私は目を開けた。

 いつの間に眠ってしまったのか、私はソファに横になっていた。身体にはブランケットが掛けられている。ユミコが掛けてくれたのだろう。まだ夢の中にいるようにぼんやりする。今日、何をしたのかも思い出せないくらいだ。


 部屋の照明は落とされていた。テレビだけがぼんやりと光っていた。翌朝まで放送はない。そんなテロップが流れる。映し出される自然の風景。綺麗な空や森は夢のように遠い。逆に渓谷の暗がりがとても近くに感じられる。


 眠い。身体がどうにも動かせない。横になりながら私は、ぼんやりとその渓谷を眺めつづけていた。

 頭に浮かぶのは昔の記憶。

 霞のような夢の残り香。


 こんな妄想をした。これは妄想だから、もしもの話。


「妹には名前が付けられなかった」


 出し抜けにユミコは言った。

 場所は大学の図書館。ユミコは学生の頃の若い姿だった。それはそうだ。卒業してから2人で大学に行ったことなど、一度もなかったのだから。

 ユミコは窓辺のいつもの場所で、椅子に腰掛けている。

 図書館は薄暗かった。カーテンがすべて閉め切られていた。こんなことは今までなかった。もしかして閉館時間を過ぎているのだろうか。


「今、何時?」


 私は言った。間延びした声だった。


「時間? そんなの忘れた方がいいわ。忘れさえしたなら、時間は止まるか、飛んでしまうのだから」


 どこか軽蔑するような物言い。苛立ちさえ混じっているよう。それきり、ユミコは口をつぐんだ。

 夜なのか、それとも曇っているのか、カーテンの隙間には光の気配すらない。

 沈黙に耐えかねて、私は口を開いた。 


「いつもここにいるけど本が好きなの?」


 現実でもこんなことを言った覚えがあった。確かそのときのユミコは、むっつりと黙っているだけだった。だけど妄想の中のユミコは返答を寄越した。


「そうでもないわ」


「そうなの?」


「だって怖いじゃない?」


「怖い?」 


「ええ。たくさん本があるけれど、そのほとんどは死んだ人の書いた本でしょ」


「そうなのかな……」


「例えば……そこには偉人の伝記が並んでる」


 いつか私を慰めてくれた偉人たちの書。

 発明家に、革命家、救済者に、芸術家。

 偉人の人生はどれも個性的で、凡人とは生態すら違うかのよう。凡人と天才の隔たりは大きい。そしてそれ以上に、天才と天才の隔たりは大きい。偉人たちを比べてみると、まるで違う生き物のよう。


「生まれた日付に、死んだ日。人生の縮図。人生の概要。そして、その言葉。死んだ人の生まれた日には、不思議と関心が向かないものよね。場面や、何を成したのかも重要だけれど、伝記を読んで心に残るのは、やはり言葉よね。

 死んだ日と言葉。まるでお墓みたい。過去の断片を紙に綴じて、こうしてしまっておく」


 ユミコは詩でも読むように、滑らかな口調で言った。抑揚があるのにそれを感じさせない、声よりも唇が多くを語っているように感じる。声と唇が一致しない。唇がひとつよけいに動く、奇妙なずれ。

 唇がまた動く。


「図書館は過去の館、いいえ、図書館は死者の国」


 唇、なぜ踊る? 主の言葉が分かるの? それを聞いて、どう感じたの? そんなに赤くなって恥ずかしいの? それとも、興奮しているの?


