2人の追っ手
こんな大人数で、しかも雑魚寝だなんて眠れないと思っていたブランシェだったものの、初めての旅の緊張と疲れか、横になってすぐに眠りに落ちた。
そして翌日、目が覚めると既に沢山居た巡礼者達は殆ど居なくて、カギも旅の準備を既に終えていた。
「おはよう。随分疲れてたんだね」
「おはようございます。あの……もしかして、わたくし寝坊しましたか?」
「そんなにピリピリしなくても良いよ。まだ始まったばかりだし。旅の基本は体力だから、無茶しない程度に行こう」
そんなカギの気遣いが嬉しくて、ブランシェは心からの礼を言って支度を始めた。
★
そうして周りより遅めに出発したブランシェ達は、またゆっくりと歩き出す。
途中ですれ違う巡回の兵士に緊張したり、小さな草花に感動したりと疲れながらも楽しみながら夕方前に着いたのは、トエロの隣町・サリア。
未だに嘘を付いているという罪悪感を持ちつつ城門で身分証を提示し中に入ると、そこは、トエロとは少し違う街並みだった。
「トエロに似ていますが……何でしょう? こじんまりとしている感じですね」
「そりゃそうだよ。トエロは首都、こっちは通過点。当たり前だけど、栄えるのは城のあるトエロの方。でも首都から近いから、ちょっと訳ありの貴族も住んでるし、似た感じになるんだ」
「そうなのですか……」
「うん。……あ、ちょっとあっち行っていい?」
「え? あ、はい」
するとカギは狭くて人が居ない道に向かって歩いて行く。
(カギはどこに行くのでしょう……?)
不思議に思いなが付いて行くと、後ろからフワリと魔力の気配。それで振り向こうとした時に、何か小さな物が足元を横切った。
「うわっ!?」
驚いたカギの声と、パシッ!と地面に何かが当たる音。
見ればカギより少し奥の方の土に、穴が開いていた。
「カギッ!」
慌てて側に寄ろうとした瞬間、後ろから誰かに掴まれた。
「失礼致します」
「え? レオ!? ひゃんっ!」
突然現れた近衛兵・レオに訳も分からないまま抱き上げられて、後ろに居たらしい側付きの神官・マルクの側へ連れて行かれる。
その間にマルクは神具の杖を掲げ、氷の矢を何度もカギに向かって放った。
「カギッ!」
再度叫ぶブランシェは、しかしギリギリの所で躱すカギを見て少しホッとした。逆にマルクは舌打ちをする。
「このっ……ドブネズミの分際で…………」
それでまた杖を掲げるマルクに、ブランシェは慌てた。
「マルク! 止めて!」
「俺が行く」
「レオ!」
未だに氷の矢をギリギリで躱しているカギを見て、レオはブランシェの叫びなど気にもせず降ろし走り出す。するとカギは逃げる様に奥に走り、角を曲がった。
「待てっ!」
レオも叫びながら角を曲がる。
だから慌てて後を追おうとしたものの、マルクに腕を掴まれた。
「マルク! 離して下さい! 彼はわたくしの為に罪を犯しているだけです!」
「…………なら、やはり貴女様はブランシェ様で間違いないのですね」
その言葉にブランシェは自身の姿が腕輪の力で変わっている事を思い出すけれど、今は説明よりもカギが先だと気持ちを改める。
「そうです。わたくしです。わたくしが原因なのです。ですから……」
「無理です。ブランシェ様が何と言おうと、あれは一級犯罪者。絶対に見逃す訳にはいきません」
「そんな…………」
ブランシェが言葉を失っていると、レオが頭をかきながら戻ってきた。
「いやー……参った。消えちまった」
「逃げられたのか? 情けない」
「どこかの誰かさんが体に風穴開けられなかったせいでね」
「神具は詠唱要らずだが、コントロールが難しいんだ」
「なら俺だって、こんな狭い路地だと剣が使えないから特技が活かせないんだ」
そう文句を言いながらも、レオはブランシェに膝を付いた。
「…………ブランシェ様で御座いますか?」
「……………………はい」
「だいぶヤンチャされたみたいですね。陛下が大層心配しておられます。戻りましょう」
「ですが…………」
