久しぶりの王女扱い
翌朝ブランシェは、あてがわれた部屋で目を覚まし、一人呟いた。
「久し振りだからかしら? 変な気分だわ……」
当たり前だと思っていた天蓋付きのベッドは、カギと生活してから当たり前では無いのだと実感した。そして、使用人が居る状況も……。
「おはようございます、聖女様。御気分は如何ですか?」
「おはようございます。気分は問題有りません」
「それは良かったです。……ではお支度の方をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「はい、お願いします」
ブランシェの一言で、使用人達はブランシェの服や髪をセットしていく。すると今まで何気なく見ていた彼女達の仕事ぶりが、意味を持って頭の中に入ってきた。
そして逆に、自身が宿で働いていた時の手際の悪さを思い出しては、感動したり恥ずかしくなったりしていた。
★
そうして身だしなみが整えられ、朝食の為に部屋を出ると、扉の前にはレオ。
「おはようございます、姫様」
「おはようございます。……あの……マルクは?」
すると、レオが苦笑いで肩をすくめる。
「……やはり、納得していないのですね……」
「アイツは頭が堅いので……。ま、俺は突拍子も無い行動以外は姫様の好きで良いと思いますよ」
それは暗に『突然城を抜け出した時みたいな事をするな』と言っていて……ブランシェも苦笑いしながら「分かりました」と答えた。
★
そうして朝の祈りを行い、やたらと「トエロ程では無いですが……」の司教の自慢話を聞きながら朝食を取ってから、さぁ結界石の強化に行きましょうと外に出たその時……
「やほー!」
明るいカギと、物凄く不機嫌そうなマルクが見えた。
不機嫌な理由が自分の事だと感じた司教が、慌てた様子でマルクに駆け寄る。
「これはこれは! 昨夜は大変申し訳ございませんでした。あの……それでですねぇ……」
「話は近衛騎士から聞きました」
「あ、そうで御座いますか。なら……」
顔色を伺う司教に、マルクは一層苛立つ表情をしながらも頷く。
「先程、上にサリアの近状も含めて報告書を送りました。返答が来るまでは、ブランシェ様の御心に従います」
「そ、そうですか。有り難うございます。有り難うございます!」
それで更に不機嫌そうになったマルクは、見ないふりをするかの様にブランシェの方を向いた。そして言う。
「私とそこのドブ……小僧は、これからデジール遺跡に向かいたいと思います」
唐突に言うマルクに、ブランシェは目を瞬かせた。そしてそれはレオも同じで、ブランシェの後ろから聞いてくる。
「何しに行くんだ?」
「黒い靄が遺跡から漏れ出した可能性があります。なので調査隊が派遣される前に、少しでも情報を集めようかと……」
「お前等だけで?」
「仕方無いじゃないですか。ドブ……小僧を放って置く訳にいかないのは分かっているでしょう?」
「そうそう。魔法士って一人だと弱いからね。僕が付いていってあげないと……」
「犯罪者の助けは入りません」
「またまたー。『遺跡調査許可証持ってるから、どうか一緒に付いてきて下さいませんか、カギ様!』って今朝言ってたじゃん」
「一言一句言ってませんっ!!」
そうして喧嘩を始める2人。それを見て呆れるレオ。そして…………感動するブランシェ。
「お二人とも……こんなに早く仲良くなるなんて……凄いですね」
「……………………」
「……………………」
ズレまくった言葉に、喧嘩が止まる。
しかし周りの雰囲気に気付かないブランシェ。
「遺跡調査も……大変でしょうけれど、羨ましくもありますね。まだわたくし遺跡を見た事が無くて……。カギ、調査に余裕がある様でしたら、どうか中の様子を詳しく見て、そしてわたくしに話をして頂けませんか?」
「ブランシェ様! 何もこんな小僧に頼まなくても……」
マルクは『自分が話をする』と提案したかった。しかしマルクの言葉を遮ってカギが言う。
「そこまで気になるなら、シロも一緒に来たら?」
「!?」
マルクは一瞬『シロ』の意味が分からなかったけれど、ブランシェの好奇心が含まれた驚きの顔で理解した。
「貴様……何を言っているっ!」
「なに? 良いじゃん。お姫様だって遺跡調査許可証持ってるんでしょ? 行っちゃいけないなら、なんで許可証なんてものを発行したのさ?」
