貧乏くじのレオ

 レオとカギが飲み屋から宿に戻ると、部屋には怒り顔のマルクが待っていた。


 面倒だと内心嘆くレオに対し、マルクが詰め寄る。


「一体何をしていたのです!? もう夜半過ぎですよ?」

「いやー……どうしてもやりたい事があると言われてな……」

「手錠も無しに犯罪者を外に出すなんて……貴方、脳味噌入っているんですか!?」

「あー……済まない」

「謝れば良いという問題でも無いでしょう! まったく貴方は………………いえ……それよりも……」


 マルクはカギを睨みつける。


「今度は何をしたのです?」

「は?」


 首を傾げるカギに、しかし怒りが収まらないらしいマルクが詰め寄る。


「エドモンを使って、今度は何を企んでいるのかと聞いているのです!」

「はぁ? エドモンって誰?」

「しらばっくれるのもいい加減にして下さいっ!」

「ちょっ!? マルク!?」


 襟首を掴もうとしたマルクの腕を掴むレオ。


「一体どうしたんだよ? カギ君はずっと俺と居たんだ。何も出来ないって!」

「脳味噌無い男は黙っていて下さい。こいつがサリアに来る前の2週間……何処に居たのかは分かりませんが、エドモンと手紙のやり取りするには十分な時間です。……言いなさい。ブランシェ様を何処にやったのです? 貴方達は何をしようと言うのです!」


 瞬間、カギが吹き出した。


「ははっ! もしかして、お姫様誘拐されたの?」

「誘拐!? マルク??」

「…………そこのドブネズミが誘拐だと言うなら、きっとそうなのでしょう。……言いなさい。貴様達は……いえ、貴様は何を企んでいる? どうしてブランシェ様に近付いた? この世界をどうするつもりだっ!」


 恨み顔で拳を握りしめたマルクが叫ぶと、カギが馬鹿にする様に笑う。


「サクッと誘拐されるアンタが阿呆だってだけじゃん。僕に押し付けないでよ。しかもドブネズミだって分かってて『世界をどうするつもりだ』とか……何? 頭おかしいの? それとも脳味噌無いの?」

「貴様ぁ……」

「まぁまぁまぁっ!! 取り敢えず2人とも、真夜中なんだし少し落ち着こう! 騒いで追い出されたら面倒だし、とにかく先に姫様を助け出す事を考えようじゃないか!」


 これ以上は殴り合いになりかねないと判断したレオが必死に本題に戻すと、マルクが少しの間カギを強く睨んで……そして溜め息をついた。


「………………そう……ですね。この話は後にしましょう」


 マルクの姿勢に、少しだけレオは安堵した。


       ★


 しかしそんな安堵は一瞬で、マルクの内容は首をひねる物であった。


「………………つまり、司教がこっちの言い分を無視して大歓迎して姫様を屋敷に連れ去って、お前は姫様から離されて謎のもてなしを受けたけど抜け出して屋敷に行き、しかし『真夜中だから』という理由で屋敷にすら入れてもらえず、かといって内密調査だから事を大きくする訳にいかず外部にも頼めずここに来た……って事か?」


 レオの言葉に、マルクが渋々頷く。


 それでレオが少し唸りつつ考えてから、再度聞いた。


「……確かに引っ掛かるが…………それって誘拐か?」

「ですから、そこのドブネズミがエドモンと共謀して……」

「え? まだその話引っ張ってるの? 脳味噌お花ばたっ!」


 慌ててカギの口を塞ぐレオ。睨むマルク。


 レオは泣きたくなりつつも、必死で本題に戻す。


「……取り敢えず、何故お前を姫様から離したのかが気になるな」


 すると手を上げるカギ。


 レオが訝しむ様に見るけれど、大丈夫とでも言う様にコクコクと頷いた。だからレオは渋々カギの口から手を離す。しかし……


「そこの魔法使いのお兄さんが邪魔だったからでしょ」

「貴様が……」

「まぁまぁまぁっ!」


 レオが激高し始めるマルクを宥めるけれど、気にしていないらしいカギが勝手に続きを話し始めた。


「国の礎として首都から出られないと噂の聖女様が、内密とはいえ出てきたんだよ。何かあるって思うじゃない? 気になるよね? 知りたくなるよね? でも煩いのが1人居るよね?」

「つまり……これは歓迎という名の野次馬って事か?」

「さぁ? 僕は思った事言っただけ。部外者の言葉だから、責任持たせないでね」

「………………」


 レオは思った。


 実はただの大歓迎でした!の様な気もするけれど、本当に何かあったら世界を揺るがす事になりかねないブランシェという存在。


 しかしブランシェの事となると馬鹿になるマルクと何かと危険そうなカギの間で、果たして対策が取れるのだろうか?


