封印の部屋

「あー……疲れたー!」

「だからといって、床に寝転ばないで下さい! 汚らしい!」

「だってマジ疲れたんだもーん!」

「私は貴方のそういう…………」


(皆さん、元気そうで良かったですわ)


 ブランシェ自身も大量に魔力を使ったせいでクタクタなものの、自分が戦いに参加出来た充実感で一杯だった。


 そんなブランシェの元に来たレオが、膝を折る。


「姫様、お手を煩わせて申し訳ございませんでした」

「いいえ。あの……お役に立てましたか?」

「それはもう。姫様が居られなければ、我々は死んでました」


 そう笑いかけるレオに、ブランシェも嬉しくなる。しかし……


「それにしても……扉が開いた事といい、へーリオス国内では見た事が無い巨大な魔獣が出た事といい……何というか、少し不吉な感じがしますね」


『実は不吉な聖女なんじゃなくて?』


 レオの言葉に、第一王女・ルイーズの言葉が重なった。


 それで幸せだった気持ちが足元から冷えていく感覚に襲われるブランシェ。ルイーズの嫌味だと言い聞かせるものの、悪魔の出現や黒い靄(もや)、そして今回の事を鑑みると、あながち否定出来ないのだと不安になった。


 そんなブランシェの心を知らないレオが、黙ってしまったブランシェに心配そうに聞いてくる。


「……どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、何でもありませんわ。それよりマルクとカギは……」


 悟られてはいけないと話題を変えつつ視線を向けるけれど、そこに2人は居なかった。首を傾げるブランシェ。


「……あら?」

「あいつ等なら、先程封印の扉の先へ行きましたよ」


 言われて封印の扉の方を見ると、丁度マルクがブランシェのもとに来る所だった。


「ああマルク、丁度良かったわ! 扉の先は何がありましたか?」


 自身の気分を払拭させる事も含めて明るく聞くけれど、マルクの表情は固いまま。


 それでより不吉という単語がブランシェの中で増大し始めてきたぶんだけ、空元気を総動員して話し掛けた。


「あの!」

「ブランシェ様……」

「あ、ご、ごめんなさい! どうぞ!」

「いえ! ブランシェ様から!」

「そんな! マルクからどうぞ!」

「いえ! ブランシェ様から……!」


 そんな押し付け合い合戦に発展しそうになった時、レオが咳き込む振りをして2人を止めた。


 それで恥ずかしくなったブランシェ。態度を改めて聞く。


「えっと……その、部屋で何かあったのですか?」


 尋ねるブランシェに、マルクは何かを言おうとして、しかし考え込み……少ししてから答えた。


「申し訳御座いません。私も何と言ったら良いのか分からないのです。なので…………取り敢えず見て頂いてから説明致します」


         ★


 マルクに言われて付いていった封印の部屋の中央には、部屋の大部分を占めるくらいの大きな壺の様な形の物があった。


「これは……何でしょう? 壺? 真上に穴が開いていますし、形だけで見れば壺と言っても過言では無い気もしますが……ですが下に穴が1、2、3……4個と。うーん……これは這っていけば入れそうですね。それと素材は……青銅? あ! 床に魔法陣! これは…………保存魔法……でしょうか? 結界の神語が所々使われていますね」


 ブランシェがゆっくり一周しながら観察していると、下の穴からひょっこりカギが出てきた。


「きゃあっ!?」

「あ、シロも来てたの?」


 驚くブランシェに、カギがのほほんと聞いてくる。


 それでマルクの怒声が飛ぶ。


「貴様……ドブネズミがブランシェ様に気安く話しかけるな! それにシロなどという下品な渾名も……」

「あー煩い煩い! 中が知りたかったんじゃないの?」


 カギの睨みにマルクが黙ると、逆にブランシェが目を輝かせながら聞いてきた。


「中! どの様な感じだったのですか!?」

「何も無かったよ」

「何も……?」


 思わず聞き返すブランシェに、カギが頷く。


「そ。内壁に神語はあったけど、それ以外はなーんにも。伝承に聞く様な『封印されてる悪魔』ってヤツも、全然まったく有りませんでした! 以上! ……はい、これが神語写したヤツね」


