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楽しげなクリスマスソングが鳴っている、まるでじんわりと降りてくるように。エアコンの吹き出し口から、音が出ているような錯覚がする。クリスマスソングはどうしてこうも温かなのか。
ショッピングモールの中は、暖房と人混みで少し暑いくらいだ。私とヨシヤは近所のショッピングモールに足を運んだ。
「昼間とは違う感じだね」
前にこのショッピングモールに来てから、だいぶ日にちが経っているはずなのに、ヨシヤはいろんなことを鮮明に覚えている。些細な変化を見付けては、感心したり、驚いたりしていた。
店を歩き回りながら、私はヨシヤへのプレゼントを探していた。こんなに物が溢れているのに、いっこうにこれというものが見付からない。気ままに歩いているとレコード屋が目についた。
つい、店の前で足を止めてしまう。
クリスマスが近いせいか、店内はクリスマスの飾り付けがされていた。赤に白。そして緑。店員はサンタの装い。
どこの店もクリスマスカラー一色。いや、三色? まるでクリスマスのお店。まるでサンタクロースのお店。
「またママが怒るよ」
ヨシヤは心配そうな顔で私を見上げた。
「そうだな」
先日、クラシックや小説にお金を使いすぎだと、注意を受けたばかりだった。
しかし、それらを見ると、つい、目を留めてしまう。つい、近寄り、手に取ってしまう。磁石のように吸い寄せられてしまう。
いや、小説や音楽は私を求めているわけじゃない。だから、街灯に群がる羽虫といったところだろうか。
古い小説や古い音楽は誰かを求めているんだろうか。手に取ってほしい、忘れないでほしい、そんな風に。……それとも、そっとしてほしい、忘れてほしい、と?
多分、答えは得られない。人の思いも情熱も、もうあまりに古過ぎる。時間は何でも薄くしてしまう。どんな思いも、事実さえも、次第に薄くなっていく。感情も、記憶も、後悔も、喜びも、限りなく薄く。でも決して消えてなくなることはない。それは喜ばしいことなのか、それとも悲しむべきことなのか。
大切だった人たちの、色の抜け落ちた黄金色の顔。嬉しかった出来事の風景は消え去って。
思い出は、唯一感じられる他人の記憶。
私たちは覚えていると思い込んでいるだけで、本当は、何一つ覚えていないのかもしれない。思い込みや錯覚、記憶違いや夢をつぎはぎに、私たちは生きている。
何もかも薄くなるなら、何もかも遠ざかるなら、私たちは何のために。
分からない、分からない。分かることは分かるし、分からないことは分からない。それは当たり前のこと。
遠くて薄い昔の記憶。すべてが『昔』という得体の知れないものにゆっくりと飲み込まれていく。十年前も、五年前も、一昨年も、去年も、今この瞬間も。そして、まだ見ぬ未来すらどんどん飲み込まれていく。まるで炎のように。あたかも煙のように。あるいは塵のように。
いつか聞いたようなクラシックが辺りに響く。クラシックはまるで、焚き火の向こうで鳴り響いているようだ。懐かしく遠い音色。初めて聴くクラシックも、何処か懐かしい。不思議な既視感。クラシックは昔に飲み込まれてしまった音楽だ。だから、過去から鳴り響いて来るんだ。
クラシックを聞くと、どうしても記憶をくすぐられてしまう。
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