それぞれの憂鬱

 ブランシェと別れたカギは、レオに見張られながらも、飲み屋でその場に居た男達と賭けポーカーを楽しんでいた。


「やった! また僕の勝ち!」

「あー……クソっ! もう一回だ!」

「いいよー」


 初対面とは思えないくらいに和気あいあいと楽しんでいる隣の卓で、チビチビと酒を飲むレオが呟く。


「………いいなー……」


 一人酒が寂しくなったレオ。


 事の発端は、カギは宿に着いた途端に『トエロに戻ったら禁固刑にされるかも知れないから、今のうちに楽しい事したい』と騒ぎ出し、だから仕方なく神具を預かる条件で許可したからだ。


 しかし堅物マルクに怒られるだろう予想や旅先で金を溶かす訳にはいかない事から、好きだけれども混ざりたい衝動を堪えている。


「仕事じゃなければなぁ……」


 そう言いながらも、内心、あそこに混ざったらヤバかったのだろうとも考えていた。


 何故なら、カギの表情が読み取れないから。


 とはいえ無表情という訳では無い。寧ろ逆にコロコロと表情が変わるくらいだ。しかし時折、役が弱いにも関わらず強気に出たり、強くても難しい顔をして掛け金を渋る仕草をしたりもする。


 つまり表情の真偽の見分けがつかないレオは、カギのカード運も含めて翻弄されてカモられるだけだと確信出来た。


 ただやはり盛り上がっていると、やりたくなるのも事実。


「あー……トエロに戻りたい……」


 何も考えずに遊べる時間を欲しながら呟きつつチビチビ飲んでいると、どうやら終わったらしいカギが座ってきた。


「お待たせ、騎士のお兄さん。仕事とはいえ見張りは退屈だったでしょ?」

「まぁな。……それより随分稼いでたじゃないか」

「まーね」


 そう答えながらもウェイターに手を上げるカギ。そして軽い談笑しながらも注文して……またレオに向き直った。 


「いやー……だけど、見張りが騎士のお兄さんの方で良かった。あの魔法士のお兄さんだと、絶対にこんな事させて貰えないだろうしね」

「そうだろうな。だが普通は駄目だと思うぞ」

「なら、なんでお兄さんは許可したの?」

「禁止して消えられたら困るからな」

「でもさっき渡した神具が嘘だったら?」

「そしたら俺が処刑されるだけだ」


 肩をすくめて答えるレオに、カギが笑う。


「大変だね」

「そう思うなら、大人しくしててくれ」

「やだ」


 苛ついたレオが睨むけれど、知らぬ顔で運ばれてきた食事に手を付け始めるカギ。


 それでレオもまたチビチビ酒を再開し始めるけれど……少しだけ豪快に飲みたくなってきた。


(…………疲れた)


 レオは今までの事を思い出す。


 失踪当日、休暇中だったにも関わらず呼び出され、夜中ブランシェの捜索に駆り出された。しかし情報も無く、不安と焦燥感に苛まれつつヘトヘトで戻って来てみれば、城の噂で実は手引きした人間が居たという情報。おまけに体が消えるだの顔が変わるだの意識操作してくるだのの不思議現象や、実はへーリオスと仲の悪い国の組織的な誘拐だとか、いやいやアレは悪魔だとか……様々な怪情報も錯綜し、ブランシェの死が目の前にある様な錯覚にさえ陥った。


 そんな状態で国王から出された命令が


“ただの家出だから、箝口令を敷いて少人数でどうにかしろ”


 ふざけるなと言いたい。


 しかしほぼ軟禁生活のブランシェを見てきたレオには怒るに怒れなく、また、命令は絶対である宮仕えの立場。


 だから隊長からブランシェの護衛担当の近衛7名と、同行させる神具に詳しい魔法士を7名……計14名という少なすぎる人数での捜索という無茶振りをされ、その上、手引きした人間を出来る限り傷を追わせず連れて来いという変な追加命令まで出されても“はい”しか言えず……今でもレオの怒りの矛先は宙に浮いたままだ。


 そんなレオの気持ちを知ってか知らずか……カギが食べながら踏み込んだ質問をしてきた。


「ね……どうして此処に居たの?」

「? サリアに居た理由か?」

「そ。だってお姫様が居なくなってから2週間以上……馬車だったら既に国境越えててもおかしくないのに、敢えてこんなトエロに近い場所で見張ってたのには何か理由が有るのかなって」


 瞬間、面倒事を起こした人間に答える義務は無いと思った。守秘義務もある。しかし、この失踪事件を自分の中で納得させないと気が済まなくもなっていた。


 だから聞く。


「なら……姫様の失踪当時の話と交換でどうかな?」

「良いよ。でも僕の方は長いから、そっちから話して欲しいな」


 それでレオが頷いた。


「此処で待っていた理由は、ざっくり言うとマルク……さっきの魔法士の方な、が、自分の予想を曲げなかったからだ」

「は? まさか、ただの意地でココを張ってたってだけ?」

「ああ。俺もさっさと国外に逃げたと思いっていたから何度も言ったが、アイツは『本当に巡礼だとすれば、トエロの次に格式高いサリア教会に来る筈だ』と言って聞かなかったんだ」


