自分が出来る事

「本当に教会に似ている作りなのですね……」


 そうブランシェが周りを見回しながら呟くと横を歩きながらカギが聞いてくる。


「どういう事?」

「歴史の授業で、教会は天使達が天界の石を使って建てたとされる遺跡を元に建てられたそうです。ですがわたくし自身、この目で見られる日が来ると思っていなくて……柱の間隔や白で統一された感じ……確かに所々壊れたり煤けたりしていますが、ステンドグラスや礼拝の椅子や祭壇を除いた教会と言っても過言ではありません! これが千年前に建てられた物だなんて……。保存状態といい、一体どの様な魔法が使われているのでしょう?」


 はしゃぐブランシェに、最後尾のマルクがたしなめる。


「ブランシェ様、先程魔獣が出ると話があったでしょう? いくら隙間から日が差し込んでいて視界が明瞭とはいえ、浮かれてはいけません」

「あ………ごめんなさい」

「感動中に水を差すなんて、魔法士のお兄さんは心が冷たいんだね」

「警戒して下さいと言っているのです」

「警戒は護衛がやるものでしょ」

「護衛だけでは足りないでしょう!」

「……2人共、警戒してくれ……」


 最前列のレオの言葉で、取り敢えず全員黙る。


 そうして暫く歩いていると、レオが剣を抜いた。


「……魔獣、ですか?」

「何も見えないけど?」

「2時方向の柱付近。……姫様、御自身のみで結構です。物理・魔法への結界をお願い致します」

「分かりました。……ディファー ナフス ハジュマ キダーブアルセフル」


 ブランシェの体が一瞬淡く光った瞬間、右側の奥の方から黒くて中型犬くらいの大きさの何かが飛び出してきた。


 瞬時にレオが反応、黒い物体を一刀両断する。


「すごーい」


 霧散していく黒い靄(もや)を見ながら、カギが拍手すると、ブランシェも興奮気味にレオに話し掛けてきた。


「レオは凄いのですね!」


 すると苦笑いでレオ。


「そりゃ近衛ですから。それに割と奥から出てきましたし……」

「ですがわたくしは全然目で追いつけませんでした! 近衛の皆さんが騎士の称号の中で選ばれた人だと分かってはいますが、こうして実際に見ると素晴らしいとしか言いようがありません!」


 そんな手放しの称賛に照れるレオを見ながら、カギがマルクにボソリと囁く。


「活躍出来なくて残念でした」

「……黙りなさい」


 とにかくマルクを弄りたがるカギだった。


         ★


「……ところで、先程の黒い動物が魔獣ですの?」


 気になったブランシェが聞くと、マルクが答える。


「そうです。レオが切った瞬間に黒い靄になって消えたのを見られましたか? つまりあれ等は肉体を持たない存在だという証拠です。そして……失礼ながらブランシェ様、魔獣の定義は覚えていらっしゃいますか?」

「ええ。黒い魔力が具現化した物……でしょう?」

「そうです。黒い魔力が少量ならば靄で済みますが、ある程度の量になると形を伴って襲ってきます。これが魔獣と呼ばれます」

「黒い魔力って何?」


 突然カギが話に入ってくると、苛ついた顔をしたマルクが、しかし律儀に答える。


「……普段は目に見えませんが、魔力には色があります。水系統なら青、土なら茶、火なら赤、風なら緑、そしてそれ等全ての要素を内包し、補助・治療のみ特化した物が白、攻撃に特化した物が黒くなります」

「へぇー」

「因みに、わたくし達の目や髪に現れる色が、その人の使える魔力になるのです」


 ブランシェも楽しそうに説明を始めると、カギも楽しそうに反応する。


「ふーん……魔法士って、全部の魔法が使える訳じゃないんだ」

「はい! 自身の特徴を知り・学ぶ事で、始めて魔法士になれるのですよ!」

「へー……ならシロは攻撃魔法は使えないって事?」

「はいそうです。そしてマルクは水と風の魔法は使えますが、火や土は使えません」

「じゃあ騎士のお兄さんは?」

「俺は魔力が弱いからな。剣に付けた魔法石の力を借りて魔獣に対抗する事は出来るが……魔法はからきしだ」

「なるー……」


 カギが納得している声を出すと、マルクがカギを睨みつける。


「だからこそ聞きますが……貴方の目と髪は茶色。しかし貴方がブランシェ様に渡した神具は、おそらく白い魔力を必要とする物……。そして何より、検査の時にはほとんど魔力がほとんど無かったにも関わらず……何故貴方が、あの神具を使えるのですか?」


 すると、あっけらかんとカギ。


「さあ? 魔法のまの字も知らない僕が知る訳無いでしょ」

「知らないのに使える筈無いでしょう!」

「でも知らないのは知らないもーん。イメージしろって言われたから実行したら出来た。それだけ」

「なら、その教えた人物は?」

「オルグ遺跡まで行かせてくれたら教えてあげる」


 舌を出すカギに、怒ろうとしたマルク。しかしレオの切迫した声が響く。


「11時! 2体!」


 それで慌てて体制を立て直すカギとマルク。


 その間に、レオが一体霧散させる。そしてすぐ後に、カギが紙タバコ位の大きさの爆弾に着火器(現代のフリント式ライター)で火を付けて……


 ボンッ!