「前にも話しましたが、姫様に何かあった場合、周りが困るのです。……現在、姫様が居なくなった時に護衛にあたっていた近衛1名・牢番2名が、降格・1年の減俸・3ヶ月の謹慎処分を受けました。これで姫様が今後戻らない、又はお亡くなりになった場合……彼等は死罪を言い渡されるでしょう」
「っ!?」
レオの言葉に、ブランシェは何も言えなくなった。
まだ旅を始めたばかりなのに。
まだ何も成し遂げていないのに。
国王含め、城の人間が信用出来ないのに。
そんな言葉が頭をよぎるものの、自分が原因での死罪なんて考えただけでも怖くて、ブランシェは逆らう勇気が出なかった。
しかし…………
「なら逆に、彼等が死罪になったら一生帰らねーよって手紙でも書いたら?」
突然、ブランシェの後ろでカギの声がした。
瞬時にマルクとレオが瞬時に警戒する。
「カギ!?」
ブランシェは無事だった事に安堵し振り向こうとしたけれど、それを阻む様な肩を掴む感触と、首に金属の冷たい何かが当たった。
「あ、ごめんシロ。動かないで。ナイフあててるから」
突然背後に現れたカギは、まるで『ちょっと待って』とでも言うかの様に、呑気そうな言い方で脅してくる。
しかし逆に、今にも殺しそうな目でカギに吠えるマルク。
「このドブネズミが……ブランシェ様から離れろ!」
「いくらここが人気が無い路地だったとしても、その名前を大声で呼ぶのはヤバいんじゃないの? なにせ家出は極秘なんでしょ?」
「煩い! いいから離れろと言ってるんだ」
頭に血がのぼっているマルクに対し、レオが宥める様に肩を叩く。
「まぁまぁ……愛しの姫様の危機に苛立ってんのは分かるが、そう挑発するな」
「なっ!? 私は敬愛しているだけであって、お前みた…………」
「まぁまぁまぁ!」
レオがマルクの口を塞いでカギに先を促した。
「それで? わざわざ逃げずに姿を表した理由はなんだい? 金か?」
「ん? 本当は腕輪を返して貰うだけにしようと思ったんだけどさ、男2人掛かりでか弱い女性を追い詰めてる光景見ちゃうとねぇ……」
「それなら、そのナイフを離してくれないかい? 姫様の味方として居るなら、そんな事意味無いだろう?」
「やだね。お兄さんは分からないけど、隣のお兄さんはナイフを離した途端に攻撃するでしょ?」
「当たり前だ! 貴様がブラン……このお方を唆(そそのか)したせいで、家出などという不道徳な行いをする羽目になったんだ! 許す訳にはいかない」
マルクがレオの手を無理矢理外して反論するものの、カギは笑って答える。
「唆したつもりは無いけど、もしそれが本当なら、僕程度の人間にすら唆されるくらいにアンタ達が戒律・規律で縛り過ぎてたんじゃない?」
「!? そんな…………事は……」
一瞬マルクが不安そうな顔でブランシェを見るけれど、ブランシェは目を逸らす。
そんな状況を見たのか、更にカギが追い打ちをかけてきた。
「ほんと、お姫様も可哀想だよね。生まれた時から軟禁状態。下町ですら許されなかったんだって? 酷いよね。犯罪者じゃないんだから、少しくらい羽目外したって良いじゃん」
「ふ、ふざけるな! このお方はなぁ……っ!」
「まぁまぁまぁまぁ!」
再度マルクの口を塞いだレオが、なんとか場を終わらせようと試みる。
「あー……なら姫様が戻られ次第、俺からも陛下に陳情してみよう。それで良いか?」
「その場しのぎの御言葉、アリガトウゴザイマス。……どうせ僕がお姫様を開放すると同時に僕を捕まえて拷問・処刑、お姫様は使命の日まで監禁なんでしょ? 誰が納得すると思うの?」
「なら、どうしたいんだ?」
さすがに苛立ち始めたのか、すこし冷たい言い方でレオが聞くと、カギはあっけらかんと答えた。
「そんなの知らない」
「おい」
「だって僕は前金程度の味方をするってだけだもん。決めるのはお姫様自身だよ」
「…………わたくし?」
突然話題を振られて驚くブランシェ。
それでカギが促す。
「鬱憤、あったんでしょ? 望んでる事もあったんでしょ? 今なら吐き出せるよ。シロは何を考えてるの? どうしたいの?」