「許可証は、試験に合格さえすれば発行される物! それよりも危険な場所に護衛2人だけだなんて有り得ませんし、何よりブランシェ様には頼まれた仕事が有ります! 適当に誘わないで下さい! それと……」
怒りのままに発するマルクに、しかしカギは耳を塞ぐフリをする。
「あー! 煩い煩い! 黒い靄ってだけで実害はまだなんでしょ? なら1日2日遅くなったって、そこの司教様は怒らないよ! ね?」
「は……はぁ、まぁ……ですが……」
「さすがサリアの司教様! 太っ腹だね! ……じゃ、腕輪付けて行こ! 今日はお兄さん達も居るから、馬車も使いたい放題だよ!」
「え? 今からですか!?」
「そ!」
驚くブランシェの腕を取り、サクサクと大通りへと歩き出すカギ。それで慌てたマルクがブランシェの元へ行く。
呆然としている司教に、仕方無くレオは内心溜め息を付きつつフォロー。
「不快な思いをさせて、大変申し訳ございませんでした。あの従者にはキツく叱っておきますが…………そもそも司教様の件も、姫様の御厚意あってこそです。どうか今日の事は、原因解明の足掛かりになると思って見逃して下さい。…………それでは失礼致します」
レオは文句を言われる前に、そそくさと逃げ出した。
★
「…………だから、貴様は……」
「でも魔法士のお兄さんだって……」
馬車の中でひたすら口喧嘩しているのを楽しそうに見ていたブランシェ達は、2時間後にデジール遺跡付近に着いた。
馬車に夕方に迎えを頼みつつ降りた4人は、そのまま遺跡へと歩く。すると、観光用の高台を横目に見ながらカギ。
「遺跡なんて全部遠くからしか見られないってのに、よく観光する気になるよね」
そんなカギの呟きに、ブランシェが反応。好奇心に目を輝かせてきた。
「全ての遺跡に行った事あるのですか?」
「隠された〜とかが無ければね。でも皆同じ。神殿造りっていうんだっけ? 全部同じ造りの建物で、『魔王の一部及び悪魔達を封じ込めた場所』で『大昔は天使達も住んでいた』って内容。途中で飽きて、巡るの止めようかとか思った程だもん」
「それでも巡った理由は、何かあるのですか?」
「単に中途半端にしたくなかったってだけだよ。後は話のネタ」
するとマルクが眉間に皺を寄せながらも聞いてきた。
「なら話のネタついでに、オグル遺跡の話もお願いしますね」
「やなこった」
そう舌を出すカギに怒ろうとしたマルクは、しかし遺跡を守る兵士達を見つけて抑え込んだ。
警戒しながら兵士達が道を塞ぐ。
「ここから先は立入禁止区域です」
それでマルクとブランシェが許可証を出すと、兵士達は訝しむ様に何度もブランシェの顔と許可証を見比べた。
だからブランシェはフードを被ってから腕輪を外す。すると予想通り、青くなる兵士達。
「……し……失礼致しました!」
「いえ、礼を失しているのは、わたくしの方です。連絡も無く来てしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ! その! 大丈夫です!」
深く頭を下げるブランシェに困り果てる兵士達。しかし空気を読まないカギが、兵士達の持っている許可証を覗き込む。
「へー……許可証って名前書いてあるんだ。って、何これ? もしかして、この長いの全部シロの名前?」
「貴様! 無礼だぞ!」
「すみません! 彼はその……何というか…………サリアで雇った護衛?なんです!」
慌てたレオがカギの口を塞ぎフォローしようとするも、小柄な少年では違和感しかない。
しかしブランシェが、まさかのフォロー。
「カギさんは、わたくしの友人です」
「ご……ご友人、ですか?」
「はい。大切な友人なのです!」
まるで説得力の無い答えだったものの、そこは第2王女であり聖女。ブランシェ自身は分かっていないけれど、権力による実力行使で押し通した。
それで兵士達は渋々道を開ける。
「…………中は魔獣も居ます。それは補助魔法に秀でた聖女様だとしても、危険である事に違いは有りません。どうか無茶な行動だけはお控え下さい」
こうしてブランシェ達は、デジール遺跡に足を踏み入れたのだった。
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