「お……屋内で爆弾なんて使わないで下さいっ!」


 思わずマルクが叫ぶ。しかし、なんて事無い顔でカギ。


「一般的な倒し方してるだけじゃん。僕、魔力無いんだし」

「倒壊したらどうするつもりですか!」

「火力小さいから大丈夫でしょ。それに建物に保存魔法、だっけ? 掛けられてるって、昔観光案内の時に聞いたよ」

「掛けられてる『だろう』です! どの程度なのか分からないのに、止めて下さい!」

「えー……分かんないの?」


 半分馬鹿にしたカギの声に、ブランシェがマルクを庇う。


「あまりマルクを責めないで下さい。確か……遺跡の中央にある悪魔を封印している筈の部屋の扉には、未だに解けない魔法が掛けられているので、中でどの様な魔法が使われているのかは誰にも分からないと聞きました」

「へー……千年も前の魔法なのに未だに分からないなんて、よっぽどなんだね。でも……なら何でここに来たの? 中に入れないなら意味ないじゃん」


 すると今度はマルクが馬鹿にした顔で答えた。


「小僧こそ馬鹿なのですか? 先程ブランシェ様が仰っていたでしょう? 中央は『悪魔を封印してる筈の部屋』だと。万が一扉の封印が壊れていたりしていた場合、サリアは悪魔の危険に晒されていると言う事で迅速に処置しなければならないのです」

「ふーん……」


 それで静かになったカギ達は、警戒しつつ中央へ。


 そして5分後……


「……これが例の……」

「はい。封印の扉です」


 建物と同じ白い石で作られた扉には、神語で書かれた魔法陣が書かれていた。


「…………凄く細かく書かれているのですね」


 ブランシェが感嘆の溜め息を付きながら言うと、頷くマルク。


「ええ。専門家が言うには、おそらく天使でないと開かない作りになっているそうです」

「天使様……ですか。マルク、これは触っても大丈夫かしら?」

「はい。問題ありません」


 マルクの許可に、恐る恐るブランシェが触る。


 すると……


 ガガガガガッ!


 重い音を響かせながら、扉が開いた。


「…………あら?」

「開いたな」

「開かないんじゃ無かったっけ?」


 3人が一斉にマルクを見るけれど、マルクも呆然としていて声が出せないでいた。


 しかし、ふと気付いたらしいレオが恐る恐る聞く。


「……おい、なんか黒い靄が出てきてないか?」

「床が靄で黒く見えるね」


 それで全員が下を見ると、カギの言った通り、床一面に靄が溜まっていた。


「まさか扉が開いたせいですか!?」

「え? じゃあ閉めればいいの?」


 それでレオとマルクが閉めようとするけれど石の扉はビクともせず。その間に黒い靄が集まり……高い天井に届きそうな程の、黒くて大きな4本足の動物の様な形状になった。


「姫様! 失礼致します!」


 慌ててレオがブランシェを抱きかかえて少し遠くの柱まで連れて行く。


 その間にカギは爆弾を、マルクは杖から氷の矢放つものの、巨大な魔獣はビクともしない。


 そんな状況だからか、レオが忠告する。


「姫様は御自身に結界を張り、決して近付かないで下さい。そして我等が不利になる様なら、我等を見捨ててお逃げ下さい」

「そんな……」

「出来ますね?」

「……………………はい」


 ブランシェの返事にレオが頷き、急いで魔獣の元へ……。


 しかし、それを見ながらブランシェは疎外感に苛まれた。


(わたくしが死ねば、世界が魔王の影響を受けてしまう。だからわたくしは、遠くで見ているしか無い。……分かっています。わたくしはレオの様に剣術も使えなければ、マルクの様に攻撃魔法も使えない。それにカギの様に道具も持っていない。戦うなど出来ない……)


 そう落ち込みながら見ていると、カギを踏もうとする魔獣の姿。


「うわぁっ!?」


 カギの悲鳴に、思わずブランシェは怖くて目を強く瞑ってしまう。すると、踏んだ衝撃らしい地響きが、体全体に伝わった。


(怖い! ですがカギは? ……ああ! でも怖くて目が開けられませんわ!)


「……っぶなー!」

「余所見しているからですよ!」

「遠くで氷の矢だけ飛ばしてるお兄さんに言われたくないね!」

「お前ら集中しろ!」


 元気な罵り合いの声を聞いて恐る恐る目を開けると、未だに戦い続けるカギ達3人。


 それでホッとしたブランシェは、しかし遠くで見ているしかない自分が歯痒くて悔しくて泣きそうになっていた。しかし、ふと思い出したレオの言葉。


『姫様は御自身に結界を張り……』


(あ、結界張るの忘れてましたわ! ……結界? そうよ何故今まで気付かなかったのかしら?)


 ブランシェは急いで呪文を唱え、4人それぞれに結界を張る。


「ありがとシロ!」


 カギの声に、嬉しくなるブランシェ。


(そうよ。なにも攻撃する事だけが戦いではないわ! 補助だって立派な仕事! わたくしは、わたくしの出来る事をすれば良い! ですが……)


「あーもー! こいつ! ノロマな癖にどんだけ体力あんのさ! このままだと爆弾尽きちゃうよ!」


 切迫したカギの声が、ブランシェの耳にも届く。


(補助だけでは足りない……。ですがわたくしには力が無い。…………やはりわたくしは足手まといなのでしょうか……?)


 しかしその時、マルクがブランシェの所に走って来た。


「ブランシェ様! お願いがあります。この部屋の内側に対魔法の結界を張れますか?」

「結界……ですか?」

「はい。屋内なので控えていましたが、そうも言ってられなくなりました。被害が建物に及ばぬ様、お願いしたいのです。……お願い出来ますでしょうか?」

「は……はいっ! 喜んで!!」


 ブランシェは勢いよく返事をし、呪文を唱え始めた。そして少ししてからマルクも詠唱を始める。


「ディファー ファダーァ ダーヒル キダーブアルセフル!」

「イアサール ワハシュ リムダットクァシーラ! ……2人共、床に伏せろ!」


 それで2人が頭を床に伏せた瞬間、魔獣を包み込む程の巨大な竜巻が数秒間、室内に吹き荒れた。


 そうして魔獣は霧散した。

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