夜明けの晩に、意識を背後に向けながら
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先日ヨシヤと一緒に訪れたショッピングモールに、私は足を運んだ。前回は、満足に店内を見て回れなかった。じっくりと探せば何か見つかるかもしれない。
ショッピングモールの中は、相変わらず人でごった返していた。
立ち並ぶ、様々な店舗。雑貨屋、飲食店、服屋、楽器屋、どこも人で溢れ返っている。照明は、まるで夏の野外のように、辺りを明るく照らしている。軽快なクリスマスソング、人の話し声、店員の甲高い声。
バックヤードへ続く通路だけが、ぽっかりと口を開け、人気がなく静かだった。無機質な通路に、無愛想な蛍光灯の明り。バックヤードの方がよほど快適そうだ。一瞬、立ち入りたい衝動に駆られる。何があるわけでもないだろうに。でも何故だか引き込まれる光景だった。
歩く内、書店に行き着いた。やはりいつもよりも人が多い。でも他の店に比べればましだった。絵本のコーナーへ向かう。
ジンジャーブレッドマン。
その絵本はすぐに見つかった。
手にとり、ページをめくる。
逃げるジンジャーブレッドマン。それを追い掛ける登場人物たち。
笑顔、淡い風景、平仮名ばかりの分かりやすい文章、詩のような、歌のような、そして残酷な結末。
何度か読み、棚にもどす。
後ろから笑い声が聞こえ、振りかえる。
でも、誰もいない。
顔を上げて辺りを見まわす。
遠くの人集りの中に、父の顔を見た気がした。そんなわけはないのに。他人の空似。そもそも父の顔なんて、もうあまり覚えていないじゃないか。
昔、親に似てると言われるのが、嫌だった。
目許が、鼻が、口許なんかが特に、そう言われる度、何だか無性に腹が立った。
自分だけじゃなく、親が誰々に似てる、そんな話も、何だか嫌な気持ちになった。あそこの人、あの女優さん、あの芸人さん、この政治家、あの人、目が、鼻が、雰囲気が。その度、全然、似てないと思った。
でも両親が死んで、しばらくするとそれが変わった。
誰も彼もが、父や母に似ているようと感じるようになった。似てないのに、似てるはずないのに、何だかそう思えてくる。
最初、自分は父や母の顔を忘れてしまったんだと、悲しくなった。でもそれが段々と好ましさに変わっていった。
父や母も、老けたらこんな顔になったろうか、生きていたらこんな感じだったろうかと、そんなことを思うようになった。面影のある人と話していると、何だか両親と喋っているような錯覚に陥った。それらがすごく好ましかった。
本当にそっくりな人なんてまずいない。
でも今見た人は、すごく父に似ていた。動悸がしてくる。息が詰まる。私は思わず駆け出していた。
その人は背を向けて歩き出していた。追い掛ける。でも人混みが邪魔で、なかなか前に進めない。人がさっきよりも増えている。
頭上でアナウンスが流れる。クリスマスのイベントのお知らせ。クリスマスショー。クリスマスへようこそ。サンタクロースがやってくる。そんなアナウンス。
ああ、だからこんなに人がいるのか。
その時、その人がこちらを振り向いた。父の顔そのもの、そう感じた。その人はまるでこちらに気が付いたとでもいうように、はっとした顔をして、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
父のはずがない。でもこちらを見ているとしか思えない。そのまま人混みに流されていく、身を任せるように両手を広げながら。それとも、こっちに来い、ということ? 視界がぼやけてくる。いつの間にか涙が出ていた。その人は波に押し流されるように遠ざかっていく。でも私は少しも進めない。それどころか人混みに押し戻される。
満面の笑み。それが遠くなる。照明が涙で反射して、視界は益々ぼやけていく。眩しくて堪らない。涙を瞳から流し切ろうと、目を強く瞑った。
目を開けると、その人は消えていた。
自然と笑みが溢れる。乾いた笑い。夢から覚めたような、感覚。
身体から力が抜ける。そんな私を、人混みはすぐに吐き出した。私はある店の前にいた。入ったことのない店だった。自然と脚が動いた。吸い寄せられるように店に入る。
そして見て回る内に、これだというものを見付けた。
手にとるそれは、何となく、好ましく感じられた。
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