カラフルな世界
CEO
第1話
「カラフルな世界」
この頃、世界はカラフルになったと思う。けれどそれは緑が増えたとか、花が街を彩っているとか、そういう楽しげな話ではない。そして、おそらく「カラフル」という言葉も適切ではないだろう。
周りを埋め尽くす色はなんだかどんよりとしているように感じる。
一体なぜこの世界に色が増えたのか。時は約一か月前まで遡る。その日、世界は大きく変わった。
世界中の人類、すべてのホモサピエンス一人一人に色がついたのだ。
全く奇異な話だが、事の詳細を話すと約一か月前、世界政府から全人類に向けてとあるコンタクトレンズが配布された。そのコンタクトレンズは有能で視力矯正はもちろん、生涯にわたって使用することができる他、とある奇怪な能力が付与されていた。
そのコンタクトレンズを通して人間を見ると、その人の能力、あるいは才能、あるいは性格がすべて色として表れるようになっていた。無論、優秀な人材を登用するための政府の政策だ。薄皮一枚先にはサーモグラフィーカメラで見るような、しかし人型の色だけが動いている何とも妙な景色が広がっていた。
人々は最初、政府を批判したりして、懐疑的な様相を見せていたが、いざそれが手元に届くと誰もそれを目に入れることを躊躇わなかった。誰もがとなりにいる人間よりも自分の方が優れていると信じて疑わなかったからだ。
そして今、
「お前はコバルトグリーンだから将来は医者だな」
だとか
「いやー、やはりスカイブルーの君は信用できますね!」
なんて会話が平然と為されている。まだ慣れないだけか、どうにも気味が悪い。
しかし、何はともあれこの「色」が優秀な判断材料であることに間違いはない。例えば、履歴書で重要視されるのは学歴ではなくもはや色だ。色は様々な要素を表している、ある種未来予想的な意味と捉えることもできるから当然と言えば当然だ。色によって人の価値が決まるこの時代、世界は歪な歯車の強制的回転によって、極めて正確に動きだした。
そういえば以前から妙な話が出ている。失踪者、行方不明者が増加しているというのだ。しかもそのほとんどがみつかっていないという。
「四組のアイツいなくなったらしいな」
「アイツってだれだよ」
「ほら、あのメガネの―――…」
学校内でこんな事を話しているのを聞いた。物騒な話だがどうやらこの学校にも行方不明者がでているらしい。
巷では誘拐事件ではないかと噂されているがその可能性は十分あるだろう。そこら中に値札をぶら下げた人間がほっつき歩いているわけだ。高価なものに飛びつく輩がいてもおかしくはない。現在の警察の技術をもってしても捜査が難航しているのだとしたら驚きだが、この環境の変化に警察も対応しきれていないのかもしれない。
しかし、こんなことは大型アップデートに伴う多少のバグにすぎない。真に問題なのは弾き出される人間の存在だ。色によって良い判定をもらう人間がいれば当然その逆がいる。例えば僕だ。もともとあまり喋らなかったし友達もいなかったが、コンタクトレンズが配られ、準備期間として設定された休暇を終え初めて学校に行った日、僕は完全に空気と化した。いや、もともと空気のような存在だったが、この場合はクラスメイトからことごとく無視されていた。彼らの目にはよほど僕は濁った色に見えたのだろう。
ある日、教室に入るときに「おはよう」と言ってみたことがあったが返事を返すどころか見向きすらされなかった。けれど特に気にしなかった。むしろ清々しさすら感じた。もうあの面倒くさかったささやかな人間関係ともおさらばだ。僕は昔から勉強もスポーツも出来たしきっと 1 人でも生きていけると思った。僕はあの日から、いやもっと前から僕は彼らを随分と下に見ていた。
それからは、何か行動するということは全くなくなり必然的に只々何もなく、時間だけが一定の割合で流れていった。
今日は昼休みなのに珍しく教室にいる。特に理由はない。何もすることはなく、今日も机に突っ伏して、チャイムが鳴るのを今か今かと待っている。すると段々と大きくなる足音がこちらに向かってきているのに気が付いた。ちらりと見てみると佐藤君だか加藤君だかがこちらに向かって来ている。僕に悪気でも感じて話しかけに来たのかという考えが一瞬よぎったが、おそらく違う。僕の席の真後ろに時間割が置いてあるのを見た。それを見に来たのだろう。僕は席を外そうと腰を上げた。
その時だった。僕が席を外そうと腰を浮かした瞬間、佐藤君は僕のだいたい腹くらいを見て「次の授業社会だってー」と言った。
僕は驚愕した。今一度時間割表の位置を確かめたがやはり僕は佐藤君と時間割表の対角線上に立っていた。彼は本来、時間割を見ることができないのだ、僕がここを退かない限り。佐藤君はついに物理的限界を突破したのか、驚きのあまり浮いた腰は勢いよく椅子に叩きつけられた。少し落ち着いて僕は様々な事に思考を巡り巡らせた。
数秒後、ひとつの可能性にたどり着いた。それに従えばすべての辻褄があう。しかしそれはあまりに現実的でない、残酷な可能性だった。僕は天を仰いでこれまでの全てを理解した。ずれかけた眼鏡は空間だけを映していた。
カラフルな世界 CEO @tkazuhiro0414
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