 それで数秒考えて……レオは一番楽そうな結論を述べた。


「………………近衛騎士の権限で屋敷に入れるかどうかやってみるから、マルク、アンタはカギ君の見張りを頼む」

「えー! この脳味噌無しお兄さんと一緒になんて、1分たりとも過ごせないよ!」

「私だって、貴方みたいなドブネズミと一緒に過ごすなど……」


 そうギャーギャー言うマルクとカギを聞かない振りして、レオはさっさと宿屋から逃げたのだった。


          ★


「しまった……司教の屋敷の場所を聞くのを忘れてた」


 早く逃げたい気持ちを優先させてしまった事を後悔するレオは、しかし戻る気にもなれず、仕方無く飲み屋で聞いてから屋敷へ行った。


 しかし案の定、門番が通らせてくれない。


「止まりなさい」

「済みません、私、こういう者でして……」


 チマチマした話し合いが面倒に思えたレオは、さっさと携帯用の徽章を見せる。しかし門番達は、一瞬躊躇しつつも断ってきた。


「先に来られた魔法士様にも話しましたが、既に真夜中……当主様も休まれている時間ですので、どうぞ明日の常識的な時間にお越しくださる様、お願い致します」

「そうですか……ならば仕方ありません。明日、こちらも聖女誘拐疑惑の被疑者としてサリアの兵に応援を呼んで捜索させて頂きますので、その時は宜しくお願い致します」


 内密だから本当には出来ないけれどな……と内心付け加えたものの、脅された当人達は松明の火でも十分分かるくらいに青くなった。


「し、しばしお待ち下さいっ!」


 そう狼狽えながらも門番が屋敷に確認しに行き……そしてレオを屋敷の中に入れた。


       ★


「よ、ようこそお越しくださいました、騎士様。あの…………それでですね……」


 取り繕った笑顔で出迎えた男……おそらく司教のエドモンにレオは手を上げ話を止めて、直球で聞く。


「ブランシェ姫はどこですか?」

「あ、えっと……もう、お休みになられていまして……」

「なら生存確認だけでもします。部屋を案内して下さい」

「い、いえ! 女性の寝室を覗き見するのは如何なものかと……」

「故あって離れていましたが、そもそも私は姫様の近衛騎士。姫様の側で護衛するのが務めです。さあ……案内して下さい」

「えーっと……それがですね…………」

「分かりました。勝手に探します」


 やり取りが面倒になって実力行使に出ようとしたレオに、エドモンが慌てて止める。


「待って下さい! あー……そう! お茶でも……」

「これ以上妨害するという事は、事を大きくさせたいと望まれてるからですか?」


 最近のイライラをぶつける様にレオが睨むと、エドモンは青ざめて震え始めた。


 その時……


「レオ! あまりその方を責めないでやって下さい!」

「姫様!?」


 まさか玄関から入ってくるとは思っていなかったレオが驚くと、ブランシェは再度「責めないで」と懇願する。


「彼等は事情があって、わたくしとマルクを離しただけなのです」

「……どう言う事ですか?」


 レオが聞くと、ブランシェは一瞬エドモンを見て……そして答えた。


「その……結界石を強化する為の神語の監督を頼まれまして……」

「はあっ!?」


 レオが思わず変な声を上げると、慌てたエドモンが続く。


「言いたい事は分かっております! 聖女であるブランシェ様に、そんな雑用を押し付けるなと仰っしゃりたいのでしょう? ですが仕方が無かったのです! この2週間で3件、謎の黒い靄(もや)の様な物が町中に出ていると報告がありました。もしそれが本当なら、魔王の影響が何かしら出ていると考えられるのに……現在、結界が出来る魔法士は皆トエロに招集されていて、何も出来ないのでございます」


 そしてエドモンは、レオに向かって床に頭を付けて乞い願った。


「元より処罰は覚悟の上です。ですがもう少しだけ……どうか猶予を下さい。何かが起きてからでは意味が無いのです! 勿論、結界石の強化が済み次第出頭しますから。どうか…………」

「わたくしからもお願いします。苦しんでる人を目の前にして、放って良い筈ありませんもの。……お願いですレオ、どうかカギとマルクにも、そう伝えて下さい」

        ★


「…………と、言う訳だ」

「へー……大変だねー」


 宿に戻ってブランシェの言葉を伝えると、カギはのんびりと言い……しかしマルクは怒りに震え始めた。


「自国の王女……いえ、世界を救う聖女に対して雑用させるなんて、無礼にも程があるでしょう! 何故止めなかったのですかっ!?」

「やる人が居なかったからって、さっき言ってたじゃん。聞こえてなかったの?」

「身分を弁えろと言っているのです!」

「身分なんて家畜の肥料にもならないよ。てかこーゆー人が居るから、司教は誘拐紛いの事をしなきゃならなかったんでしょ。自分が原因だって自覚ないの?」

「貴方ねぇ……」

「まぁまぁまぁ!」


 これで何度目だと内心悪態付きながらも2人を宥めるレオが、半分無理矢理話を続ける。


「取り敢えず姫様がやる気になっておられるから、トエロの返事が来るまでは此処に滞在する形を取ろうと思う。んで、俺はこれから姫様の護衛で司教の屋敷に泊まるから、お前等はこのままこの部屋を使ってくれ」

「ええー! 魔法士のお兄さんと同室はヤダ!」

「犯罪者の癖に文句を言わないで下さい!」

「神具不所持の件は、偉い人に『特別神具許可書』を書いてもらったって、さっき言ったじゃん!」

「ブランシェ様の弱みを握って誑かした件が残っているでしょう!」

「だーかーら! それだって…………」


 またもや喧嘩になる2人に、レオは宥めるのを放棄して、何も言わずに宿を出る。


「あー…………早くトエロに戻りてぇ……」


 しかし、夜空の月がレオの嘆きを励ます事は無かった。

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