 それで呆れた顔になるカギ。


「うへー……騎士のお兄さんも大変だね」

「そうだろ? 分かってくれたなら、もう本当に大人しく城に行って裁かれてくれ」

「無理」


 そう瞬時に答えられて溜め息をつくレオに、カギは「じゃあ次は僕だね」と今までの事を話した。


 それで本当に家出だと分かり、しかし同時に分からない事もあった。それは……


「……何故君は、こんな危険を犯してまで姫様の手助けをしようと思ったんだい?」


 すると本当に楽しそうな顔でカギは答えた。


「危険だからこそ楽しいんじゃない」


 若干恐怖を感じたレオは、思わず残りの酒を一気飲みした。


         ★



 そんなグダグダなカギとレオとは逆に、マルクの背中が怖いブランシェは、楽しそうな町の景色を見回す事が出来ずにだたただマルクの後ろを付いて歩いていた。


(どうしましょう……。わたくしが城を出た理由は伝わっていると思いますが…………改めて伝えるべきなのでしょうか? ですが罪は罪。言い訳だと捉えられれば……ですが…………)


「……シェ様、ブランシェ様」

「え? あ、はい!」

「着きました」


 そう言われてマルクが向いている方を見ると、ブランシェの知るトエロ大聖堂を小さくした教会の裏側らしかった。


 マルクが言う。


「ここはサリア教会といいます。ご存知ですか?」

「……確か、トエロ大聖堂の次に建てられた歴史的にも価値の高い教会ですよね?」

「そうです。それと……この先は神への祈りの場。偽の顔で祈るのは神に失礼です。どうか神具を外して頂けないでしょうか?」

「え? ですが…………」

「ここは人通りが無い裏門になりますので、あまり気になさらずとも大丈夫です。ですがそれでも人目が気になる様なら、これを被って下さい」


 不安そうに辺りを見回したブランシェに、マルクが自分のフード付の外套を掛ける。


 それならば……と目深に被ったブランシェは腕輪を外すと、マルクの顔が安堵のものに変わった。


「…………本当に、ブランシェ様なのですね……」


 その言葉に意味が分から無かったブランシェだったものの、マルクの手が震えている事に気付いた。だから何故かと考えて……1つの仮定に行き当たる。


「もしかして……わたくしを偽物だと思っていたのですか?」

「いいえ! …………いえ、そう……です。正確には、今でも疑っています」

「今でも……」

「申し訳ございません。前例に無い魔法ゆえ、ブランシェ様の外見を似せた別人の可能性や、内面だけを悪魔に侵食されてしまった可能性……もう少し言えば、城下町に行かれたあの日……ブランシェ様があの悪魔もどきと出会った段階で入れ替わっていた可能性があるのを拭いきれないのです」


