翌朝。

 起床すると、カーテンの隙間から、強い日差しがちらついていたから、寝すぎてしまったのかと時計を見たが、そんなことはまったくなくて、いつも平日に起きている時間だった。しかし今は、冬季の連休中だから会社は休み。休日くらいのんびり寝ていたいが、日々の習慣は中々抜けるものじゃない。


 カーテンを引き、窓から空を見上げてみると、雲一つない快晴だった。暖かい日差しに誘われて窓を開けると、思いの外冷たい空気が入り込んできた。風景とは裏腹に、外は冷えているらしい。外は静かで、ただ日の光だけが降り注いでいる。冬の太陽は木漏れ日のように優しい。


 そんな静かな朝は、夢のように霧散する。

 階段を駆け降りる、危なっかしい音。廊下もあっという間に駆け抜けていく。ヨシヤが起き出して、リビングへ向かったんだろう。

 朝から元気だ。何かいいことでもあったのだろうか? と独り惚けてみる。惚けても独り。そして今から更に惚けなくちゃいけない。

 あの騒ぎに私は関知していないのだと、自分自身に言い聞かせる。ヨシヤのあの嬉しそうなのは私の与り知らぬこと。

 すべてはサンタクロースのしわざ。


 一つ伸びをして部屋を出る。リビングに向かうと、そこにはヨシヤとユミコがいて、2人でテーブルを囲んでいた。私は2人に近付いていく。テーブルの上にはプレゼントボックスが2つ置いてあった。


 緑の箱と赤い箱。

 緑の箱には、ヨシヤが元からサンタにお願いしていた、キックライダーの変身ベルトが入っている。 

 もう1つの赤い箱の中には、サンタクロースのオススメの品。

 私に気がついたヨシヤは、挨拶の代わりに満面の笑みを寄越した。

 まだ箱を開けてもいないのに、そんなに笑ってしまっていいのかと思う。1つの箱は必ずヨシヤが喜ぶもの。だけど片方はそうとは限らない。がっかりしてしまうんじゃないかと少し不安になる。

 ユミコまでが無言で目配せしてくる。

 今日の我が家においては、――箱があるよ。あっ本当だ――という目配せが、おはようの代わりらしい。    


「開けてみたら?」


 充分な目配せの後、ユミコがそう切り出した。


「よーし!」


 そんな掛け声と共に、ヨシヤがまず手を伸ばしたのは、緑の箱の方だった。リボンを解き、包装紙を剥がした。


「やったー!」


 中身を見るや否や、ヨシヤはそれを抱き寄せ声を上げた。素直に喜ぶ姿が愛らしい。さっそく箱から取り出し、腰に巻いて、ベルトを光らせていた。それに合わせて、ピコピコと鳴る電子音。ポーズを決めて、ヨシヤは叫んだ。


「変身!」


 それからしばらくの間、ヨシヤと私はヒーローごっこに興じた。もちろん私はやられ役。やっぱり私の感覚は古いようで、ヨシヤにいろいろと注文を受けた。最近の悪者は、気の利いたことの1つも言えないと務まらないらしい。

 ユミコといえば私たちの様子を眺めながら、的外れな実況をしていた。格闘技の実況と、料理番組の解説を足して割ったような、とでもいえばいいだろうか。

 ベルトの機能を一通り試して、ヨシヤも満足したのか、ヒーローごっこはお開きになった。


 そして私たちは再度テーブルを囲む。

 テーブルの上には赤い箱。

 箱の中身は、それを開けるまでは分からない。それが綺麗に彩られた箱なら尚更だ。

 ヨシヤは景気付けなのか、ベルトを一つ光らせて、箱に手を伸ばした。

 ピコンピコンと鳴るベルト。赤い光沢のある箱。結ばれてるのは緑のリボン。

 赤と緑。クリスマスのアイコンのような色。

 種も仕掛けもないはずの箱。

 鳴り止まない変身ベルト。


 世の中に種も仕掛けもないはずで。不思議なことなど何もない、そんな顔していた誰かはもういない。だから知らぬ間に、世の中は種と仕掛けだらけになったのだろうか。

 ずっと終わらないクリスマス。あの時からずっと夜だった。赤と緑がちらついて。クリスマスソングが鳴っていて。街の物陰にはサンタクロースが常にいて。クリスマスは幻想の国。赤と緑は幻想の色。


 でも、あの日から続いていたクリスマスは、今日で終わりだ。

 私を取り巻いていた幻想は、今日で消える。包装紙が破られるようにあっさりと。どんなに怖いこと、奇妙なことにも、必ず種と仕掛けがある。だけどそれを解くまでは、それは確かに本当のこと。

 物事には必ず終わりがある。そして同じように、必ず始まりがある。

 新しいクリスマスは1年後だ。今まであんなに憂鬱だったクリスマスも、半年もすれば待ち遠しくて堪らなくなっているに違いない。

 小さくなってしまった服は脱ぎ捨てて、新しい服を着よう。ヒーローが変身するみたいにポーズを決めて、自分はこれから変わるのだと唱えよう。


「おっ! 服だ!」


 箱の中身を取り出し、ヨシヤは言った。


「服か。ふーん。まさか服とはね。予想外! 考えもしなかった!」


 ヨシヤは頻りに、プレゼントを広げたり裏返したりしている。 


「こういうのなんて言うんだっけ?」


 ユミコがそれに、


「コートよ」


 と答えた。

 それはコートの中でもダッフルコートで、トグルとループで前を留める。


「なんか大人って感じだね。チャックとかボタンと違って、いい加減な感じ」


「いい加減?」


 と私は笑った。


「チャックみたいに完璧じゃないでしょ? それがなんか大人って感じ」


「そ、そうか?」


 確かにいい加減といえば、いい加減だ。緩く留めるから、簡単に着られるし、脱ぐことができる。手袋をしていても、手がかじかみ震えていても。

 ヨシヤはコートの検分を終えると、コートに袖を通した。トグルをループに掛け、前を留めると、胸を張った。そのまま、得意げな顔をして、


「これがおすすめって奴か、悪くないね! キックライダーもこんなの着てたし」


 何でもキックライダーの主人公はかっこつけらしくて、少しくらい暑くてもコートを羽織っているのだとか。


「夏でも着るよ!」


 それを聞いたユミコは、困ったような顔をしながらも笑っていた。

 ヨシヤはコートの前を解き、袖から両腕を抜くと、コートを肩がけにして、ポーズを決め叫んだ。


「変身!」 

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