2
数日前のこと、ヨシヤはサンタクロースにお伺いを立てた。つまりは私と妻に、サンタへの伝言をお願いした。毎年恒例のことだからと、私は安心し切っていた。しかし今年は例年とは違う展開になった。
ヨシヤは最近、どうしてか変わったお願いをするようになった。
議論を終えて、お願いするプレゼントが決まったという頃、ヨシヤは突然切り出した。
「お願いがあるんだ」
私たちの相槌も待たずにヨシヤは続ける。
「プレゼント、もうひとつ欲しいんだ」
「あのね」
妻は半笑いでそう言った。妻の半笑いはよくない兆候だ。何事においてよくない。妻が半笑いのときは困っているか、怒っているかのどちらかだ。妻を半笑いにさせておくとろくなことはない。
「ママ、よくは知らないんだけど、サンタは欲張りな子にはプレゼントあげないらしいわよ」
妻は、顔を丁度半分笑わせていた。分かりやすいんだか、分かりづらいんだか、微妙なところだ。というよりも素直に怖い。
ヨシヤも危険を察知したのか説明を始めた。
「あのね、サンタのオススメが欲しいんだ」
「オススメ? なんでまた?」
いまだ半笑いの妻である。
「えっとね……」
何でも、ヨシヤが毎週欠かさず見ているヒーローもののテレビ番組『キックライダー』の中で、主人公が行き付けの喫茶店で、マスターに必ず、「オススメを」と言って注文するらしい。それがまた格好いいのだとか。
「でもプレゼント2つっていうのはなあ」
私は言った。ヨシヤの気持ちも分かる。そういうものに憧れた覚えが私にもあった。馴染みの店で「いつもの」と注文するのに憧れてみたり。
しかし、プレゼント2つというのは教育上どうだろうか。
「高いものじゃなくてもいいんだ」
ヨシヤは言う、出資者が目の前にいるとは夢にも思っていない、無邪気な様子で。
「まぁ、いいんじゃない?」
妻はふっと息を吐いた。
「せっかくのクリスマスだもの、お願いだけしてみましょう!」
言って、妻は部屋を見渡した。
ヨシヤよりも背の低い小さなクリスマスツリー、ドーナッツみたいなクリスマスリース、手作りの折り紙で出来た輪飾り、ささやかだけれど、家の中はクリスマスムード真っ盛りだった。小さなトナカイの置物も置いてあるが、それは昔からあるものだった。年がら年中、我が家のリビングにはトナカイが鎮座していた。
妻の声は半笑いから薄笑いになり、次第に普通の声になっていった。妻はこちらを一瞥し、すぐにヨシヤに向き直り、ニヤニヤ笑いながら、
「でも、サンタさんはおじいちゃんだから、センスが古臭いかもしれないわよ? あんまりいいものじゃなくて、がっかりしちゃうかもよ?」
「そこは大目に見るよ」
「そうね……。大目に見てあげましょう……」
妻は堪えきれずに吹き出した。
「うん? それに手掛かりになるかも」
ヨシヤはサンタを捕まえて話がしたいらしい。去年はヨシヤの寝たふりに遭い、危うくばれてしまうところだった。プレゼントをどうやって枕元に置くか、それも問題だ。
「サンタは恥ずかしがり屋なのよ」
「えっ? 赤い服着てるのに?」
「そうね……。……多分、あれは勝負服なのかもね。ここぞというときに着るの。よし、やるぞ! 頑張るぞ! ってときにね」
「大変なんだ」
ヨシヤは少し声を落とした。
「だから、そっとしてあげて」
「どうかな」
ヨシヤは悪戯っ子の顔を浮かべ、ユミコを見て、次に私を見た。
私はヨシヤを真似て、悪戯っ子の顔を作る。
妻は鍋が煮えるみたいに、くつくつと笑っていた。
夜中、誰もが寝静まったと思われる頃、私が古い小説を読んでいると、静かにドアが叩かれた。古い時代の最中から、初見の懐かしさから、私は突然に連れ戻された。揺れていた思いは最初からなかったとばかりに、ノックの後には静寂だけが、部屋のそれぞれに、そこここに。ノックの主が、静寂の主が口を開く、部屋のそれぞれから、そこここに。
「ねぇ、サンタさん」
「人違いじゃない?」
「私には分かるわ」
「そういう君は誰?」
「私はトナカイ」
「本当に?」
「信じられないの?」
「だって……」
「続けて」
「余りに突然だから」
「そう。なら……時が経てば信じられる?」
「分からない……でも今よりは信じられる……とは思う……」
時が過ぎ、誰もが寝静まり、夜鳴き一つなく、灯火よりも静かと思われる程の静寂が、誰かの語るのを待っている。静けさに溶け込む客人は、やはり静かに口を開く。
「私はマイケル・ジャクソンです。貴方は?」
「僕は……」
「私はジョン・レノンです。貴方は?」
「僕……」
「私はホイットニー・ヒューストンです。貴方は?」
「……」
「声に出さないと伝わらないわ」
「ぼ、ぼくは……」
「皆、声を張り上げて生きて、……叫び足りずに死んでいったわ。……なのに貴方は何も言わないのね?」
「もう、やめて……」
「さぁ、声に出して、歌うように、軽やかに」
「……」
「ねぇ、貴方は、だぁれ?」
「僕はサンタクロースです」
「嘘吐き」
「えっ?」
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