 そう苦い顔で答えるマルクに、ブランシェは困り果てた。


 何故なら、自分を自分だと証明出来ないから。


 しかしマルクは問い詰めてくる。


「……何故、あの様な形で城を抜け出されたのですか? 何故あの男を頼るのですか? もしかしたら悪魔かも知れない男ですよ?」

「え? ですが魔力測定では、ほとんど無かったと……」

「なら、何故魔力が必要な神具が使えるのですか?」

「……………………」


 答えられないブランシェに、マルクが淡々と言う。


「勿論、ただの検査器の故障の線は消えません。しかしあの男が関わると、様々な物が狂う。……突拍子も無い考えではありますが、そう考えた方が良い気がするのです」

「狂う……」

「はい。検査器然り、怪しげな神具然り……ブランシェ様然り」

「……………………」


 今の自分が狂っていると暗に言われて不機嫌になるブランシェだったものの、カギについてほぼ何も知らない分だけ反論が出来なかった。


 そんな落ち込むブランシェを見たからか、マルクが溜め息混じりに言った。


「まぁ……ですがもう日が暮れますし、今は事の真偽を探るより、教会への顔出しと宿を優先させましょう」


 ブランシェは、小さく頷くだけだった。


         ★


 中に入ったサリア教会は、建築構造といい、天井の形といい、色合いといい……トエロ大聖堂の縮小版の様な物だった。


 それで少しトエロを思い出したブランシェの胸の奥が傷んだ辺りで、奥の方から修道女がかけて来た。


「申し訳ございません、ここは関係者以外立入禁止でして……」

「分かっています。ですが、この方だけでも神に祈らせては頂けないでしょうか?」


 それで半分状況が読み込めないままにブランシェが一礼すると、フードからブランシェの白銀の髪が一房出てきてしまった。それを見て青ざめる修道女。


「ブ……ブランシェ様!?」


 慌てる修道女にマルクは一瞬否定しようと考えたものの、それが真実になってしまいそうな恐怖から出来なかった。だから仕方無く真実を話す。


「驚かせて申し訳ございません。ですが、今この方は私的な用事で来ている分、騒がれると身動きがとれなくなるので出来る限り他言無用にお願いしたいのです」

「え……あ、その…………司教様には言っても大丈夫ですか?」

「……………………はい。ですが司教様だけでお願いします」

「わ……分かりました」


 それで一礼した修道女が居なくなるのと同時に、ブランシェは聞いた。


「あの……本当に祈る為だけに、ここに来たのですか?」

「はい。ブランシェ様にとって、朝夕の祈りは日課だったではないですか? それにブランシェ様が祈る事で世界がつつがなく過ごせるのなら、私はすべきだと考えます」


 それは城の人間全てに裏があると思っていたブランシェにとって、自身が疑り深くなっていた事を気付かされるものだった。


「……ありがとう、マルク」

「…………いいえ。本当なら、もっときちんと御姿を隠す配慮をすべきでした。事を大袈裟にしてしまい、申し訳ございません」


 生真面目に深く謝罪するマルクが少し懐かしくてブランシェが小さく笑うと……奥が少し騒がしい事に気付いた。


「……何かあったのでしょうか?」

「……分かりません。ブランシェ様、どうか離れないで下さい」


 マルクが警戒しながらブランシェの前に出る。しかし奥から扉を開けて来たのは、10数人の修道士達。


「これはこれはブランシェ様! どうぞおいで下さいました。私は司教のエドモンです」

「え? あ、えっと……夜分遅くに申し訳ありません」

「いえいえ! ブランシェ様が来てくださるならいつだって!」

「あ…………ありがとうございます」

「いえ! それでですね……」


 司教のエドモンがブランシェに近付いたのを警戒して、怒りに顔を歪ませたマルクが遮った。


「これはどう言う事ですか?」

「どういう……とは?」

「出来る限り他言無用で、とお願いした筈です」


 するとエドモンは、マルクに笑顔で答える。


「ええ! 確かにそう聞きました。しかし我がへーリオスの第二王女であり世界の平和を体現する聖女様を粗末に扱うなど、私には出来ません! 今、私の屋敷に使いを走らせました。多少時間が掛かりますが、聖女様の為、トエロに負けないくらい素晴らしい食事を用意する事を約束致しましょう!」


 それでマルクは、司祭の暴走に苛立ち詰め寄る。


「内密だと申し上げました。なのに何故周りに吹聴されたのです!? 司教様は言葉が通じていらっしゃらないのですか?」

「ですが知らずに粗末な部屋と食事を提供してしまったら、私は死ぬまで後悔する事でしょう! ……どうか私達を助けると思って……どうか……」


 そう言いながら、マルクに縋り付いてきたエドモン。それを苛立ちながら引き剥がそうとしている間に、他の修道士達がブランシェを誘惑し始めてしまった。


「さ、ブランシェ様、馬車を入り口に用意致しました。急な事でしたので最上の物ではありませんが、我がサリアの馬車の乗り心地はトエロに引けを取りませんので、安心してお乗り下さい!」

「あ、ありがとうございます。ですが……」

「大丈夫! 大丈夫ですから! 皆まで言わなくても分かってます! ですからどうぞ安心して下さい。さぁ、行きましょう!」」

「そう……ですか。ですが……」

「ささっ! ここまで大変だったでしょう? それにしても…………」


 


 不安と混乱の中、エドモン達の強引なもてなしに流されてしまうブランシェ。そしてそれを止めたいマルクも、数人の修道女に腕を組まれたり話し掛けられて動けなくなってしまっていた。


「お付きの方! 貴方の御名前は?」

「いえ、それよりも……」

「その杖……もしかして魔法士様ですか?」

「すみません、どいて下さい」

「そのような事仰らずに……あちらに菓子を御用意しております。さ、どうぞ」


 それで流石に我慢ならなくなったマルクが強引に腕を解いた瞬間、「痛い!」と悲鳴を上げる修道女。


 それで周りが抗議の声をあげる。


「まあ! 駄目ですよ。女性に暴力を振るうなんて!」

「魔法士様は酷い人ですのね!」

「旅で疲れているのは分かりますが、暴力はいけませんわ!」


 理不尽だと感じながらも数の力に負けて仕方無く謝るマルク。


「も……申し訳ございませんでした」

「分かって頂けて良かったです。さ……こちらへどうぞ」


 修道女の強引さは嫌悪しかないけれど、既にブランシェは連れ去られた状態で……仕方無く隙を見つけるしかないのだと諦めたのだった。

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