 ブランシェは怖くなった。


 悪魔を封印した筈の部屋。しかし有るのは謎の巨大な壺のみ。


 伝承に誤りがあるのか、それとも悪魔が蘇ったのか……。


 レオが聞く。


「じゃあ、さっき倒したアレが悪魔だったって事か?」


 その言葉にブランシェは勇気付けられるけれど、マルクの表情は暗かった。


「…………私も、その可能性が高いと思いますが……」

「……が? 何か気になるのか?」

「………………いいえ、何でも有りません」

「勿体ぶってないで話したら? どうせお兄さんの事だし、ショボい事で悩んでんでしょ」


 それで眉をしかめたマルクだったものの、少ししてから重い口を開けた。


「……先程の魔獣が悪魔だとしたら、弱過ぎる気がするのです。封印した理由が分かりません」

「…………確かに」

「千年も封印されてたんだし、年取っただけじゃない?」

「悪魔も年を取るのでしょうか?」


 少しの間全員が首を捻ったものの答えは出ず、だからマルクが「それと後2つ、疑問が残ります」と先を続ける。


「1つはブランシェ様が扉を触れた瞬間に扉が開いた事です。これはまぁ……聖女が天使に近しい存在だと考えれば理解出来ますが……ただ聖女が扉を開けられるならば、何故文献に一切書いてなかったのか。そして先程と同じ様に、仮に先程の魔獣が封印された悪魔だとして……ならばあの穴の空いた壺は何の為にあるのでしょうか?」

「悪魔の封印の為じゃないのか?」

「だとしたら、扉を開けた瞬間に悪魔が出てくる筈がありません」

「悪魔を弱らせる為でしょうか?」

「……そう…………ですね。そうならば良いのですが……」


 すると、カギがポツリと呟いた。


「てか『実は悪魔なんて封印してませんでした』だったら笑えるよね」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 そう言うカギの言葉に、しかし誰も笑えなかった。


         ★


「……と言う訳で、お姫様御一行は安易に結論を出さずに、国の判断を仰ぐ形にしましたとさ」


 真夜中、カギはすぐ隣でマルクが寝ているにも関わらず、色鮮やかな鳥に今日の顛末を話していた。


 鳥が溜め息を付く。


「ほんと……アナタって子は、周りを振り回すのが好きね。というかあの扉、どうやってお姫様に開けさせたの? 結構面倒だって聞いてたのに……」

「? 言ってなかったっけ? 去年巡った時に、全部書き換えたって」

「は?」

「だって本当に超面倒だったんだ! 許可証持ってないから隠れて中入らなきゃならないし、音立てないように気を付けなきゃならなかったし、なのに解除に15分も掛かってさ! チマチマチマチマ……もー頭にきちゃって! だからティル人程度の魔力があれば一発!って形にしたの。次来る時に楽に出入り出来るしね! でもまさか、お姫様が開けるとはねー」


 ビックリだよと笑うカギに、項垂れる鳥。


「私もビックリよ。神が知ったらどうなる事やら……」


 けれどカギが反論する。


「あのナメクジは、こんな事で目くじら立てないよ。むしろ聖女を連れ回してる方にキレるだろうね」

「分かってるなら止めたら?」

「やだ」

「…………そう言うと思ったわ」


 再度鳥は溜め息を付いて、話題を変えた。


「あ、そうそう。魔王様から伝言よ。『動き始めたから注意しなさい』ですって」

「それなら知ってる。黒い靄が出たって聞いたからね。でもさー……ほんと、こっちの釣りは掛かりが遅いよね。イライラしてくるよ」

「仕方無いでしょ。過去に手痛い目に合ってれば、自然と用心深くなるものよ。……アナタとは違ってね」


 するとカギが笑って反論した。


「そりゃそうだ。なにせ僕は全てが真っ黒だからね。攻撃する事しか出来ない僕が、保身とか用心とか持ってる訳無いじゃん!」

「開き直らないで」


 鳥は突っ込み、そして言った。


「いいカギ? 遊ぶのも良いけど、目的も忘れないでよ。聖女は儀式の日まで生かす……これが失敗したら今までの事が……」

「あーはいはい! 耳にタコだよ! 僕の方は大丈夫! 単にお姫様に不信感植え付けてるだけなんだからさ! 仕事はちゃんとやるって!」


 煩そうに返す答えにジト目になる鳥だったものの、「まぁ良いわ」と流した。


「これ以上話し込んでると、そこのお兄さんが昏睡状態になっちゃうから帰るわ。魔王様とドアに言付けはある?」

「無いよ」

「そ。じゃあまた」


 そうして鳥がフワリと消えた後、カギはマルクの喉元に手を掛けた。


「……身近な人間が理不尽に死んだら、アンタはどんな顔するんだろうね、お姫様」


 そうして少しだけ力を込めて……しかし笑いながら離れた。瞬間、マルクの体から黒い靄が出る。


「良い夢を見てね……魔法士のお兄さん」


 そうしてマルクの隣でカギも寝た。

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白き聖女、悪魔と共に旅をする イカナ @ikana

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