「どうしたいか……ですか?」
混乱のブランシェが目だけで後ろを見ると、カギが笑って頷いた。
(言って良いのでしょうか? ですが言った所で何も変わらない。わたくしは城に連れ戻され…………カギは犯罪者として…………ですが…………)
「……わたくしは…………旅が…………したい、です。初めてだったのです。聖女でも何者でも無い生活が……。こんなわたくしでも、少しだけですが人の為になれる可能性を見つけられました。労働の意味を知る事が出来ました。ですが何よりも…………身分・階級関係無い言葉の数々が嬉しかった。沢山愛のあるお叱りを受けました。助言も頂きました。歓迎もして下さいました。神に祈るだけが、使命だけが、民の笑顔に繋がる訳では無いのだと……きちんと知る事が出来たのです」
初めて外に出た開放感、夜中の木の上の恐怖感、宿屋の仕事の疲労感、嘘を付く事への罪悪感、価値観が違う事への嫌悪感、見知らぬ人ばかりの孤独感、優しくされた時の幸福感、歩く途中で見た小さな花や休憩中に見た空の青さ…………外に出てから、自分の全てが変わった気がした。
「もちろん、神への祈りを忘れた事はありません。ですがそれよりも…………わたくしは誰も死なせたくありません。ですが戻っても拒んでも誰かが死ぬ。……どうしたら良いのか分からないのです」
「僕は簡単に捕まるつもりは無いけどね」
涙するブランシェに対して茶々入れるカギが、マルクとレオの方を向いて聞いた。
「……それで? お二人さんは大切な主の娘が泣いてるのに、まだ国の為だって理屈押し付けて、何とかしようと対策も取らずに泣かせるだけなの?」
「……………………」
「……………………」
良心に訴えられた2人は、苦い顔でお互いを見合わせ…………一度溜め息をついたマルクが、ブランシェの前で膝を折った。
「…………ブランシェ様」
「はい」
「……もう日が沈みます。ここで焦って答えを出すより、今夜は宿をとり、明日、また話し合いましょう」
「…………わかりました」
それでカギがナイフを離し「じゃ、今度は自分の力で伝えなよ」と言いながら消えようとして…………
「待った」
瞬時に走ってきたレオに腕を掴まれて、出来なかった。
レオがにこやかに宣言した。
「君が消えるのが分かってて、2度も取り逃がすと思ってるの?」
「…………ちゃんと明日には来るから安心してよ」
「その場しのぎの言葉は信用ならないんじゃなかったのか?」
「人を信用しないのは良くないよ」
お互いにっこり笑いつつ、腕だけの攻防戦をひろげる2人。
そんな彼等を見て不安になったブランシェが、カギのもう片方の腕を取った。
「カギ…………」
半分涙目のブランシェに、カギは溜め息を付いた。
「……分かったよ。でも僕は、命までシロに捧げるつもりは無いからね。本気でヤバくなったら逃げるよ」
「分かりました」
「ちょっ!? 姫様!」
「今回の事は、全てわたくしの責任。つまり、逃げる理由は無いと言う事です」
それでレオはマルクを見て、少し考え込んでから答えた。
「……分かりました。今後戻る事になった場合、姫様の意思を尊重する様に伝えます」
「お願いします」
「じゃあマルク……お前のベッドをコイツに使わせるけど良いか?」
「致し方ありませんね。その代わり絶対に逃さないで下さいよ」
「分かってるって」
その楽観的な言い方に疑いの目をしたマルクだったものの、すぐに気を取り直してブランシェに向いた。
「ではブランシェ様……我等はまず教会に向かい、祈りと共に宿の情報を聞きましょう」
「え? 貴方がたと同じ宿ではないのですか?」
「とんでもございません! 我等の使う粗末な宿など……貴女様には似つかわしくありません!」
「……………………」
ブランシェはまた、聖女として扱われる事になってしまったのだった。
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