰りたいの」
彼女の細く長い指が私の指に絡んで、そのまま手を引かれて教室を出ました。
校門を出るまでかたりさんは何も話さず、ただ私の手を引いて歩き続けていました。
「ねぇ、こんな話知ってる?」
突然ニヤリと笑って私に話しかけてきます。
「『泥棒少女』」
「ど、泥棒?」
急に胸が苦しくなりました。私は様子に気付いていない彼女は話を続けます。
「昔々あるところに少女がいました。少女は大人達に大切に育てられましたが、少女はそれを退屈だと感じていました。少女は刺激を求めました。そしてある日、少女は万引きをしてしまうのです」
かたりさんに握られた手が熱くなります。痛くて堪りません。
「万引きは少女にとってとても刺激的なものでした。お金を払わずに物を手に入れることがこんなに心を躍らせるなんて……。少女は心を満たすために万引きを繰り返しました」
あぁ、なんて胸が苦しいんでしょう。今すぐに耳を塞ぎたいのに体が震えて動けません。
「そのうち少女は万引きだけでは物足りなくなってしまいました。そこで今度はお店からではなく、人から物を盗むようになったのです」
「や、止めて、お願い、止めて」
「まず最初は家族から、次にクラスメイト。少女は自分が盗んだことで困ったり悲しんだりする相手の顔を見るのが堪らなく好きになっていきます」
「止めて、止めて!」
「そして、今日も少女はクラスメイトのロッカーの中から」
私の鞄が開きます。その中に私の物は入っていません。全て誰かの名前が書かれた物です。
そう、『泥棒少女』は私のことなのです。
「いやあぁぁぁぁ!」
手が熱い。痛い。熱い。痛い。
私の手は、真っ赤に腫れ上がっていました。
「ごめんなさい!もうしません!もうしませんから!」
「あら、何を謝っているの?」
かたりさんはクスクス笑っています。
「私はただ話しただけ。ただ『泥棒少女』の話をしただけよ。ただ、それだけ」
それから私は目眩に襲われて、笑うかたりさんを見ながら意識を手離しました。
それから暫くしてこんな噂話を聞きました。
「放課後、教室に一人で残っているとかたりさんが現れるんだって。かたりさんはその人が知りたがってる『本当の話』をしてくれるらしいよ」
『本当の話』。それが私にとっての『泥棒少女』だったのでしょう。見て見ぬ振りをしてきた本当の私、それが『泥棒少女』の私。
私がその後どうなったかと言うと、結局私が泥棒であるということは誰にも言えないでいます。
しかし、もう泥棒はしていません。なんせあの日腫れ上がった手は未だに元に戻らず、日常生活に支障が出ているのですから、もう泥棒をするどころではなくなってしまったのでした。
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