「そうよ。死者、死者の話。妹の話だったじゃない」


 ユミコは言いながら、不思議そうに小首を傾げた。教えてくれないなんてずるいわ、とでも言いたげな顔。


「どうしてそんな話になったんだっけ」


「どうしてって、貴方が聞いたんじゃない」


「えっ?」


「教えて教えて、私に教えて、って言って」


 子供のようなあどけない口調。でも目は真剣で、冗談なのかどうか測りかねる。


「恋人同士なんだから秘密はいけない。包み隠さずすべて話すのが愛だよって、貴方が言ったんじゃない」


「恋人?」


「ええ」


「恋人になってから一緒にここに来たことあったっけ?」


 ない。

 ユミコと親密になってからは、あまり図書館では会わなくなった。ましてや恋人になってからは一度もない。

 何よりユミコが妹のことを話してくれたのは、付き合って、年月がずいぶん経った後のことだ。


 ユミコから話してくれた。

 私が心の中で、ユミコと一緒に生きていきたいと考えた頃のことだ。ユミコは私の決意を感じてくれたんだと思っている。だから話してくれたんだと思っている。それは恋人になってから話したこと。


 この図書館と、ユミコの告白は、私にとっては遠く隔たったものだ。

 ユミコは息を小さく吐き、微笑みを浮かべた。その微笑みはどこか奇妙だった。微笑みが、ずれている。全体が一様にずれているから、辛うじて微笑みに見えるだけ。

 その表情を言葉にするなら、いちいちうるさいわね、だ。いちいちうるさいわね。そんな顔。その顔のままユミコは、


「ううん気にしないで。私と貴方は付き合ってなんていない。それは当たり前のこと。だって、このあいだ会ったばかりなんだから。そんな仲になるわけない。そうだよね?」


 いちいちうるさいわね。

 ああそうか、これはもしもの話なんだ。

 いちいちうるさいわね。

 楽にしていいんだ。

 いちいちうるさいわね。


「妹には名前が付けられなかった」


 ユミコは最初の言葉を繰り返した。微笑も消え、表情は真剣そのもの。今までの話がなかったような、冒頭の繰り返しそのもの。


「それで?」


 私は言った。


「多分、それがいけなかった」


「それから?」


 苛立ったユミコの顔。しかしそれはすぐに消える。それからユミコは、私に相槌を許さないくらい、一息に言葉を並べた。歪んだような声。バランスのおかしい、狂ったような声。狂って調子の外れたラ・ヴェルのボレロのようだ。百人の指揮者が一人の奏者に指示を出している。辛うじて成り立っているのは、すべてが狂っているからだろうか、それとも、百人の指揮者、または奏者、でなければその両方が、天才だからだろうか。

 ぽつぽつと、だけれど、とうとうと。徐々に声量が増していき、狂いもだんだん増していく。

 オーケストラは、まずはお辞儀から。してしまったら、もう後には戻れない。


「妹には名前が付けられなかった。多分、それがいけなかった。両親がいつか言っていた。実際に赤ん坊の顔を見てから、考えたかったんだって。いっそ名前を付けてくれていたなら。

 妹には名前がない。名付けられる前に死んだから。産まれてすぐに死んだ子供に名前を付けることが、どうしても出来なかったんですって。特に母親がそうだったみたい。それに双子だったから不吉に感じたんだって。両親は私をひとりっ子ということにした。そうやって両親は、努めて妹のことを忘れようとした。私だって忘れようとした。両親のことを思えば、思い出させない方がいいと思った。……だけど周りの人たちは何故かそうしなかった。何かにつけて妹を引き合いにした。

『妹さんの分も幸せに生きなくちゃ』って言葉を何回聞かされたことか。それを言う人たちの顔が頭から離れない。……満足そうで、私はとてもよいことを言ったというような顔。妹さんは不幸で、私は幸せ。確かにそうね。でも……。私は妹の分まで生きなくちゃいけないの?

 妹には名前がない。だから妹は妹。トートロジー。でも実際にそうとしか言えない。あの子、なんて気安く呼ぶことはできない。たまに口にしてしまうときもあるけれど、自分で言っていてひどく白々しい。違和感しかない。だからやっぱり妹は妹。

 妹には名前がない。妹は妹。だから妹は、妹という役割そのもの。妹は妹。妹の名前は妹。妹には名前も姿もない。そう、だから妹は妹。妹は妹だから、自由なの、妹だから。妹という存在だから、妹は何処へでも行けるし、現れる。だから、妹は妹という外套だけの存在。妹は妹の外套を着てる。親は親の外套を着てる。子供は子供の。救急医は救急医の。左官屋は左官屋の。建築屋は建築屋の。学生は学生の。姉は姉の。でも妹は外套だけ。

