夜中、二人で鼎談を

 その後、私とヨシヤは、ショッピングモールの中をしばらく散策した。そのうちにヨシヤが満足したので家に戻った。するとヨシヤはすぐに寝てしまった。ヨシヤにはもう遅い時間だ。夜更しだが、学校は冬休み中だ。いつまでも寝ていられる。けろりと早くから起き出しそうな気もするが。

 妻はリビングでテレビを見ていた。ソファに深く沈んでいる。テーブルにはアイスの空容器。


「どうだった?」


 こちらを見もせず妻は言う。テレビではバラエティー番組が流れていた。テレビの中では大勢が笑い声を上げている。


「はしゃいでたよ」


「あなたが?」


「ヨシヤが」


 妻はテレビをじっと見ている。テレビの中の芸人たちは、愉快なことを喋りつづけている。だけど妻は少しも笑わない。ただ、ぼんやりとテレビを眺めている。


「何か私におみあげは?」


 と妻は突然、呟いた。


「ごめん、考えもしなかった」


「えぇー」


 妻はわざとらしく頬を膨らませ、ようやく笑顔を浮かべた。


「熱心だね」


 妻の隣に腰掛けながら、私は言った。


「何が?」


 と妻。


「いや、テレビ。じっと見てたから」


「ああ、面白くて」


「その割りに少しも笑ってなかったけど」


「ああ、面白いってのは、興味深いってことよ」


「興味深い?」


「トマートくんの受け答えがね」


 と言いながら妻は、またテレビの方を向いた。

 テレビに映るバラエティー番組では、ゲストに、ゆるキャラの『トマートくん』が出演していた。大きなトマトの被り物に、可愛らしい顔が描かれている。頭も身体も真っ赤だ。その姿よりも、語尾に『とま』と付けるのが特徴的だ。

 周りの芸人に言いたい放題のことを言われている。

 中身はどうなっているのかと野暮なことを聞く芸人。中身などないと言い張るトマートくん。脱げ、脱げないの応酬。そして、トマートくんのお決まりのセリフが飛び出す。


『頭痛がして頭が弾けそうとまよ』


 特に興味深いと思うようなことはなかった。


「頭ゆるそうだなぁくらいしか感じないけどなぁ」


「そう? ゆるキャラほど打算的な生き物もいないと思うけど」


「生き物って……」


「私は見たままを受け取る主義なの。こういう生き物なんだ、って思って見た方が面白いでしょ?」


「そうか? 打算的ってのは?」


「一見すると、言いたい放題言われてるだけよね。でも、よく注意して聞いてると、トマートくんが会話をさりげなく誘導して、主導権を握ってるのよ」


 私も注意深くトマートくんの言葉を聞いてみる。しかし私には、妻の言わんとしていることが分からなかった。


「それよりも」


 と妻は、何か面白がるようにそう言った。


「どうした?」


「プレゼント決まりそう? デパートにも寄ったんでしょ?」


「ああ……。なかなか難しいよ」


「もう、時間がないよ」


「ああ、分かってる。でもな、おすすめってのがな……」


 我が家は決して裕福ではないが、何不自由なく生活できるだけの余裕はある。ヨシヤに何か我慢を強いたこともないはずだ。それにヨシヤは欲しがり屋でもない。だからいざおすすめと言われても、困ってしまう。


「さくっと決めちゃえばいいのに」


「そうは言うがなぁ……」


「優柔不断ねぇ。私にプロポーズしてくれた時のあなたはどこ行っちゃったのよ」


 そう言いながら妻は寄り掛かってくる。私はとっさに受けとめられず、妻は私の肩に頭をぶつけた。


「痛っ」


「すまん。大丈夫か?」


「もう。私と2人切りの時は臨戦態勢でいてくれなきゃ」


「臨戦態勢?」


 私は少し吹き出してしまう。


「そうよ。一緒に暮らしてても、結婚してても、子供がいても、なあなあじゃ嫌だもの。休戦してるぐらいの気持ちでいてくれなきゃ」


 冗談なのか本気なのか、よく分からない口調だ。


「私が苦しくて駄目になりそうなとき、救ってくれたのはあなたじゃない。私が思い悩んでいること、怖がっていることを、何の躊躇もなく切り捨ててくれたじゃない」


「それとこれとは話は違うよ」


「でも遥かに、たやすいことだと思うけど」


「俺も若かったしさ」


「そうね。懐かしいくらい」


「……それに俺は何もしてないよ。ただ怖がる君に、怖いことなんか何もないって言っただけだし」


「それが大事なんじゃない」


 それきり妻は沈黙し、私の肩に頭を押し付けながら、テレビを眺めつづけた。

 肩に感じる妻の体温。仄かに残るアイスクリームの匂い。騒がしいはずのテレビの音はどこか遠くて、妻と2人切りということを強く意識させた。こうしていると昔のことを思い出す。


 出会ってから、繰り返し聞かされた、妻の身の上。私も同じように自分のことを話した。私たちは会う度に、身の上話をした。取り引きでもするように、話を小出しにしながら。何かを慰め合っていたのか、何かを確め合っていたのか、とにかく私たちは夢中で話しつづけた。


 それは、妻と出会って、親しくなって、身の上話をして、付き合うようになって、プロポーズをするまでの話。

 特別なことなんて1つもない、どこにでもあるような恋の話。

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