翌日、私は街に出掛けた。

 ヨシヤとユミコは、近所のヨシヤの友達の家に行くそうだ。母親同士も仲がよくて、よくお互いの家を行き来していた。

 街は、朝からたくさんの人々が行き交っている。

 クリスマスはもう間近だ。いい加減に、ヨシヤへのプレゼントを決めなくてはいけない。


 サンタ、おすすめのプレゼント。

 妻に相談してみるも、まるで取り合ってもらえない。しまいに妻は『晩御飯に何が食べたいか聞いてるのに、何でもいいって返される気持ちを味わえ』と高笑いを上げていた。

 当てもなく歩く。クリスマスソングが街中に流れている。どこもかしこも楽しげなメロディと鮮やかな色彩で溢れている。


 とにかくクリスマスには、大量の物が出回るものだと、店を回る内にそう思った。クリスマスだけの小物、ファッション、食べ物に、装飾に。

 物だけじゃない、クリスマスソング、クリスマスが題材の映画に小説、などなど。

 クリスマス関連のもろもろすべてを集めたら、一つの国さえ作れそうだ。

 などということを考えていると、いつの間にか、見知った店の前を通り掛かっていることに気が付いた。

 クリスマスの前に一度、行かなければと思っていた。丁度いい、今日済ませてしまおう。


 店に入ると華やかな香りが出迎えてくれた。季節を飛び越えたような、四季折々の香り。

 ここは家の近くの花屋。

 常連というほどではないが、ここには昔から通っていた。 


「あっ、加納さん、いらっしゃい」


 と花の陰から声を掛けられた。こちらに向かってくるのは、若い女性の店員。こちらの名前を覚えてくれているが、私の方は名前を知らなかった。着ているエプロンに、でかでかと名札が下がっているが、珍しい名字で読み方が分からなかった。だから会うと、ちょっと後ろめたくて、少しの罪悪感。


「今年は来るの遅いから、他の店に浮気したかと思いましたよ」


 彼女の声は、まるで猫の鈴のように楽しげだ。


「色々あってね」


「うわ、意味ありげですね、浮気はふっとした瞬間~」


 愛想よく彼女は言う。若いのに物怖じもせずに、若いというより幼いというのが本当のようなのに、大したものだと思う。他に何人か店員がいるが、余り愛想がいいとはいえなかった。特に店長らしき人は目付きが悪くて、目を向けられただけで『邪魔』と言われているような気さえしてくるほどだった。

 彼女のお陰でこの店は持っているんじゃないか、と思ってしまうくらいだ。


「いつものように、寒さに強い花を?」


「ああ、適当に見繕ってください」


 花の良し悪しが分からないのでいつもこうだ。これだって、おすすめか。彼女は迷うことなく花を選んでいく。さすがプロという感じだ。おすすめはプロの為せる業。


「お待たせしました。まぁ、寒さに強いといっても、この子たちは温室育ちですから、限度はありますけどね」


「ああ、なんだか悪いね。折角、選んでもらっても、すぐに……」


「いいえ、嬉しいですよ。どんな形でもお花を何かに使ってもらえたら。私も、この子たちも」


 彼女はカウンターに置かれた花の包みに目を落とし、話をつづけた。


「それよりも、どうして真夏にお墓参りすんだって、私は思いますね。いや、嬉しいんですよ? でも、それこそすぐに枯れちゃうじゃないですか。水が茹だったら、お花はいちころじゃないですか。花を扱うものとしては、春か秋にしてほしいなと思うわけですよ。長持ちするし、いい花がたくさんあるし。あれですかね、すぐに枯れてしまう感じがいいんですかね? 儚げで」


「元々、お盆は初秋にやってたって聞いたことあるけどね」


「どうしてこうなった!」


 彼女は、地団駄一つ鳴らしながら、腹の前の虚空を拳で殴った。


「さぁ、どうしてだろう……。元々お盆は、日本に元からある行事と、仏教の行事を一緒にしたっていわれているし……。そういう行事はなるべくまとめて、休みの日に一気にやってしまおうって感じなんじゃないかな。そういうのは、どうしても楽な方へと流れるものだし」


「ほえー。博識ですね。確かにハロウィンやら、クリスマスやら、ごちゃ混ぜなイベントが多いですよねぇー。あっ、あと、あれだ。クリスマスが誕生日だと、プレゼントをひとまとめにされちゃう、とかありますよねぇー。ロマンチックではありますけど、やっぱり花より団子ですよねぇー。花屋の私が花より団子なんて言うのもあれですけどねぇー」


 プレゼントという言葉で思い付き、彼女に息子へのプレゼント選びで悩んでいることを話してみた。


「息子さん、もしかして、クリスマスが誕生日なんですか? 本当に?」


 と何故か嬉しそうな彼女。


「いや、そうじゃないんだけど……」


 私は事情を話した。


「おすすめですか……」


 と腕組みする彼女。目を瞑り、口の中に空気を溜めて、下唇の下を膨らませている。しばらくして、ぽっ、という破裂音をさせて口を開いた。


「まぁ、息子さんのこと、知らないんで何ともいえませんけど……。おすすめ……。意外性を求めてるんですかねぇ……。普段使いで大人っぽいもの……。うーん。逆に思いもよらずの……。うーん。あっ。ペットなんてどうですか? ペット」


「ああ……。家はペット、だめなんだよ……。前にお願いしたんだけど、だめって言われてね……」


「だめ? ああ、奥さんにですか、それじゃあだめですねぇ。……じゃあトランペット! 将来、世界を飛び回る奏者になるかもですよ」


「トランペットは家にあるんだ」


「あるんすか!」


「父親が音楽とか好きな人だったんだよ。他にも家にそのまま置いてあるんだけど、息子はあんまり興味ないみたい」


「ドと、レと、ミの、おとがでな~い」


 と彼女は残念そうに歌った。


「その歌の楽器はトランペットだったっけ……?」


「……まぁ、加納さんが一生懸命選んだなら、息子さんも許してくれるんじゃないですか?」


「それが……サンタへのお願いなんだ」


「それは責任重大ですね……。だとしたら……」


「だとしたら?」


 彼女は右手の人差し指を、天井に向けて立て、言った。


「サンタさんに聞くしかないですね」


 サンタは雲の上にいるのだろうか。それともまさか天国に?


「サンタさんを降臨させるんですよ」


「降臨?」


「そうです。童心に帰って、サンタさんを信じていた頃のことを思い出すんです」


「……」


「何が欲しかったのか、何に憧れていたのか。

 子供の頃の、あの日のことを思い出すんです。

 そしてあの日のサンタさんのことも。まぁでも結局、一番大事なのは真心ですよ」

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