 外套だけで宙に浮かんで、私にささやく。妹はささやく。――着せ替えっこしてあそばない? ――おさがりをちょうだい? ――あたしを着てみる? ほら、ここに、腕をいれて? そう耳許で。

 妹は外套。だから誰かに着られて現れもする。遠くの方に後ろ姿で現れる。近くなら一瞬の刹那、顔を出す。子供の姿で、少女の姿で、学生の姿で、大人の姿で。私とおんなじ顔をして。

 妹はずっと前に死んでいる、なのに、生きているとしか思えない。妹は墓の下にいる。だけど埋めたからって魂もそこにあるとは限らない。私も嫁がず死ねば、一家のあの墓に埋められる。もしも、骨を交ぜられたらどうしよう。叫べばいいのかしら、山猫みたいに? 骨になったなら、叫び声すらあげられない。

 妹は誰かの声を借りて、語りかけてくる。

『そっちはどう?』

『生きているって、どんな感じなの?』

『生きるってどんな感じ?』

『生きるって』

『どんな感じ?』

『ねぇ?』

 誰かの独り言で、何処か遠くの叫び声で、喧騒の中の笑い声で。

 私が答えないものだから、妹は質問ばかり。子供がするような質問攻め。

『人間って何?』

『あたしって何?』

『人間って何?』

 トートロジーじゃ、子供は満足させられない。

『人間って何?』

『動物って何?』

『生き物って何?』

『たんぱく質って何?』

『有機物って何?』

『物質って何?』

『原子って何?』

『あたしは誰?』

『あたしは何故?』

『あたしは何処?』

『神様って誰?』

 子供の質問攻めに応えられるのは神様だけ。ほんの小さな子供なら、親の手に負えるけど、少し成長したなら、子供の思考には神様がちらつきはじめる。答えが得られないから。真理を得られないから。満足できないから。得られない答えが神をつくる。得られない真理が神をつくる。

 どこにもないのなら、そこにあるしかありえない。

 妹はささやく。教えて。

 分からないから問い掛ける。教えて。

 満足したいから。教えて。

『生きてるってどんな感じ?』

 教えて教えて、私に教えて。

 徐々に声が大きくなり、涙声の不快そうな声に。

 教えて教えて、私に教えて。

 もうこれは子供の声のそれじゃない。かといって大人の声のそれでもない。なら、いったいこの声はなんのそれなの?

 この声は何のそれ?

 何のそれなのこの声は?

『ねぇ? 早く教えて?』

『替わりに、死んでるを、貴女に教えてあげるから』

 私には答えられないから。ましてや、そんなこと教えてほしくないから。私はいやいやをする。小さな子供の反抗期みたいに。いやいや。いやいや期みたいに。いやいやを。その頃の子供は何でも自分でやりたがる。でも私はやりたくなくて、いやいやを。子供はやりたくて、いやいやを。

 いやいや、自分で食べる。

 いやいや、自分で片付ける。

 枕詞に、いやいや。

 いやいや、自分でおしっこ。

 いやいや、自分で買い物。

 あいさつ代りに、いやいや。

 いやいや、自分でするの。

『いやいや、自分で着替える』

 教えて教えて、私に教えて。

 教えて教えて、私に教えて。

 子供がいやいや期になるのは、意志が芽生えるから。

 いやいやは、意志の証。

 見たい、やりたい、知りたい。

『いやいや、あたしも生きてみたい』

 したい、やりたい、ほしい。

 自分で、自分が、自分も。

 あたしも。

『ほんの少しの間だけ、私に、お姉ちゃんの肩を貸してくださらない? 身体を貸して? こっちに来て? 遊びましょうよ。おままごとして遊びましょうよ。ほら、ここに、私の前に座って、ああ、その前に戸を閉めて、ああ、実際に戸はないけれど、あると思って閉めて、そういう体で戸を閉めて。人形で遊びましょ? だから、戸を閉めて、ここを家だと仮定して。早く戸を閉めて。ここを2人の部屋だと思って。2人だけの2人の部屋。貴女と私の部屋。早く遊びましょ? 着せ替えっこして遊びましょ。戸を閉めて。戸を、戸を閉めて。閉めて、早く戸を。貴女のおさがりが欲しい。戸を。新しいのは要らない、欲しくない。早く。貴女のが欲しい。早く。替わりに私の服をあげるから。交換しましょ? お互いの服を試着していきましょ? 洋服屋さんごっこで遊びましょうよ。閉めて閉めて、早く戸を。恥ずかしいの? なら人形で練習しましょ。人形で着せ替えっこしましょう。だから、早く、戸を閉めて。ふたりっきりで遊びましょう。だから早く。戸を閉めて、戸を閉めて。戸を。戸を、戸を、戸を。戸を。

 戸戸、戸、戸、戸、

 戸戸、戸、戸、戸。

 戸を閉めたら音が鳴る。きっと気持ちいい、小気味よい音が鳴る。

 戸っという音が鳴る。

 戸を閉めたら音が鳴る。

 とにかく、戸。

 まずは、戸。

 早く、戸。

 戸、戸。

 戸。

 戸戸、戸、戸、戸。

 ドアノブ引いて、戸。

 ドアノブ押込み、戸。

 風に吹かれて、戸。

 出入りの度に、戸。

 戸という音が鳴る。

 開けっ放しはよくない。だから、戸。

 それがマナー。だから、戸。

 戸を開くのは、人と風を通すため。何もないなら戸を閉めて。

 不意に戸。

 意図して戸。

 素早く開け閉め、戸戸。

 目にも止まらぬ、戸戸。

 リズミカルに、戸戸、戸、戸、戸。

 戸で音楽を奏でよう。

 子供みたいな反復行動。面白くて。戸戸。愉快で堪らず。戸戸。飽きもしないで。戸戸。何度も。戸戸。

 フェイント入れて、……戸。

 たまに単発で、戸。

 たまに連続で戸戸、戸戸戸。

 はっと気付いて、戸。

 調子をとって、戸、戸、戸。

 戸が閉まると音が鳴る。音が鳴って戸が閉まる。

 部屋に響く音。それは戸。だから戸。震える戸。伝わる戸。振動が音になる。音は振動。そして、それがまさしく戸。戸は戸。

 戸は戸。戸のトートロジー。

 戸は戸である。それは当たり前のこと。

 戸は戸。うん、分かる。

 戸は貴女。えっ?

 戸は戸。うん、うん、分かる。

 戸は貴女。えっ?

 戸は戸。うん、分かる。

 貴女の中には私がいる。えっ?

 戸は戸。反対に、戸は戸。同じように、戸は戸。入れ換えても、戸は戸。下から読んでも、戸は戸。当然、上から読めば戸は戸。無意味な言葉遊び。無意味なトートロジー。

 上から読んでも、下から読んでも、戸は戸。

 戸『と』戸。

 貴女『と』私。

『と』は関係性を示すもの。そして生み出すもの。それは助産師みたいなもの。母親から子供を引きずり出して、対面させる。ほら、お母さんだよ。元気なお子さんですよ。貴女が産んだんですよ。あの人から産まれて来たんですよ。

『と』は何でも繋げてしまう。誰かと誰かを。自身さえも。私と私。貴女と貴女。

 じゃあ、『戸』は? 戸は漢字。音が込められている。意味が込められている。古いもの。昔からあるもの。

 戸は象形文字。つまり、戸は、戸の形から生まれた。戸が最初にあったのではなく、戸の形が最初にあった。戸は、戸から生まれた。

 鶏が先か、卵が先か。因果のジレンマ。どちらが先に生まれたのか、それは誰にも分からない。あのハンプティ・ダンプティにだって、分からない。塀に座って考えても、ふくわらいをしながら考えても、何も分からない。誰にも証明することはできない。

 どちらにしても、答えは、戸。それは間違いのないこと。二択なのだから。

 答えは、戸。これは真理。戸は戸から生まれた。これで正解。

 戸は戸であるというトートロジー。真理はトートロジーでしか示せない。答えはトートロジーの中にしかない。我思う、故に我あり、の真。

 戸は開くもの。

 戸は閉じるもの。

 戸は繋ぐもの。

『と』と同じようにすべてを繋ぐ。固い壁を抜けるためのもの。壁の意味をなくすもの。壁を少しだけ、やさしくしてくれる。

 だけど、ひとたび戸を閉めたらなら、それは壁になる。壁は仕切り。貴女の身体と世界を仕切るもの。中身が漏れないように、するためのもの。大事な中身が飛び出さないように、するためのもの。魚卵の膜と同じ。海水に赤いスープが漏れ出さないように、するためのもの。

 だから早く戸を閉めて。するためのものだから、早くして。中身が外に出ないように。危ないから、早く戸を閉めて。

 ねぇ、早く、戸を閉めて。 

 そして、その後で、貴女の戸を開いて、覗かせて? 私のも見せるから。見せ合いっこしましょ。交換しましょ。混ぜ合いっこしましょ。

 さぁ、早く戸を閉めて。

 ゆっくり、戸。

 やさしく、戸。

 そっと、戸。

 誰も入って来ないように。

 誰にも邪魔されないように。

 時間を忘れて遊びましょう。ずっとずっと遊びましょう? 2人でずっと遊んでいましょう? ママもパパも関係ない。他の誰かはなおのこと。2人の部屋で、2人の世界を作りましょう。私たちは何にだってなれる。

 おままごと。お医者さんごっこ。おままごと。洋服屋さんごっこ。おままごと。お花屋さんごっこ。おままごと。お買い物ごっこ。おままごと。保母さんごっこ。おままごと。アイドルごっこ。おままごと。お菓子屋さんごっこ。おままごと。お葬式ごっこ。おままごと。お医者さんごっこ。おままごと。お葬式ごっこ。おままごと。お医者さんごっこ。おままごと。お葬式ごっこ。おままごと。お医者さんごっこ。おままごと。お葬式ごっこ。

 感動の、お医者さんごっこ。

 しめやかに、お葬式ごっこ。

 まずはお人形でやりましょう?

 だから戸を閉めて。

 大きな音で、他の誰かを追いやって。

 人形に愛を注ぎましょう?

 人形を作りましょう?

 人形を燃やしましょう?

 ねぇ、早く戸を閉めて。

 そして私に教えて。

『生きてるってどんな感じ?』

 お人形でやってみせて?

 おままごとでやってみせて?

 教えて教えて、私に教えて。

 教えて教えて、私に教えて』

 こんな感じ。こんな調子で、妹は語りかけてくる。

 私はそれに、なんて答えたらいい?」


 長い話の最後に、ユミコは私に問い掛けた、じっと私の目を覗き込みながら。


「いいよ。教えてあげるよ。その前に、」


 そこで私は言葉を区切った。

 ユミコは何も言わず、こちらを見据えている。

 ユミコの目を射抜くようなつもりで見る。射抜けはしない。ユミコの目付きが鋭いからだ。ユミコが挑み掛かってくるなら、私だって挑みかかる。私たちは誰かのおもちゃじゃない。一方的な関係なんて、つまらない。睨み合って、挑み合うのが面白いから、私たちは一緒にいるんだ。嫌みには嫌みを返して、優しさには優しさを返して、買い言葉に売り言葉、嘘を吐いたり吐かれたり、愛されたら愛だって返すさ。


 真理なんて、つまらない。そんなの知ったって、面白くも何ともない。

 一方的な愛なんて、自分自身だけで完結してしまうなんて、ずっと大人になれないなんて、そんなのはごめんだ。

 私は言葉の続きを口にした。 


「場所を移そう。それから時間も」


 ここは暗すぎる。

 そして私たちは若すぎる。

 今の私たちには、思い出も覚悟も足りない。

 私はカーテンを勢いよく横に引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る